共生
「……どうなってる?」
クレースの腕の様相。
そのエメラルドのような物質は、クレースの顔近くまでを覆い……しかし、クレースの動きを阻害している様子が無かった。
クレースの体を覆う鎧のように、急に発生して……しかし、柔軟性がある、謎の物質。
「魔女…………?」
私がこの世界に来てからの知識では……それしか回答がなかった。
クレースが魔女で、体を覆う宝石がその能力……『レベル2』によるものであるという推測。
「んー、はずれ」
「……じゃあ、それはなんなんだ。 というか、クレース……お前は大丈夫なのか……?」
魔女でないなら、なんなんだ?
この世界にはまだ私の知らない超常の力があるというのか。
そして……クレースの体に影響は無いのだろうか。
見た目には、非常に美しいが……そういったものにこそ毒性は潜んでいる。ラジウム塗りの少女のように、関わるほど、身に纏うほど毒に侵されるとしたら。そんなことを想像してしまう。
「おねーさん、ご心配ありがとう。でも大丈夫だよ。そして、これは……力の源は、おねーさんも知ってるものだから」
私も知っている……?
「灝素……?」
だとしたら……結局、『レベル2』にも思えるが……。
いや、違うのか。魔女の素養と、灝素の吸収能力、耐性は、別物。
確か、そのはずだ。クロエの口ぶりからするなら。
「おしい。それも関係あるけど、正解は────アルファだよ」
アルファ。
宇宙よりの寄生体。
その言葉が真実だとするなら、クレースは────。
「私は────寄生されている」
クレースはこちらを見据えてそう言った。
そう。
クレースの言う通りなら、そうだ。
だが、おかしい。私の見てきた限り、聞いてきた限り、こんなことは、あり得ない。
クレースは、ゼノサイトになっていない。
「喋れてる……自我がある……? それに、見た目も……さっきのゼノサイトとは随分違う」
私が今まで見たゼノサイトとは、一線を画していた。
あれらの怪物のような見た目に反し、クレースは芸術品のような美しさをその身に湛えていた。
「うん、普通アルファに侵された生物は、それまでの行動原理を変える。身体を造り変えられて、脳まで侵されて、思考能力を奪われる。だけど、私の場合は違う。これは…………『共生状態』なの。今まで誰も知らなかった状態。灝素に耐性を持った人間が、変異したアルファに寄生された時に成立する、『進化』とも呼ぶべき変化────先生はそう言ってた」
「…………先生の話、ちゃんと聞いてたんだな」
「聞かなきゃ与太かどうかもわからないよ。暇だったしね」
そう言いながら、クレースは自身の腕に纏わせた物質の形状を操作して見せた。
熱したガラスのようにどろどろと柔軟に動くそれは、別の生き物のようだった。
蛇のように蠢き、そして……刀のように硬くなる。
「クレースが言っていた武力って……これのことか」
「まあ半分そう。元々持ってたのは灝素の耐性、成長の権利だけ。こうなったのはつい最近だよ……偉い人たちが、コロニーの外縁を意図的に汚染し始めたから」
灝素耐性は、成長の権利、か。なるほどな。性質からして、まさしくその通りではある。
そして私は先程から……『コロニーの偉い人』というのが、どいつのことを指すのかとても気になっていた。
ここがコロニーの外側の方だという事実にも驚いたが。
「……偉い人って、誰だ?」
「さあ? でも多分、ケレス様じゃ、ない。あの人はそういう感じじゃないかな」
ケレスはちゃんと指導者らしく、スラムに住む少女にまでその存在と性質を認知されているらしい。
ケレスの潔白は根拠に乏しい。が、否定も肯定もできない。判断材料は私にも無かった。
仮にケレスでないとしたら、私の知る『偉い人』はクロエしかいなくなってしまうが……。
まあ、やりかねないとは思う。もしそうならさっさとしょっぴかれてほしい。
