運命の魔女
「はぁ…………」
溜息を吐いたのは、クロエだった。
私の拘束にはあまり効果が無かったのか、あれだけ堅固に押さえつけていた筈の、四肢も、口も、解放されていた。
「誤算……いえ、目を、逸らしていました。現実から……。私より『上』でなければ、蘇生はできなかったはずなんです。下位の魔女は、上位の魔女の起こした事象を覆せないケースがあります。殺人は、それに該当する。……だから、安心していた……目を逸らしてっ! メア様は、私より『上』で然るべきなのにっ! 私が超えられることなどないと、どこかで、思っていた……」
上とか、下とか……そういえば、天使もそんな事を言っていた気がする。
一つ下に来た魔女とは、クロエのことだったようだ。どういう上下なのかわからないが……。
「……っ、ふふふっ……メア様、あなたは、本当に……勘も良かった。私はカウンターを用意していたんです。私が他人の手で殺された時に、その死に際して発せられるエネルギーを利用して運命を捻じ曲げるカウンターッ! 発動すれば、ずっと二人で生きていけたのに……」
「…………詳細はわからなかったが、そんな気がしていた……。逆転されようとしてる人間の様子じゃなかっただろ、お前」
「……うふふ、嬉しい、です。よく、見てくださって……」
「…………クロエさん、狂った?」
紗夜がドン引きの表情でクロエを見る。
自分を殺そうとした相手とは認識できていなさそうだ。記憶が抜け落ちているか、そもそも何が起きたのかわかっていなかったのか……。
そして、多分……クロエは、元々こうだ。
「……なんで紗夜を殺そうとした?」
「えっ!?」
状況を理解できていない紗夜が、私の問いかけに驚きを露わにする。
「だって……恋路の邪魔じゃないですか。最初はヒトのゼノサイトを解放して、どさくさで殺そうと思ってたんですけど……めんどくさくなって」
……国家転覆レベルの騒ぎを起こした上、めんどくさいからその場で殺そうなどと、かなり、滅茶苦茶言ってはいるが……。
「…………お前……本当に私のことが好きだったんだな」
「だから、そう言ってるじゃないですか」
「愛国心はどこにいった? 外の被害状況、普通じゃないだろ」
「そんなもの、最初から無いですよ。『愛国者のブローチ』……渡した時、熱くなってませんでした?」
……そういえば、そうだった、気がする……。
……思い出した。クロエの体温だと思って不快だったんだ。
盲点だった。いや、普通考えない。
叛逆者を判別するアイテムですなんて、そう言って渡してきた本人が叛逆者なんて……あり得ないだろ。
どれだけ肝が据わっているんだ?
「まあ、言うほど叛意を持っているわけでもありませんでしたけど。……こんな国どうでもいい、というくらいで」
「そんな奴が国の中枢にいたら害も害だろうが……」
ふふふ、とクロエが顎に手を当てて笑う。
この期に及んで余裕が窺えた。
「さて……メア様が『上』の魔女になって……もう、死をトリガーにしたカウンターは……通用しなくなってしまいました」
「じゃあ……もう……お前を殺してもいいのか」
その言葉も、どこまで信用するのかという話はあるが……。
紗夜が、殺すという言葉にギョッとしている。
まあ……先にクロエが殺しにきた話はしているし、印象値的にはセーフだろう。
「ふふふ……その通り、ですけど……簡単じゃないですよ? もう、手を抜きませんから。それに、あなたは、まだ────足りない」
クロエが銃弾を放つ。
紗夜の眉間に向かって放たれたそれを、結晶の触手を伸ばしてどうにか防ぐ。
ギリギリ、だが……見えるし、守れる。
「なっ、なに!?」
何が起きたのか、紗夜は目で追えていないようだった。
クロエは片手で自分の顔を覆って、その隙間から目線を通して口を開く。
「足りないのです、メア様。あなたには……経験が、訓練が、そして何より────殺した数が! この世界では、蒐集したドッグタグの数が強さです。いくら素質があろうと、十人前後殺した程度では、まるで足りないッ! まだ、とても……戦闘能力で私に及んでいないことが分かります。敏ッ! 感ッ! なんですっ、そういうところ……」
クロエの振る舞いに、紗夜は混乱している様子だった。
