小動物みたい
「おお……」
クレースに案内された先。
壁にしか見えない扉をくぐると、そこはスラムにあるとは思えない内装の家だった。
華美な装飾を施された調度品に、緻密過ぎる造りの絨毯。私達が間借りしている家にも近い。
「これは……『先生』の遺産か?」
スラムにこんな家がある時点でまず驚きだが……まず間違いなく、孤児が住むような場所でもなかった。
「そうだよ。持ち主がいなくなっちゃったから、私が使ってあげてるの。おねーさんのそれ、お肉だって言ってたよね? じゃー、パンとスープがあるから、一緒に食べよう」
使ってあげてるとは……やはり、中々良い物の言い方をする子だ。
「一人で住んでるのか?」
「今はそうだね。他にも先生の授業を受けてた子はいたから、最初はその子達と一緒に使ってたんだけど……みんなどこかにいくか、死んじゃった」
「死んだって……なんで?」
重い話の割に、クレースは軽い動きで粛々と食事の準備を進めていた。
スープ用のカップ。
可愛らしいものと大人びたもの。
フランスパンのような食べ物を皿に切り分けて、そして私が持ってきた包みの紐を解こうとしていた。
仲間の死に微塵も感情を動かされていないかのような言い方に、だからこそ経緯が気になった。
目線をやると、クレースの方から話し出してくれた。
「おねーさん、知ってる? ここ最近のスラムの事情」
「いや……」
「まーそうだよね。ここはね……実験場になってるの。このコロニーの偉い人? が主導して、倫理的に許されなかったような事をしてる。戦争に負けて国の体をなしてないからってやりたいほうだい」
「……なかなか、難しい言葉を使うな……」
というか、語彙というより……やはり、思考が円熟している。
実験場、か。
一見して、この国がやぶれかぶれで滅茶苦茶やってるようにも見えるが……倫理観は置いておき、『文明』のレベルが上がるのは得てしてこういうタイミングだ。
戦争や非人道的な人体実験で得られたデータが、人類の科学を大きく推し進めた。
この世界の人類も、過渡期にあるのかもしれない。
「ゼノサイト、ってわかる? コロニーの中じゃ、あまり見かけないけど……あれ関連みたい。本当に禁忌なんだけどねー」
そう言いながら、クレースはカップにスープを注ぐと、可愛らしい方を私に差し出した。
ゼノサイトが宇宙よりのものであるなら……まさしく幼年期の終わりとでも言うべきか。
「こっちが私の分なんだ……」
「こっちのステキな方は私のお気に入りなの。……で、他の子は……その実験に巻き込まれる形で、つい最近死んでいった。発生したゼノサイトに殺されたり、あとは……まあいいや。ね、おねーさん政府側の人だよね? 何か聞いてないの?」
「……まあ、多分そちら側ではあるけど……何も聞かされてないな。……あ、そうだ。夜に出歩くのは良くないらしいぞ」
「…………おねーさん、それはね…………常識って言うの」
はあ、と年端もいかぬ少女に深くため息を吐かれる。
仕方ないだろ! 本当の意味で常識無いんだから!
クレースが包みを器用に開くと、中から出てきたのは本当に美味しそうな肉だった。
想像した通り焼き鳥に使うようなタレがかかっていて、言われた通り串に刺さっている。
そして、どういうわけか……まだ温かい。触れずとも熱を感じる。
「本当に美味しそう! 地の底まで落ちてたおねーさんの評価がちょっと回復してるよ!」
「いつの間にそんなストップ安に……」
「なるでしょ! なんならまだ話してあげてるだけ優しいよ、私」
そんな事を言いながら、クレースはかなりの勢いで肉を頬張っていた。
パクパクと、止まる事なく啄み、頬がハムスターのように膨れ上がっていた。
「落ち着いて食べろ、量は十分だろ」
「んんん!! んんっ!」
「全然何言ってるかわかんないな……」
私は肉を一串だけ取って、クレースを眺めながらちまちまと口に運んだ。
この小動物のような……齧歯類のような生き物をただ眺めるのは、なかなか悪い時間ではなかった。
多分、人と時間を使ってしっかり調査したら、セラピー効果が証明される。
そして、五分もしないうちに……クレースは持ってきた肉を平らげてしまった。
いつの間にか、スープも空でパンも無い。私のパンとスープはまだ大分残っているのに……。
まあクレースのために持ってきたんだから良いんだけど、衝撃的な勢いではある。
クレースはぱんぱんに張ったお腹を叩いて満足気だった。
「あー、おいしかった。ごちそーさまです。おねーさんの評価を50点まで戻してあげても良いくらいの美味しさでした」
そこまで幸せそうにしてて、50点まで戻るだけなんだ……。まあ、幸せそうでなによりだった。
「それは………………よかった。知り合いの店から拝借してきたものだから、気に入ったならまた持ってくる」
「毎日持ってきてくれてもいーよ! ……さて、いいものもらっちゃったし……腹ごなしもかねて、いいものを見せてあげる」
「そもそもお礼で持ってきたんだから何もしてくれなくていいんだけど……いいもの?」
「いいものだよ。さて、ちょっとそこまで出かけよーか」
クレースは、そう言って、無邪気ながらどこか大人の色気を感じさせる笑みを私に向けた。




