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デリリウム・ブラックリリー 〜ギャルと優等生の異世界サバイバル〜  作者: 霧色瑪瑙


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才能

 クロエと家で会うタイミングで休みたい日を伝えると、先に片付けてほしい仕事があると言われた。

 休むこと自体は問題ないらしい。

 

 紗夜の落ち込む結果にならなくてよかった。


 

 翌日、紗夜がいないタイミングで、部屋でクロエと次の仕事について会話を始める。

 紗夜は既にバイトでクロエの酒場へ向かった。どういうことだか知らないが、クロエは紗夜より後に出ても先に着いているらしい。


「今回の相手は……多少……抵抗してくる可能性がございます」


「……具体的には?」


「高い戦闘能力を持つ部下を抱えており、本人にも戦闘力がございます。メア様には及びませんが……念の為、武器は複数本持っていってください」


「わかった」


 複数本あったらどう状況が好転するのか知らないが、忠告は素直に受け入れる。

 

 武器自体はある。既にクロエから色々受け取っている。

 前回暗殺に使ったナイフも別にお手製のものではない。


 武器にも種類があったが、手に馴染んだのはナイフだった。

 今回も追加で複数本のナイフを持ち込むことにする。

 クロエの寄越した服には随所に武器を収納する仕組みが備わっていて、持ち運びに苦労することはない。

 ……重量分の負荷はかかるが。

 ナイフを全て服の中に、外からはわからないように仕舞い込んだ。


「では……場所はこちらに。建物の中をくまなく探して、叛逆者と思われる人間は全て始末してください。これを済ませたら、四日は休んでいて構いません。用があればこちらからお声がけしますので。と、言っても家や……サヤ様の職場では会うことになるでしょうが。それでは」


 そう言って私に紙切れを渡すと、クロエは背景に溶けるように消えた。

 単純なスピードなら目で追えると思う。だからきっとそうではなく……別の種類の能力で、消えたように見えている。


 紙切れを見ると、また場所だけが記されていた。

 向こうからもこちらのことはわからないため、ブローチでこちらが特定する前に襲われるようなことはないはずだ。


 すぐに済ませて……紗夜と休日を過ごす。

 

 これは決意だ。ブレてはいけない。相手がどんな人間かなんて考えない。ただ、殺すだけ。道徳も倫理もモラルも義理も正義も品性も、そこには不要だ。私が生き抜くことだけ考えろ。他人を慮るような余裕は無いのだ。

 ブレてはいけない。特に……実際に、敵に相対したときに。

 そう。敵だ。敵を倒すだけ。

 前回の場合は……たまたま、致命的ではなかった。フラッシュバックが起きたのは、ターゲットを殺した後だった。殺すより先に心が揺らぐことだけは避けなくてはいけない。起こりうる葛藤は今のうちに済ませて回答を出す。

 優先順位は決まっている。私と紗夜の生存が最上位。


 決意を新たにして、私も家を出る。

 

 家周辺の地形には慣れた。そして、道に迷うこともない。

 この街のつくりは碁盤の目のようになっている。住所もシステマチックでシンプルだ。曲がり角を数え間違えたとしても……住所を書いた杭が細かく打ってあるため、細かくそれを確認しておけば問題は無い。


 三十分程歩くと目的の建物に辿り着いた。


 外観は無骨。石造りの、直方体の建物だった。正面のドアを除き、採光や換気のための窓や通気口が見当たらない。無機質な不気味さが存在した。


 ドアノブを握り、意を決して中に入る。

 鍵はかかっていなかった。


 薄暗い空間。屋内だしこの前のスラムよりはマシだが、所々が汚く……あまり長居はしたくない。

 少し進んだところにカウンターのようなものがあり、受付と思しき人間が座っていた。


「…………? ……ご用件は」


 下がる眉根。訝しげな視線。こちらに向けて戸惑いの感情を露わにしている。

 私が場違い、というか……本来いるべきでない人間なのだろう。


「……」


 一瞬迷う。真っ当に受け応えるべきかどうか。

 それらしい話をでっち上げて、こいつに建物内を案内させればこの後がスムーズに進むかもしれない。


 だが、それをするには情報が少なすぎるし────何も考えず、反射のレベルで殺すべきだと思い直した。

 

 なるべく悟られないように凶器を握り、踏み込む姿勢を作る。


「……ごようけん────」


 全身をバネのように作用させて一息に踏み込み、言葉を繰り返す受付の男の首を刎ねた。


 迅速、流麗。

 自分の動きに少し驚く。


 思った以上に滑らかに、そして思った通りに正確に体が動いた。

 

 魔法は使っていない。運動は得意な方だったが、元々できていたレベルを遥かに超えている。

 灝素(エーテル)で体が作り変えられている故か。


 ごとり、と男の首と体が地に落ちる。

 血が溢れ出す。ここまで直接的にグロテスクな光景を見るのは……二度目だ。一度、クロエが襤褸の男の首を切り落とすのを見ている。サッカーボールのように生首を蹴飛ばさないだけ、私はクロエより良心がある。

 

 胸にしまってあるブローチの熱が消えたのを感じる。


 クロエがなぜ胸からブローチを取り出していたのか、私はこの前の仕事の後に理解していた。

 ブローチの発熱を早いタイミングで感知するためには肌に触れさせていないといけない。かといって手で握っていると動きが阻害されるので……結局この場所がベストなのだ。

 

 一応……サイズ的に、もう一箇所……しまえそうなところもあるが……不衛生だし本当にやりたくない。

 

