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デリリウム・ブラックリリー 〜ギャルと優等生の異世界サバイバル〜  作者: 霧色瑪瑙


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9/16

告白

 既に小屋からかなり歩いた。

 しかし景色は変わり映えせず、ランドマークのようなものも発見できていない。

 どこまでいっても『密林』だ。


 ……戻るか?


 タイミングとしては今だ。これ以上歩くと日没までに小屋に辿り着けない。

 何も発見できてはいないが……この方角(太陽の位置からすると東)に何も無いことがわかっただけ収穫と言える。


「紗夜、これ以上進むのは厳しいと思う。真っ直ぐ折り返すつもりだが、どうだ? 今なら今日中に小屋まで帰れる」


「んんー……」


 見るに、紗夜は気乗りしない様子だった。

 だとするなら……進む選択肢も、無しではない。

 小屋だって絶対に安全ではないし、どうせ初日にも野宿した。衛生面で格は落ちるが、頭から否定するほどの選択肢ではない。

 懸念は……魔物と、雨のリスク。

 今の気候は日本の秋に近い。過ごしやすいことこの上ないが、冬寄りだ。体温を持っていかれるようなイベントはまずい。


「……進むか?」


 そこまで考えて、それだけ紗夜に聞く。

 紗夜が進むというならリスクを冒してでも進もう。確かな答えの出る問題ではない。

 所謂炭鉱夫と金鉱だ。どこまで掘り進めばいいのかなど、私たちに知る術はない。


「いや……あのね、言えばよかったんだけど……」


「なんだ?」


 何か見落としていたか?

 周囲には最大限の注意を払っていたはずだ。魔物の影も、その他の危険に関するシグナルも吉兆も無かったが……紗夜には何か見えていたのか?


「…………もう、歩けないかも」


「…………それは…………確かに、言って欲しかったな」


 選択肢など無かったらしい。


 紗夜の状態を鑑みて、少しだけ歩いた先の岩場に腰を下ろした。

 水の魔法で水分を補給し、息を落ち着ける。

 水の魔法は、少なくとも体内の水分を消費しているわけではなさそうだった。消費しているのであれば紗夜は昨日のうちに乾涸びているだろう。


「足を痛めたか?」


「いや、そういうのじゃないんだけど……筋肉痛? っていうか……パンパンに張ってて」


「なるほどな……」


「回復魔法とかあればいいのに」


「……まあ、仕方ない。明日まではここで休むことになりそうかな」


 せめて雨風を凌げる洞窟でも近辺にあればよかったが、そんなものも見当たらない。

 雨が降ってこないことを祈るしかなかった。

 スコールのような振り方をされれば……かなり厳しい状態になる。


「…………ごめんね、ずっと足引っ張っちゃって」


「急にしおらしいな、どうした?」


 今にも泣き出しそうな表情。瞳が潤んでいて、眉尻が悲しげに垂れ下がっている。


 まずい。

 良くない兆候だ。肉体の疲労は休んで回復すればいいが、精神まで弱るのはまずい。


「……そんなこと……少しも思ってないから、気にするな。前にも言った気がするが、私一人だったらこんな状況耐えられてない。充分助かってるんだ」


「芽愛は優しいよね……」


 そんなわけない。

 私はそんな人間じゃない。

 あえてこの場で否定するような真似もしないが……本当に優しい人間は……こんな────

 

 ────落ち着け。私がブレてどうする。


 私はもう、覚悟を決めている。ここに、この世界に来た時からだ。揺れてはならない。私が支柱にならなければ。

 

「私、学校でもこうだったの。芽愛は知らないだろうけど……真面目にやってるのに、何も上手くいかなくて……辛かった。学校の人たちが私の陰口を言ってるのを聞いた事も何度もあったし、家でも……怒られてばっかりだった」


 想像はつく、し……実際に一部見聞きしていた。

 

 紗夜の態度……あるいは、信念には、能力が伴っていなかった。

 

 生来の気質と見目の良さ、それに反する要領の悪さ、能力の低さが奇跡的にミスマッチして人を苛立たせていた。

 自分の事も満足に管理できていない人間が音頭を取ったり、他人を律しようとすることはまず快く思われない。

 

 深く知らず関わらず、紗夜のことを俯瞰できていた私は悪感情を抱かなかったが、直接関わっていればどう考えていたかわからない。

 

 だが。それを踏まえても。

 私には、理由があった。

 

「そいつらはここにはいない。好きなように振る舞えばいい」


「やっぱり、優しい……。でも、嫌になるのよ。そんな優しい人の足さえ引っ張って……」


 涙声の独白は止まらなかった。気丈に振る舞ってはいたが、やはり極限の環境下で精神にきていたのだろう。それが今決壊したのだ。歩けなくなったことは『きっかけ』であって、きっとそこだけフォローしても意味がない。


