ドープ
「用心棒、か? そんな……雰囲気だ」
印象を口にしてみるが、男は私の言葉を聞かず瞬く間に数歩近付いてきて刀を振った。
非常に長い刀。いわゆる物干し竿というやつか。
その切先。かなり速度が出ているはずだが。
目で……追える。
この男は、脅威ではない。
そのまま迫ってきた刀を避けて、交錯する瞬間に刀身を蹴り付け、軽いダメージを与える。
刀はかなり頑丈らしく、今の衝撃でも折れる気配がない。
「なんで和装なんだ? 初めて見た……そういう文化の国があるのか?」
「……化け物か」
男はまたも私の言葉を無視し、挙句、言うに事欠いて私の事を化け物だなどと非難した。
「人の心が無いのはそっちだろ。何のための施設か言ってみろよ」
「……」
言葉に詰まったのか、変わらず答える気はないのか、男は特に言葉を続けることはなく……代わりに再び私を居合で切りつけようとした。
避ける。最低限の動きで。
体が思った通りに、いや、想像を超えて動く。
全身に力が満ちている。誰にも負ける気がしなかった。
今ならクロエも相手できるかもしれない。
高揚感、酩酊感、全能感、その全てが私の中から溢れ出している。
灝素酔い、とか言っていたか。
最初の感じとは違うが……恐らく人を殺したことにより過剰なエーテルを吸収し、この状態になっている。
十人足らずでこれならば────もし、戦争に参加したなら。私はどうなってしまうのだろう。
そんな事を考えていると男から斬撃が飛んできた。
また居合。
無駄だ。
ずっと、無駄だった。私には決して届かない。
「無駄、だよ……諦めな、おっさん」
「……」
無言。そして、また居合の構え。
「それしかないのか?」
ワンパターンな男の戦法を笑う。だがそれも束の間だった。
放たれた、閃光と見紛う剣閃。
────斬撃が、飛んできた。
ありえない。
奴は刀を放り投げていないし、斬撃それ自体は飛ぶわけがない。
しかし、事象を証明するかの如く、周囲の壁に信じられない大きさの傷が入っている。人間業ではなかった。
…………そこまでが────印象の話だ。
「……見えてるから。無駄、無駄……」
実際のところ、何が起きたのかはすぐに理解できた。
私の目はこの場で起こる全てを捉えている。
この世界に来てから目が良くなったと思っていたが、今その能力は絶頂にあった。
斬撃の瞬間。目を凝らせば、どんなカラクリか知らないが──刀身が伸びていることがわかった。
それもそれであり得ない話だが、飛ぶ斬撃よりも余程現実的だし、受ける事も避ける事も可能だとわかる。……いや、受けるのは厳しいか。威力は軽んじられるものではない。
切り札を避けられたためか、タネを見破られたためか、男は表情を歪めた。
だが戦意は失っていないようで、もう一度刀を鞘に収める。
その瞬間を、私は狙っていた。
居合の、刀先端の速度は確かに脅威だ。
それに、こいつの場合……振るたびに加速している。いつまでも舐めた真似はできない。
だから、しっかりと攻略する。
居合なんてものは──出掛りを抑えればいい。
刀を納めた瞬間。重ねるように、刀の持ち手に手を置いた。
「なっ────」
男の表情が驚愕に歪む。
そして、不意に加えられた力により体勢を崩した。今まで見せなかった隙が生まれる。
「ワンパターンだっ……て」
言いながら、肝臓のあたりをブーツの爪先でぶち抜いた。
確か……三日月蹴り?
