友達とアイス
「こんな知らない土地で、いきなりレストランの予約なんて……できる人間だと思わなかった」
正直な感想だった。
これまでの紗夜の印象に反し、あまりに……手際がいい。
紗夜はもっと不器用で、今回のような場面でも……いざ店に入ったら、私を矢面に立たせるようなタイプだと思っていた。
「びっくりした? クロエさんに色々教えてもらったの」
「ああ……なるほど」
屈託のない笑顔。
どうやらこれは……クロエの仕込みだったらしい。
驚かせやがって。紗夜がどこか遠くへ行ってしまったのかと思ったぞ。
「サプラーイズ!」
「ッ、それはやめろ……」
「?」
紗夜の言葉はその輝くような笑顔に反し、クロエに急に襲いかかってきた、気の狂った襤褸の男を想起させた。
そこまでクロエの仕込みなら……相当なイタズラ好きだ。
裏からクロエのいいように動かされているようで少し腹が立ったが、ずっと嬉しそうに目を細めている紗夜の表情を見ているとどうでもいいことのように思えた。
「あ、料理が来たみたい。お肉メインのコースらしいわよ」
「肉か……随分……久しぶりに食べる気がするな」
今の家でもクロエが料理を振る舞ったりはしているが、肉は出てきた覚えがない。コロニーの状況的に貴重品になっているとか、そういうのがあるのだろうか。
丁度食べたいとは思っていた。遭難時に軽い飢餓状態を経験して以降、体がタンパク質に飢えているのを感じていた。
「そうでしょ? やっぱりお肉も食べなきゃね」
「そうだけど……。うーん……紗夜は……肉とか食べなそうな見た目してるよな」
「どんな見た目よ」
私の勝手な印象だが……紗夜は見た目だけで言うなら、図書館でずっと本を読んでて……野菜だけ食べてて、病弱で、気弱で、勤勉で、争いを嫌う……そんな感じだ。…………見た目だけなら。
「芽愛はなんか、見た目はギャルっぽいっていうか、ギャルなのに……中身、ヤンキーじゃない? でも変なとこ賢いわよね……地頭がいいタイプのヤンキー?」
「ヤンキーじゃねえよ」
「ヤンキーに寄せてる?」
「寄せてねえよ」
「────ねえ、私達、いつまでここで暮らすのかな」
「…………」
話題の切り替え方が凄すぎる。ジェットコースターか?
とりあえず意図を汲もうとする。
「帰りたいのか? 日本に……地球に」
「……別に。前にも言った通り、楽しいわよ。でも……ここにはここの、不安があるなって……思っただけ」
「それはまあ……そうだな。治安は……割とマシな気もするが」
不安は、あるだろう。
見知らぬ土地で、親もいない。わけのわからない生き物は存在してるし、魔法なんていう……物理法則が書き換わるような理外のものさえある。
だが……中東や南米のスラムより余程治安は良いし……何より言葉も通じる。金銭も住居もあまり不自由する状況じゃない。考え方によっては日本で家出するより余程恵まれている。
楽しいというのが嘘じゃないのもわかる。
楽しんでいなければ……あんな浮かれた格好でバイトしたり、こんなレストランで食事したりしていないだろう。
会話の合間合間に料理が運ばれてくる。
ここの料理の見た目はあまり奇抜でなく、私の目からしても美味しそうなものだった。
モノや提供方法としてはシュラスコに近い。
「美味しっ……美味しすぎる……。ねえ、私、こんな店生まれて初めて来たんだけど。芽愛は? 男の人に連れてきてもらったりしたの?」
はしゃぐ紗夜。男の話に繋げてくるのは……まあ別に、女子高生らしさか。
別に話したくないんだが……紗夜の好奇心に溢れた瞳を見ると無碍にできない。
「……私はあまり年上の相手と付き合うこともなかったし……なんなら誘いも断ることが多かったしな。これが初めてかも」
「ふーん?」
紗夜はまだにこにこと嬉しそうだ。
「でも、誘いを断ることが多いって……それって男の子からしたら結構かわいそうじゃない? せっかく付き合ったのに……」
「私は基本的に付き合ってやっている側だった。向こうは……多少は我慢するべきだし、私のことを誠心誠意饗すべきだ。そうだろ?」
「げー、私は好きじゃないわね、その考え方。付き合ったからには一緒に愛を育もうとするべきじゃない?」
急にロマンチックで……説教くさいな。
あまり両立するものではないが。
「処女っぽい考え方だ」
「はぁ!? うっさ!! ていうか、下品! 食事中にセックスの話するな!」
「いや、言うほど直接セックスの話じゃなかったと思うけど……」
どちらかというと紗夜の話の方が性的な内容だった気がするし、言葉の上で処女とセックスにはそれなりに隔たりがある気がする。処女よりもセックスのほうが、二段階くらい発語が憚られるように思う。
……そうでもないかな?