「や、やばいよ、クロエさん。クスリとかやってるんじゃない?」
…………それは…………やってるかも、しれない。
やってなくてもこれなのがヤバい、という気もするが……。
クロエはそのまま3発の銃弾を放ってきたが、全て同様にして弾く。
この分なら少なくとも、銃殺されることはなさそうだった。
「……見えますか?」
唐突なクロエの質問。
意図がわからなかった。
「は? ……見えてるから、弾いてる」
「────ほら、足りない」
また、言葉の意味がわからなかった。
一体何が足りないというのか。
クロエはそう言うと、ゆっくりと……回り込んで、紗夜の方へと歩き出した。
その姿はあまりに堂々としていて、緩慢で……私の妨害など入るわけがない、と考えているかのようだった。
「……なに、を────ッ!?」
クロエと紗夜の間に立ち塞がろうとして、私は……身動きが取れなくなっていることに気付いた。
「な、なぜ……っ!?」
動けない。金縛りに遭ったように手足が一切動かず、クロエを止めに走ることができない。
こんなにも、ゆっくりと、舐めた動きをしているのに。
そういえば、クロエは……襤褸の男に襲われた時も、こんなふうに敵の動きを止めていた。
だが、今更思い出したところで遅い。
動けない私をよそに、クロエが手にした銃を振りかぶり、先端のナイフで紗夜を切り刻もうとしていた。
なりふり構っていられない。
私は、紗夜に使ったレベル2の能力を自分……の、周辺に行使した。
私の全身が光に包まれ、身動きが取れるようになる。
即座に結晶を纏ってクロエに飛びかかった。が、鋭利に伸ばした結晶は、簡単にクロエに弾かれる。
賭けだったが……動けた。やはり私に何か、見えない拘束具のようなものを取り付けていたらしい。
攻撃を弾いたクロエはそのまま一度距離を取り、何を考えたのか、急に落ち着いた表情を作ってゆっくりと口を開いた。
「あなたの魔法────解析、できました。『時間』、ですね」
クロエの言葉。
図星、だった。
能力を、特定された。
私はまだ……クロエに何をされているのか、理解していないのに。
私への拘束が、解析を兼ねていた?
……あの天使が言っていた、『号』。
私が手に入れた能力の本質。
────《時の魔女》。
紗夜を蘇らせた時も、クロエの拘束から抜け出した時も、私は時間を巻き戻していた。
紗夜自身の時間を。私周辺の時間を。
「少し、強力すぎます。あなたの能力は……現実を──捻じ曲げすぎる。私より『上』とはいえ……能力には……制約と、代償が、伴う。強力であればあるほど、物理法則から逸脱するほど、より強く。習熟していないのなら尚のこと。……今のあなたに、あまり使わせたくは……ないですね」
クロエは本心から私を心配するような仕草を見せている。
そして、目を細めて、まるで心を痛めているかのような表情で言葉を続ける。
「きっと、代償は────寿命」
「………………なんで、そこまでわかるんだ」
「…………」
私も、聞いたわけではない。これは感覚的な理解だ。
能力の行使で、寿命を消費している……というのは。
だが、それに気付いた時、私は……ラッキーだと思った。
代償が寿命である、というのはつまり、短期的に見れば実質的に────弾切れが存在しないということに他ならなかった。
どうせ……長生きしようなどとは思っていなかった。
リスクになっていない、あまりに都合の良い代償。
だが……クロエは、そうは思っていないようだった。
ここまで気が狂っている女に、愛しているなどと囁かれて、それをあまり真剣に取ってもいなかったが……この様子は、確かに私に、実感を伴ってそう思わせた。
「おい……紗夜を殺しまでしておいて……私に、能力を、使わせたくない? そんなことで怯むのか?」
「当然、でしょう。そこの女は、進む道にある障害ですが……あなたが、目的なのです」
紗夜が今にもきゃーきゃー言いそうな雰囲気で口元を抑えている。自分の酷い言われようは気にならないらしい。
そして、少しして手を下ろし、真面目な顔を作った。
「…………あんまり、状況、よく分かってないけど……私も、反対。芽愛が自分を犠牲にする必要なんてない」
お前の情緒もどうなってる?
