おでかけ
「どこに行くのか決まってるのか?」
「もちろんよ、だいたいね。仕事中に色々聞いてきたの。ねえ、ご飯は食べた?」
「食べてない。なんでも食えるぞ」
腹具合を確認しながら答える。
路地でのやり取りもあって、今日の仕事ではかなりカロリーを消費した感じがある。
続けたら絶対に痩せるだろうな……ストレス込みで。
「じゃあよかった。美味しいお店、何軒か聞いておいたの。遅くまでやってるお店は無いみたいだけど、この時間なら大丈夫でしょ」
遅くまでやってる店が無いというのは……やはり、この世界の夜が特別だからか。
紗夜の後をついて家を出る。
少し新鮮な気分だ。この世界に来てから……私が先導することがほとんどだったように思う。
もちろん、紗夜を雛鳥のように脆く庇護すべきものだとは思っていないが……状況的にそうならざるを得なかった。
紗夜としても、きっと私と離れて仕事をこなしたことで余裕ができている。
紗夜の様子を見て私は、向こうの世界で初めてバイトをした時の、妙な高揚感を思い出していた。実際に大したことはしていなかったはずだが、人間的に次の領域に踏み出したような、そんな感覚があったのを覚えている。
紗夜が笑顔でこちらに振り向き口を開く。
「ねえ、この世界で時間がどうなってるか、知ってる? 二十四時間周期なの! 太陽が二つあったりめちゃくちゃなのに、そのへんは一緒で、時計も読み替えるだけ」
「へぇ……一秒の長さは?」
「え? ……知らない」
紗夜が呆けたような顔でそう答える。
「……いや、変なこと聞いたな。比較しようがない」
紗夜が知るはずないというより……わかりようがないことだった。
一秒の長さ。感覚的には大きく変わらないように思うが、実際のところは本当に確かめようがない。
原子時計? とかいうのがあればわかるとか、学校で聞いたような気もするが……? まあ、どうでもいい。
「変なとこ突っ込まずに大人しく感心しなさいよね」
「すごーい」
「どうしてもムカつく言い方をしないと気が済まないのかしら? あなた……」
「つい……」
「あ、あの店よ。聞いてたお店の一つ。ディナーには少し早い時間だけど……料理が豪華で、この辺だと特に美味しくって、お祝いにはぴったりだって。それに、予算内!」
他愛のないことを話して歩くうち、目的の店に到着していたらしい。
「お祝い? なんの?」
「んー……就職祝い?」
「あんまりバイトくらいのものだとやらないと思うけど……」
っていうか就職祝いって大体、パーティじゃなくてご祝儀を指す言葉だと思うけど……。
「なんでもいいのよ、別に!」
まあ就職と言えば就職……?
私はあまり祝い事だとかに積極的な方ではなかったが……別にこのくらいのことで祝ったっていいのだろう。
そのほうが、きっと楽しいから。
紗夜が店の前まで歩き、やたらと華美な装飾の施されたドアを開くと、それを知らせる鈴が鳴った。
すぐにそれらしい格好のウエイターが出てきて私達に声をかける。
大雑把に言うと、なかなか顔立ちが整っていた。ケレスとは系統が違うが、どこか影のある感じで……結局紗夜が騒ぎそうな感じ。
こういうところって従業員を顔で採用しているのだろうか。ある程度見てはいるだろう。
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でしょうか」
ウエイターが完璧に作った笑顔を崩さずそう尋ねてきた。
予約をしていないと入れないタイプの店だろうか。
紗夜に予約なんてしていた素振りはない。なんならどの店にするかも絞り切っていない様子だった。この店は門前払いになるだろうか。
でも実際、どうやって予約するのだろう。見ている感じ、この世界にはネットはおろか電話も存在しない雰囲気がある。
「あー、すみません、予約は────」
「予約してた雨宮です」
その言葉に、ウエイターは台帳のようなものを確認した。
その後、にこりと表情を作ると、こちらに向かって恭しくお辞儀をする。
「お待ちしておりました。ご案内いたします」
何の障りもないかのように、ウエイターが席への案内を始める。
私は唖然としていた。
理解が追いついていなかった。
多分……この世界に来てから一番間抜けな顔をしていたと思う。
「おい、紗夜……」
何もわからないまま、思わず前を歩く紗夜の肩を掴む。
「? なに?」
そう聞き返す紗夜の表情は、言葉に反しとても満足気で……満面の笑みだった。
「お前……」
してやられた。
急にカッコよすぎるだろ……。映画か漫画でしか見たことないぞ、こんなの。
なんで?