「お客様……」
「うわぁ!? ごめんなさい!!」
いつの間にか近づいてきていたスタッフにやんわりと注意され、紗夜が過剰に反応する。
「……紗夜も謝りなさいよ」
「私のはセーフだから……」
多分……。
「そんなわけないでしょ! 大体あなた、ずっとその辺の感覚がちょっと変よ!」
そうかな……。
別に、常に自分が正しいとも思っていないが……ある程度はわきまえたつもりでいる。多分、問題があるのは紗夜だ。
ただ、正面切ってそう言われると自信がなくなってくるところもある。
「その……もう少しお静かにお話いただけますと……」
「ごっ、ごめんなさい!」
何故か申し訳なさを出しつつ更に注意するスタッフに対し、紗夜が小声でもう一度謝る。
内容如何ではなく声量の問題があったようだ。確かに……紗夜はかなりのはしゃぎ方だった。
流石に反省して、少しの間粛々と食事をしていると、デザートらしきものが運ばれてきた。
バニラアイスっぽい。ハニトーがあるならそりゃアリだろと思う反面……これを提供するための保冷設備なりはどのようなものなのだろうかと気になった。
家のシャンデリアの灯りが火でも電気でもなかったことを思い出した。あれを基準とするなら、アイスも思いもよらない方法で製造保管されている可能性がある。
「美味しそう……やっぱり甘いものが一番大事じゃない? どう?」
「……肉は?」
「二番目。……んーっ、美味しい! バニラとはちょっと風味が違うけど、ぜんぜん美味しい!」
「…………私の分も食うか?」
「いいの!? ……まあ、私の性経験についてとやかく言ってたことは水に流してあげてもいいわ」
「それはどうも…………そもそも言ってない気がするけど」
処女っぽいと言っただけで、直接実際の性経験に言及したわけではないのだが……。
悪いことをしたとも私が謝るべきとも思っていないが、まあ許すと言うなら許されておく。
アイスについては……私はそもそも甘いものがあまり好きじゃない。周りに合わせてとかで食べることはあったが、紗夜にあげて喜ぶなら全部譲ってしまいたい。
リンゴくらいの甘さならむしろ好きだけど。
「ねえ……芽愛の仕事って定休日とかあるの?」
どうだろう。確認していないが……人を殺しに行ってるのに定休日もクソもない気はする。
「定休日……は無いと思うけど……都合はつけられるよ、多分」
「そう? ねえ、私は三日後に休めるっぽいんだけど……二人で出かけない? 朝から」
「朝から? 何するんだ?」
「決めてない。でも、絶対楽しいと思う。朝から友達と遊ぶなんてしたことないの」
友達。
友達か。
「…………わかった。クロエに確認しておく」
「約束よ?」
そう言って小指を差し出す紗夜。指切りをしたいのだと少し遅れてわかった。
手が触れる度。紗夜が何か言う度……心を動かされている自分が嫌だった。
覚悟は決めたはずだ。
楽しんだっていいが────私は、ブレてはいけない。