もう、めちゃくちゃだった。
なんで、紗夜を殺しにくるやつに対処して、殺しに来た本人と被害者の紗夜に諭されているのかわからない。
「じゃあお前……さっさと消えろよ、クロエ」
「そういうわけにもいかないんですねぇ………………閃いた!」
「『止まれ』」
何かよからぬ事を閃いたらしいクロエに対して、私は未知の……できるかどうかもわからない魔法を行使した。
眼の中で歯車が回っているような異様な感覚。
天使からサービスで教わった蘇生方法──巻き戻しのやり方以外は感覚的にすら把握できておらず、行き当たりばったりではあったものの……不自然に静止したクロエを見るに、成功はしたらしい。
「えっ……クロエさん、止まっちゃった。…………最初からそれで良かったんじゃない?」
「色々と、保証があればそうしたけど………………ごぼっ」
喉の奥から漏れた、濁流みたいな声。
私が意識して出した、声帯を震わせた音ではない。
何が起きたのか、すぐに分からなかった。
これは……私の体の中から溢れてくる血液によって発せられた音だった。
内臓が、ダメージを負っている。
……この可能性が、本能で予見できたから……あまり、使いたくなかった。
寿命の消費。
それが、それこそ運命が書き代わり、不思議な力で天命が縮むような処理なら良かったのだが……どうも、直接内臓がダメージを負うらしい。
最悪だ。
巻き戻しの時は、自覚できるほどのダメージは無かったが……今回は魔法の対象が魔女だったからか?
反動が、代償が……尋常ではない。
弾切れが無いなどと、言っていられるレベルではない。
それに……クロエを止めても、まだ……問題がある。
「っ、芽愛!? 大丈夫!?」
「……わが、らない。…………クロエは、ちゃんと止まっていそうか……?」
「それは、止まってるけど──って、あれ……?」
確かに止めたはずのクロエ。
それが……ギチギチと、操り人形のように動き出していた。
とても、人間の動きではなかった。
ホラー……その中でも、特に……ジャンプスケア系で見るような動きだった。
「…………」
私の力が弱く、時間停止の効力、効果時間が十分でない可能性も一瞬考えたが……違う。
これは……止まったクロエが……恐らく、クロエの力によって、無理矢理に動かされている。
魔女の力は、『下』の魔女では上書きできないはずではなかったのか?
これは魔女の力によるものではない?
そもそも……仕様として────時間停止喰らった奴が、外からの力で動くなよ!!
そして、クロエが、しばらく気持ち悪い動きを続けたかと思うと……唐突に、その首が胴体と別れた。
「────は?」
「ひっ……」
クロエの生首が、音を立てながら勢いよく転がる。
この世界に来てこんな、転がる生首なんていうふざけた光景を見るのは……三度目だった。
自滅?
それなら、いい、が……多分、違う。
「そう。自殺ではありましたが……自滅ではない」
「え?」
「………………」
私は、一瞬たりとも、クロエの死体から目を離してなどいなかった。
それなのに────気が付けば、コマが飛んだみたいに……五体満足のクロエが、当たり前のようにそこに立っていた。
傷一つ付いていない顔で、クロエが再び口を開く。
「死ぬのは……いいのです、私は。普通の人間より、運命が強く定義されていて……死ぬ運命ではないので、死んでも死なないのです。自分の能力でそうしているのですが……まあ、とにかく、こういうリカバリが効くんですね。……『上』の魔女に、直接殺されるのでなければ」
クロエの姿は、あまりに、自然だった。
首に継ぎ目なども無く、不自然に、時間が戻ったような状態でそこにいた。
「…………時間……? お前も?」
「あー、関係ないんです、それは。そういう問題ではないので。しかし…………」
クロエがまた、私を見据える。
深刻な問題でも抱えているような、悲痛な表情で。
「…………戦えませんね。これ以上は……メア様が、身体を壊してしまう」
「…………」
諦めて死ね! ……とも、言えなかった。
意味がないことがわかったから……。
「こうしましょう」
クロエはそう言って、私に銃撃を放った。
何度放たれても……防ぐことは、できるが……どうも、撃たれること自体が良くない。
先程の拘束は、少なくとも銃撃をトリガーとしている。
だが……この距離で射撃動作自体を防ぐ事はできない。力の差もある。
もし、こいつが継戦する気なら……もう一度、レベル2の力を使って接近して……そこがスタートラインだ。
「…………?」
感覚が、おかしい。
力が……抜けた?