格闘技には詳しくないが、そう呼ばれる技だったはずだ。
鉄板仕込みのブーツでデリケートな腹部を思い切り蹴られた男の苦痛は想像だにできない。
柔らかいものを潰す嫌な感触が伝わってきたが、今はそれさえ心地よかった。
「ぐ、ごっ、がッ!!」
呻き声を上げながら、大の大人が転がっていく。
元の世界ではあり得ない光景だった。
私の身体能力は既に筋骨隆々の男性を遥かに凌駕する領域にあった。
「あはっ、あははははっ! 肝臓が破裂したか? ……投降しろ。楽に殺してやる」
そう言いながら、私は……背中から、最後のナイフをゆっくりと取り出した。
ナイフの切先で照準を合わせるように男の眉間へ向ける。
男は睨みつけるように私の武器に視線を向けた。
その目が何となく嫌で、口から煽るような言葉が溢れる。
「武器無しで、いい勝負だったのにさあ……ナイフなんて持ったらあ、どうなっちゃうんだろうなあ!」
「……その靴は、武器だろ」
「あはっ、やっと喋ってくれたなあ! っていうか、全然、元気! ふふふふふふ」
「…………お前……薬物中毒者か?」
「酷い! なぁ……。 それもさあ……お前らの方だろう?」
「……」
「言い返せないかあ!? そうだよなあ! 女ぁ攫ってきてキメセクキメてるクズどもがさあ……」
男も私の言ったことが真実であると理解しているのか、苦虫を噛み潰したような顔をした。
そこでそんな表情見せられるだけ、この男はまともなほうか。
「…………元々気乗りしない仕事だったが……とんだ貧乏クジだ」
男はよろめきながら立ち上がり、再度居合の構えを取った。
「だが覚えておけ。俺だってここのクズどもに同情はしないが……戦争も、工作も……先に仕掛けてきたのは、お前達だ。世界の敵だよ」
「私があ、そんな事……知るかって!」
男の言葉が真実なら、この国は相当悪辣だった。
まあ、そんな雰囲気は……所々にあった。
戦争に負けて追い詰められて、亡国と呼べるまでになって……それで尚魔女の力で戦争して逆転だなどと、真っ当な精神構造ではない。
「知っているか? このコロニーで行われている悍ましい実験……きっとすぐに目の当たりにすることになる。お前のルーツは知らないが……この国のために動くのは……間違いだ」
悍ましい実験。
想像を巡らせる。が……特に思い当たる節は無い。
魔女か、ゼノサイト関連だろうか。
……この国のために動くのは間違い、か。
そうかもしれない。だけど。
「でも……お前らは私達を拾ってくれなかっただろ」
それが経緯で、現実だった。
私達を拾って保護して仕事を与えたのはこの国だ。
……でも、そういえば……私はこの国の名前も知らない。
「…………そうだな。人生は難しい」
「めちゃくちゃ言ってんじゃねえぞバカが!」
悟ったような男の言葉ごと吹き飛ばすように思い切り踏み込む。私が高速で前に進む代わりに、床の木材が弾けた。
そして────何も無いところで盛大に転んでしまった。
「がっ!?」
踏み込みの勢いが強い分、転んだ時の被害も大きく……二度、三度、ゴムボールみたいに跳ねて奥の壁に激突した。天井にもぶつかっていた気がする。
コメディみたいな、あり得ない状況。最初に頭に浮かんできたのは……『紗夜じゃないんだから』という、至極どうでもいい感想だった。
……この男の攻撃だろうか。
「何、した!?」
「……何もしていない。……不本意だが……幸運だ。俺も戦える状態ではないからな……引かせてもらう。仕事は受けたが、死ぬまで殉じてやる義理は無い」
「逃げ、るっ、な……」
ターゲットが、逃げてしまう。
失態だ。私の休日が逃げていく。
追いかけようとするが、上手く起き上がれない。力が入らないわけではない。体内に強大な力が巡るのを感じているのに、それを上手くコントロールすることができない。
結局、立ち上がることも諦めて……ただ去っていく着物の男……サムライ野郎を見ていた。
相当タフな敵だった。普通……蹴りの時点で死んでいる。奴も灝素に耐性のある人間なのだろうか。
そんなことを考えていると、急に眠気に襲われる。力には溢れているのに、体も心も、制御がまるで効かなかった。
サムライ野郎にトドメを刺すため、レベル2……魔女として覚醒することも考えたが……『願いを叶えるに等しい力』は、ここで使い道を決めてしまうには惜しい。
絶対に……心から必要だと思う場面が来る。例え叶わなかったとしても、せめて権利はその時のために保持していたい。
最後の意志力で、その決断だけ下すと……意識が私の手を離れていった。