 クロエにブローチを渡される時、胸から出されても引いていたのに……スカートの中から出されれば間違いなく表情の歪みを抑えられなかっただろうなと思い、勝手な妄想なのに苦笑いが漏れる。

 あの女ならやりかねない気がする。あいつにはそういう雰囲気がある。


 今のやり取りと私が踏み込む音、首が落ちる音はそれなりの物音になったはずだが、奥から誰かが出てくる気配はない。


「……ナイフは……使い捨てになるか?」


 かなりの速度で振り抜いたはずだが、ナイフには血液がこびり付いていた。拭くようなものは持っていないし、そのまま再度服の中に仕込むのは厳しい……というかやりたくない。

 

 結局ナイフは死体のそばに捨てておいた。

 多分、これが正解だ。付着した血と脂によって切れ味も落ちているだろう。


 そのまま少し歩く。

 

 建物は外から見た以上に広い気がした。空間の使い方が贅沢だ。レストランにも工場にも見えないが、これはどういう施設なんだろう。


 角を曲がったところでブローチが熱を帯びた。

 右手にドアがある。恐らく次のターゲットはこの中だ。


「…………」


 少し考え、ドアをノックする。

 ガンガンと、強めに。

 大きめの音が鳴り、木製のドアが軋む。


 少しして、中から足音が聞こえた。

 音が大きい。恐らくは大柄な男の足音。


 私はドアから二歩ほど下がり、袖口からナイフを取り出しておいた。


 雑に鍵を開ける音がして、そのまま乱暴にドアが開く。


「おい、くだらない話だったらタダじゃあ────」


 ドアを開けた先に立つ私を確認もせずに喋り散らかす太った男の眼球に対し、私はサイドスローでナイフを投擲した。


「────あ゙ッ……」


 気持ちいいくらいの速度と正確さで飛んでいったナイフは、恐らくは男が私を認識するよりも早く眼球を貫き、深さを見るに……そのまま脳を切り裂いた。

 

 ドアを開けたそのままの勢いで男が倒れ込み、床と接触したナイフが更に眼の奥深くへ突き刺さる。男は二度と動きそうにない。


「二人目。…………このデブは…………なんで裸なんだ」


 倒れた男は衣類を身に纏っておらず、身につけていたのは局部を覆うタオルだけだった。


「…………」


 また少し考えて、男をブーツで蹴飛ばし、部屋の中を確認することにした。


 慎重に、ゆっくりと足を前に出し、ドアの奥へと踏み込む。

 

 部屋の中は薄暗い灯りで照らされていた。

 テーブルにベッド。明かりの発生源と思しき蝋燭。窓こそ無いが、一見して宿屋の一室のようだった。


 そして、ベッドのあたりに目を凝らすと……布を纏った膨らみがあることに気付く。

 端から髪の毛がはみ出ている。すぐに分かった。それは──女だった。


「…………売春宿…………?」


 私が口にしたその言葉は……比(・)較(・)的(・)楽(・)観(・)的(・)な(・)想(・)像(・)だった。

 

 口にこそ出したものの、きっと、少なくとも普通の売春宿でないことは、私にも既に分かっていた。


 だって、普通の売春宿なら、客も従業員も────国家に叛逆していない。

 

 税制がしっかりしてるなら、むしろ個人でウリをするより良心的な商売だと言える。

 ウリやパパ活は私の知り合いもやっていたが……ああいう手合いは基本的に税金を納めないからな。


 改めて布を少しめくり、その中から現れた、ベッドの上にうつ伏せで倒れている女を観察する。


 長い茶髪。荒れている。少なくとも待遇や栄養状態は良くないと見える。

 白い肌。明かりが微妙な色合いと光の強さをしているせいで判断しにくいが、本来きっと真っ白だった。それが────色とりどりの痣や歯型でデコレーションされている。

 

「……」


 ブローチの熱は既に消えている。それは、この女は先ほどの男と異なり、国の敵ではないということを示していた。

 放っておいて他を探してもいいが……。


「……おい、聞こえるか? 生きてるか?」


 返事は無かった。


「……動かすぞ」


 迷ったが、状態を確認するため、布を完全に剥がして女を仰向けにする。

 それによって露わになった女の姿は、思ったよりもずっと綺麗で……しかし、信じられない量の泡を吹いて白目を剥いていた。

 

「…………薬か?」


 正常ではなかった。なんらかのドラッグを盛られたのかもしれない。私が動かしたのを契機に痙攣までし始めた。

 散々な状態だが……不幸中の幸いとでも言うべきか、生きてはいるようだった。

 恐らくは一方的な被害者だ。そう思えば諸々辻褄も合う。

 

 きっと、これは────女を攫ってきて薬漬けにして売る施設。


 女の側にも事情があるかもしれないし、どこまでこの国の人間でどこまで外部の人間かもわからない。だから、何も断定はできないが……大まかにはそんなものだろう。

 

 一般的な売春宿よりも余程性質が悪いし……宿側の人間はもちろん、実態を知って利用しているのなら客側の人間も────全員死ぬべきだと思った。


「……紗夜と一緒に仕事してなくて、本当によかった……」


 私はいい。耐えられる。世の中には、人間には汚い部分があると理解しているつもりだ。異世界でまでそうあって欲しくはなかったが……。

 

 だが、紗夜には……知ってほしくない。背負ってほしくない。そのままでいてほしい。紗夜のため、なんて話ではなかった。これは私のわがままだ。


 どかした布を再び女にかけてやり、部屋を後にする。

 女については後でクロエに報告する。その後どうなるかは知らないが……私に沙汰をどうこうできる力はない。


 

 私にできることは、ただ……この施設にいる男を全て殺すことだけだ。

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