「流石、ご明察……でございます。これは、先程まで放り投げていた、『運命の糸』とは別物。私も、あなたも……レベル2を、使えなくなるものでございます。《運命からの逸脱》……開発以降使ったことのないスキルでしたが、作っておくものですね」
……スキル? 開発?
いや……今は、いい。
今気にするべきはそこじゃない。
「お前…………何のつもりだ」
「『最適解』、でございます。メア様を生かし、そこの女を……殺す」
「……肉弾戦、か? お互いレベル2を使えないというのなら……習熟度やコストの点で、有利になったのは私だと思うが」
まあ、そこを加味してもまだ分の悪い戦いにはなるだろうが、先程までよりはマシなはずだ。
というか、根本的な疑問がある。
そもそも……クロエは────何をコストにしているんだ?
やっていることの大きさの割に、私のような大きな代償を伴っているようには全く見えなかった。
こっちは一度クロエの時間を止めただけで、内臓がズタズタになって吐血までしているのに。一体何を犠牲にしているというのか。
……人間性?
私の言葉を受けて、クロエは薄く笑った。
「メア様と身体をぶつけ合うのもアリですが……またの機会、ですかね。私はお暇させていただき、そこの女を殺すのは……ゼノサイトに任せようという話です」
ゼノサイト。
私はその言葉に、根本的な、ここの状況を思い出していた。
クロエを倒した次にある問題。
暴れている、ヒトのゼノサイトへの対処が必要だった。
「私は、彼らを……ある程度、コントロールできます。メア様を襲わせず、そこの女を殺すくらいならわけはない。二十体は存在しますから、今のメア様が全て止めることは不可能でしょう」
クロエの言葉の通りだった。
クロエの言う戦略に対して、解決策が……思い浮かばない。
「くそっ……おまけしろ」
「かわいい発言してもダメです」
「…………ねえ、なんで私、こんなに目の敵にされてるの?」
「……それは、話してただろ。今は、黙ってて……」
紗夜、こいつ……。状況を理解する気が、無い……?
障害とまで直接言われていたのに……。
なんならお前、恋愛や嫉妬の気配を感じ取ってきゃーきゃー言おうとしてただろ! ……雰囲気でしか物事を判断していないのか…………?
……まあいい。とにかく、紗夜の横槍に対応するような余裕は無い。心の中とはいえ、思わずたっぷり悪口が出てしまうくらいだ。
私は過去一でいっぱいいっぱいだった。
肉体のダメージ、それによる思考リソースの欠乏、使えなくなったレベル2。その上で、これから襲い来るゼノサイト軍団への対処を考える必要がある。
「それでは。また会いましょう……メア様」
そう言って、クロエは跡形も無かったみたいに消えた。
クロエの言葉通りならクロエ自身もレベル2を封印されているはずだが、この消える能力はレベル2とは関係が無いのか?
言いたい事は山ほどあるが、今はあの気狂い女への文句を連ねている場合ではない。
襲いくるゼノサイトを、なんとか、しなければならない。どうにか、処理しなければ……。
そう考えているうちに……すぐ側で、轟音がした。
質量の大きい何かが、空から降ってきたような音。
当然、向こうは待ってくれないらしい。