 私もきっと、心から会話をしなくてはいけない。

 くだらない理由を。思いを、伝えなくてはいけないのだ。

 

「紗夜のことは……綺麗だと思ってた」


「…………? 知ってたの? 私のこと。ここに来る前から……」


 紗夜の表情は困惑を示していた。

 紗夜からしたら、私のことを知らないし……気付いていない。


「知ってたよ。目立つからな……」


「きれいって……どこがよ、こんなの」

 

 『こんなの』なんて卑下がありえないくらいに、どう見ても見目は良いが、私が伝えたいのはそんなことじゃない。

 

「心根だよ」


「…………」


「紗夜は……努力してた。人一倍真面目に授業を受けてたし、クソみたいに自意識の歪んだ女共とも仲良くやってた。花瓶の水を換えるのは大体紗夜だったし、浮いて助けを乞うように周りを見てる奴に声をかけてるのも紗夜だった。私が絶対やらないような他の面倒事も買って出てたし……。とにかく、私が伝えたいのは────今時ありえない、その心の在り方が、綺麗に見えたってこと」


 きっと、私がそうじゃなかったから。


「……見過ぎじゃない? 私のこと」


「そうかも。多分紗夜が思ってたよりは、ずっと紗夜のことを知ってる。だから言うんだが……私は今、結構幸せだよ。楽しいんだ、この世界に来てから。紗夜と一緒に過ごして、くだらない話もして。……もう、自分を卑下するのはやめてくれ。そんな女のために異世界にまでついてきた私がバカみたいじゃないか」


 そうだ。私がここにいる理由。

 この女を、ちょっと気になっていただけの、心根に少し惹かれただけの女を助けようとしたから────あるいは、一緒にいたいと思ったから。


 言語化したくなかった。こんなこと。

 外側に向けて作ったアイデンティティが崩れるような音が頭の中から聞こえてくる。

 そうじゃない。私はそうじゃない。

 でも、こんなことを伝えて紗夜が楽になるなら……伝えたかった。


「それだけだよ。どう捉えてくれても良いけど、私は紗夜のためにここにいるから。負担になってるとか、そんなことを考える必要はない」


 全て吐き出して、改めて紗夜の目を見る。

 その顔は────まるで愛を告げられた乙女のように真っ赤だった。

 余計な修飾が無粋になるくらい、ただそういう表情をしていた。


「……ふーん。ふーーん。そうなんだ……へぇー……」


「…………勘違いするなよ、別に紗夜と恋人になりたいとか、そんな気持ちで言ったわけじゃないからな」


 古典のツンデレみたいな言い訳をしてしまった。

 私も、今、もう、どうかしている。


「ああ、うん、そうよね……」


 紗夜の顔はまだ真っ赤だった。

 手で口を覆い隠して表情の露見を避けている。耳まで赤くしていてはあまり意味がないとは思うが。


 紗夜は喉を動かして息を飲み込むと、手を避けて、私を見据えて口を開いた。


「────不謹慎だと思ってたから、直接は言わなかったけど……私もね、ここに来てから楽しいの」


 紗夜の目端から少し涙が流れていた。

 相変わらず真っ赤な顔で、震えた声で、だが、紗夜は今間違いなく笑顔だった。


「でもきっと、私に何か言ってくるような人がいないとかじゃなくて……芽愛がいるからだと思う。人と話すのがこんなに楽しいと思ったのは初めてよ。世界にこんな幸せなことがあったんだ、って、本気で思ってた。私だけじゃないってわかって、今も嬉しくなってる。……困らせるようなこと言ってごめんね。芽愛が優しいから……試しちゃってたのかも。最低」


「…………」


 それを聞いて、無言で紗夜を抱きしめた。

 紗夜も私を優しく抱き返してくる。

 暖かい。人肌の温度。紗夜の体温は、恒温石のそれよりも少しだけ高かった。


 

 …………人と仲良くなるにはコツがある。

 それは────相手に弱みを見せることだ。

 虚実織り交ぜたって良いし、中身は大事じゃない。

 弱点を打ち明けることで絆は深まる。人間の社会性とはそういうふうにできている。


 私の知識と感情を総動員した演説という処方箋は、見事に紗夜の心を打ったようだった。

 かくして紗夜の精神は快方に向かい、私はまだ紗夜と一緒にいられるというわけだ。

 私の演説は()()()()()()殆ど本心だったが、同時に打算だった。

 私はきっと純粋じゃない。


 今まで通りの────罪悪感を覚えつつ、私は紗夜と抱き合って仮眠を取った。

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