「で、共生状態になって、私は物理的な出力が更に上がった。まず、直接体内にアルファを飼ってるからか、根本的な身体能力が上がってる。そして私の意思で体内から湧き出すこの宝石は、筋肉みたいに身体に纏わせれば運動性能を補助してくれるし、もちろんさっき見せたみたいに武器にもなる」
やはり、宝石なのか。
……売れば食うにも困らなそうだな。
クレースはその体を纏う宝石の形状を、剣や槍、ハンマーなど、様々な形状を模したものに変えてみせる。
そして、一通り見せた後に、体を纏う宝石は無くなっていた。
散乱している様子もない。体内に収納できるのだろうか。
「────うん、ここまで見せたらいいかな。わかってくれたと思う」
「…………何をだ?」
クレースの言葉はいまいち解釈しにくかった。
「これが『いいもの』だっていうこと。おねーさん、屈んで?」
「……?」
意図がわからないまま、クレースと顔の高さを合わせる。
当然クレースと目が合う。
その瞳は、変わらず宝石のように輝いていた。
エメラルド、翡翠……それらよりも少し黄色が強く、色合いはマスカットにも近い。輝きは本物の宝石さえゆうに超えているように見えた。
睫毛もノーメイクとは思えないくらいに長く、美しい。
この少女は、目だけで人を魅了し得る。
この世界の人間は……桃源夜亭やクソ娼館で観察した限り、美形ばかりというわけでもない。このまま育てばクレースは傾国の美女と呼べるほどになるだろう。
今はまだ、良くも悪くも、人形のような印象が強く……異性を強く惹きつけるかはわからない。
時折見せる色気のようなものはあるが、きっとそれは内面を知る私だから感じるものだ。
そんなことを考えていた。
油断していた。
クレースの顔が、更に私に近づいて────唇が触れ合った。
そしてそれを認識するよりも早く、艶かしく動く濡れた何かが口の中に侵入してきた。
舌を入れられたのだと気付いたのは、数秒経った後だった。
「〜〜〜〜ッ!!? ────おい、ガキッ、何してる!? ぶっ殺すぞ!!??」
我に返り、クレースを退かす。こいつも多少の暴力は大丈夫だと思うので思い切り押し飛ばした。
自分の反応が…………あまりに鈍かった。
そんなことはないのに、受け入れたがっているのかと、自分で疑うほどに。
キス自体は(短期間で……)二度目だから、我に返るのも突き飛ばすのも早かったが……。
突き飛ばされたクレースはけたけたと笑いながら、こちらを横目に見て口を開いた。
「おすそわけ! お肉のお礼だよ。いいものには、いいものを返さなきゃね」
いいもの、は、多分……キスそのものを指しているわけではない。
流石に……。
「っ、せめて最初っから全部言え! ……お前、普段からこんなことしてるのか?」
「おねーさんが初めてだよ! だから……ちゃんと分けられてなくても、許してね」
さすがに普段から手当たり次第にキスをするほど乱れてはいないらしかった。
そして……お裾分けとやらも、あまり根拠や実績のあるものでもないようだ。
「じゃ、お礼もしたし、私は帰るね。おねーさん、帰り道わかる?」
「…………ああ。私は…………地理に強い」
「そっか。じゃあここで解散! またね、おねーさん」
クレースは最後まで無邪気な笑顔を崩さず、私の前から消えていった。
残された私は……呆然としていた。
頭が回らない。
余韻が、残っていた。
クロエはまだいい。
もういいし、まだいいのだ。
あれには熟れた色香があるし、迫られれば多少絆されるのも客観的に理解できないこともない。
だが、クレース……年端もいかぬ少女相手に、こうもいいようにされるのは情けないと言う他なく、というか──一歩間違えれば犯罪だった。
動悸がしている。
唇に、口内に、快感を伴う痺れの様な感覚が残っていて……それが続くだけ自己嫌悪に陥った。




