魔法!
「なあ、紗夜、お前ペットボトルとか持ってきてないのか?」
「持ってたら言うわよ。水でしょ?」
「まあ、そうだよな……」
ペットボトルひとつあるだけで、実現できることは随分変わってくる。
濾過装置に蒸留装置。朝露をそこに集めたっていい。
湧き水を直接飲んだのは苦肉の策と言えた。手記によれば安全とされてはいたが、私が腹を壊さない保証はない。
持ってきた葡萄もどきやアロエもどきによる水分摂取にだって限界がある。それだけで必要十分な水分量を補うのは厳しいだろう。
「鞄があるのは救いだな……」
「まあそうね。芽愛の鞄には何が入ってたの?」
「……コスメとか」
「……学校に何しに行ってるわけ?」
……ここで私が成績の話を持ち出したら紗夜はまた拗ねるのだろうか。
なぜ自分からその方向に進めたがるのだろう。
「どうだっていいだろ。紗夜はどうなんだよ」
「教科書、本、筆箱。スマホ、鍵、生徒手帳にハンカチ。そのくらいね」
「スマホの充電は?」
「切れてるわ。初日はまだちょっと残ってたけど……電波が無いみたいだし、使えても意味なさそうよね」
「そうだな……」
ネットが使えれば、サバイバルだって楽になるとは思うが……まあ、無いものをねだったって仕方がない。
「ねえ、ちょっと試したいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「魔法、手を繋いで一緒に使ってみない?」
「……なんで?」
魔法の行使。
紗夜はずっと試しているようだが、今のところ成果は出ていなかった。
手を繋いだところで、何が変わるとも思えないし……少し、気恥ずかしい。
「あるでしょ、そういうのも。試すだけ試してみましょうよ」
「……知らないが……まあ、やってみるか」
手を繋いで魔法を使う作品がどこにあるんだろう。私の知識ではすぐに思い当たらなかった。
冷静を装いつつ、紗夜に差し出された手を握る。
柔らかく、少し汗ばんでいた。紗夜の体温が高いのか、妙に熱く感じる。
そのまま呪文を唱えようと思ったが……何かおかしい。
少し違和感のある、紗夜の手を弄った。
紗夜が逃げるように身を捩る。
「く、くすぐったい! な、何!?」
「……何か感じないか?」
「は、はぁ!? 感じるって!? やらしいのよあなた、なんか!」
紗夜は顔を真っ赤にして叫んでいた。
今話したいのはそんなことではない。
「そうじゃなくて……魔力? ……が、分かる気がする」
「ええ?」
伝えると、疑いの眼差しでこちらを見つつ、紗夜も私の手を弄る。
実際にやられると確かに、こそばゆい。それに、少し、変な気持ちにもなってきそうだ……。
「……おい、どうだ?」
「……確かに、なにか、ある。触覚じゃなくて、別のところで感じてる気がする……」
そう言うと、紗夜は何かに気付いたようにこちらに勢いよく顔を向けた。
「やっぱり! これで使えるじゃない、魔法!」
「私もそのつもりで言ったんだ」
魔法を使うプロセス。
その第一段階。『魔力を感じる』こと。
「じゃあ、このまま! 呪文を唱えよう! 最初に載ってたあれでいいわね!?」
「待て、焦りすぎだ! せめて外に出るぞ」
繋いだままの手を引き、小屋の扉を蹴って外に出る。
紗夜は興奮を止められない様子だった。女児みたいな、屈託の無い笑顔で口を動かしている。
「いくわよ、スリーカウントで!」
「わかった」
「さん、にー、いち!」
紗夜のカウントに合わせて、繋いでいない方の指先を前に向け、手記に最初に載っていた呪文を唱える。
……本来呪文とも言えない、ただの単語だが……手記によれば、それは間違いなく魔法行使の『鍵』だった。
「「ファイア」」
私たちがそう唱えると────指先から、ガスバーナーみたいに炎が出た。
「は、はは……」
「凄い! すごいっ! 魔法っ、本当に使えたんだ!」
はしゃぐ紗夜は本当に女児のようだった。
紗夜と繋いだ手よりも、炎が出てきた指先が少し熱い。その先にあった植物が燃えている。……生木は水分量の問題であまり燃えないはずだが……余程火力があったらしい。
そして、その熱が実感となって……改めて私たちに教えてくれる。
私たちは────本当に、違う世界に来てしまったのだと。




