超越
また、轟音がした。
家の壁が……まるで、豆腐でも崩すみたいに破壊された音だった。
ヒトの、ゼノサイト。
その力は、最初に会った単眼象のゼノサイトとは比べものにならなかった。
クレースに力を分けられる以前の私が、目で追えないレベルの速度。それに見合った、破壊的な膂力。
共生──結晶化の力を使ったとして……せいぜい、相手できて、1体だ。
それが……目視できる範囲で、7体。
クロエの残滓か、あるいは私の魔女としての力を警戒しているのか、すぐに襲いかかっては来ないが……時間の問題だろう。
「…………やばくない?」
「……やばいだろ、どう考えても……」
これまでに見せた以上の切り札のようなものを、私は用意できていなかった。服の中にナイフを忍ばせてはいるが、何かの役に立つとは思えない。恐らくは、結晶化した触手を伸ばすほうがまだ強力だった。
それだって……この場全てのゼノサイトを制圧するような力は、絶対に、無い。
「紗夜……逃げろ」
「え!?」
「私が、どうにか……時間を稼ぐから……その間に」
クロエは、紗夜を狙わせると言っていたが……今は、警戒を優先して襲ってきていない。私が全力で暴れ散らかして、こいつらが生命の危機を感じれば……紗夜が逃げられる目はある。
希望は、無くは無い、と……思う。
「…………逃げるって……どこに、どうやって?」
「………………………………」
紗夜の言う通りだった。
私が2、3体引きつけたところで……逃げる手段も、逃亡先のアテも無かった。
やはり……頭が、回っていない。
「ねえ、芽愛……」
「待て、待て……今、考えてるから……」
幸い、ゼノサイトは……まだ、襲ってこない。クロエが、運命の魔女が、手引きしているようなのに、だ。
まだ、少し……考えられる。何か、この場を切り抜けるような、アイデアを思いつくはずだ。私は、そうだった。
生まれつき、頭が良くて、要領も、大体の場面では、良くて……大抵のことを、解決できた。
だから……この場面だって、きっと……私の力で、なんとかなる、はずなんだ。
「芽愛……」
「待て……もう少しで……、多分……」
「ねえ、芽愛」
びくり、と。その声に、自然に体が震えた。
紗夜のその呼びかけは、少しだけ、普段より力強く……まるで、紗夜の初見の印象そのままみたいに……怜悧な知性を感じさせるものだった。
そして紗夜は、心からの想いを吐き出すみたいにして、少しだけ表情をくしゃくしゃにして……私に向かって、口を開いた。
「────なんで、頼ってくれないの?」
紗夜の、言葉。
予想できていなくて、私の中に、すっと入ってはこなかった。
「え…………?」
「私達、二人で、この世界に来て……芽愛だけ、頑張ってるみたいだった。最初、そう思って、私も頑張ってみたけど……バイトしたり……でも、まだ、芽愛のほうが頑張ってた」
「紗夜……?」
「ねえ……」
そう呼びかける紗夜の目から、少し、煌めき……涙が流れてるのが見えた。
「私も、芽愛の力になりたいよ」
紗夜がそう言った瞬間、空気が────爆発した。
違う。これは──流れの、一部だ。
紗夜を中心として、空気が、魔力が、灝素が、竜巻のように、台風のように流れていた。
ここは、その奔流の……台風の目だった。
これだけでも、ゼノサイトが近付けないくらいの力を感じるが……それだけじゃない。そもそもが、違う。
これはきっと────『余波』だった。
ゼノサイトが奇怪な鳴き声を上げ、エネルギーの暴風を掻い潜って襲いかかってくる。
まずい、と。クロエの残滓への、あるいは私の──時の魔女の残滓への警戒心を振り払ってでも、素早く攻撃するべきだったと……そう気付いて、襲ってきているようだった。
奔流の中心。恐ろしい静寂の中にいる紗夜は────元々の容姿に加えて、神聖さを纏っていた。
紗夜は、いつの間にか、その服装が変わっていた。
一見して、巫女のようだった。
だが、よく見れば、明らかに異なる。
白い服。いや、装束、か。
何と表現するべきか、所々が異様に長かった。
袖から垂れる布が最も印象的で、ちらりと見える裏地の鮮やかな赤が、私に巫女を連想させていた。
まるで────流れる時代を感じさせるような、『超越』という単語を想起させるような衣装だった。
紗夜が、自身が身に纏うそれを見て、目を見開いて打ち震えていた。
「────ッ! 魔法……少女っ!!」
「…………いや、あんまり、そういう感じじゃないけど……」
思わずつっこんでしまった。
魔法少女っぽい感じでこそないが、これは、この装束に身を包んだ紗夜は────紛れも無く、力を持っていた。
レベル2。
間違いなく、そう呼ばれる力だった。
クロエが前に言っていた。
紗夜にある魔女の素養は、私から伝染したものだと。そういう意図の言葉を吐いていた。
この場面で、紗夜が、覚醒したのだ。
私の覚醒を経路に。
力になりたいという、その一心で。
私が紗夜に見惚れていると、1体、ゼノサイトが暴風の壁を超えてきた。
「紗夜、後ろ────」
「消えちゃえビーム!」
私が言い切るより先に、紗夜が何事か……恐らくは、技名を唱えた。
そして──驚くべきことに、実際に──紗夜の指先から、キラキラした、そう、過剰にキラキラしたビームが出た。
さらに、あろうことか……そのビームが命中したゼノサイトが────爆散した。
貫通、とかじゃない。
肩に当たっただけなのに……風船が弾けるみたいに、爆散した。跡形も残っていない。
破壊の質が……能力の質が────違う。
私の能力やクロエの能力は、概念的で強力(そして恐らくは高位)ながら、物理的な破壊力には欠けていた。
見るに、紗夜の力は真逆だった。
物理的な破壊に、特化している。
「……す、ごいな……めちゃくちゃだ」
「任せて!! 全部倒しちゃうから」
覚醒して少しハイになった紗夜は、その言葉通り……『消えちゃえビーム』の他、『死んじゃえビーム』や『逝っちゃえビーム』(ちょっとえっちじゃない?)によって、襲い来るゼノサイト次々と爆散させた。




