解放されて
「んー、美味しい!」
カフェオレのカップを片手に笑顔でパンを頬張る紗夜。
私も同じパンを齧っている。
形こそ丸いが、食感や味としてはクロワッサンが近い。
言葉だけでなく、食文化も現代日本に近いようだった。
何故、という疑問はこの際置いておいて……ゲテモノを食べ続ける生活にならなかったことを喜ぶべきか。
「元の世界で、こんなに美味しいパンって食べたことないかも」
「そうだな……」
言うほどかとは思ったが、確かに美味しくはある。向こうでもかなり美味しい部類には入るだろう。
……あまり美味しいもの食べる機会が無かった、のか?
……いや、考えすぎだ。今までの情報から整理しても、紗夜の親は『厳しい』程度で、物理的な虐待をしていたり、困窮していたりもはしないはずだ。
だが……無自覚な虐待はあり得そうだし、食事に何らかの制限がかかっていた可能性はある。あるいは意図的な制限という形でないにしろ、食卓に出てくるもののバリエーションに欠けていたとか。
「…………パン、って、どのくらい食べてた?」
「んー……あんまり? 買い食いとかもできなかったし、家でも……出ても食パンくらいだったから、こういうの食べるの初めてかも」
「………………そうか……好きなだけ食えよ」
「? なによ……まあ、そんなに食べるつもり無いわよ。お昼も食べる予定だし……」
紗夜が訝しげな目でこちらを見てくる。
ここ数日……いや、この世界に来てからか。
紗夜は、生き生きとしていた。
学校にいる時とは別人みたいに、活気に満ちていて生気があり……生活を楽しんでいるようだった。
転移以前の紗夜の印象は、今とはまるで異なるものだった。
端的に言って、紗夜は────苦しんでいたのだろう。
紗夜の容姿は傑出していた。
美しさという意味でもそうだが、なんというか、『できそう』な容姿をしていた。
優秀で、何でもそつなくこなして、全て解決してくれそうな、そんな雰囲気を持っていた。
それに……教育の賜物か、振る舞いや所作もそれらしく映っていた。
全てが噛み合って、才媛に、見えてしまっていた。
だから、そのまま頼られた。
実際には、紗夜の内面や能力は並程度……ただの要領の悪い子供なのに。誰もそんなことは知らなかったし、気にしなかった。
少なくとも最初のうちは。
そして、紗夜にはきっとその気質も逆風だった。
頼られたからには、力になろうと、成し遂げようとしてしまう。
全てがうまくいっていなかった。
紗夜が失望を露わにされる場面も、居た堪れないくらいに気を遣われる場面も、怒りをぶつけられる場面さえ見た。中身が伴っていないことを知られても、紗夜は振る舞いを変えず、ギャップが認知されれば更にヘイトを集めた。
私は直接関わっていなかったこともあり、紗夜の不出来なんて可愛いものだとしか思っていなかったが……そう思わない人間もいた。
特に容姿の良さが災いしたのか、同性からの嫌われようは凄まじいものがあったと記憶している。
……これは更に憶測になるが……紗夜の口ぶりから、そんな振る舞い──上に立ち人を導くような振る舞いを強要していたのは、きっと両親で、少なくとも、いずれかの親だった。
だからきっと、紗夜はこの世界で別人のように、明るい少女として振る舞えている。
この世界に紗夜を縛る人間がいないから。
柵から、期待から、嫉妬から羨望から敵意から偏見から理想から劣等感から────解放されて。
「……なに? 黙って見てきて」
「……この後、どこに行くか相談しようと思って」
「レジャー施設とかないの? 行ってみたいんだけど」
「メモに無いな。多分……そもそもこのコロニー内に無いんだろう」
飲食に関する店は点在しているが、ボウリング場みたいな……それを主目的とした娯楽施設がありそうな雰囲気は全く無い。娯楽施設どころか、図書館や博物館等、文化的な施設も無さそうだった。敗戦国の人間達が逃げた先のコロニーではさもありなんと言ったところか。
あって娼館くらいだろうな。
……いや、娼館以外にも、シーシャ屋のようなものなら存在するだろうか。日本で入り浸っている知り合いがいたのをふと思い出した。
シーシャ屋が無いにしろ、時代感にそぐうものなら……葉巻を吸ってるとか……阿片窟があるとか?
まあ、何にせよ絶対に、紗夜を連れて行くわけにはいかない。私一人なら物見遊山気分で行っても良かったが。
「面白くないわね……楽しそうなところ、ないの?」
「うーん……正直あまり無いっぽいけど……。ショッピングでもするか? 服屋ならメモにある」
「いいわね、いきましょ! 丁度買いたかったの。クロエさんも最低限しかくれないから、クローゼットに全然服がなくて……折角好きな服を着られるなら、選びたい」
それは……私も全く同感だった。




