初仕事
初仕事
叛逆者。
そうとわかった以上、おしゃべりに付き合ってやる義理はない。
クロエとしては情報も聞き出して欲しいのかもしれないが、明言されていない以上、そこまでしてやる必要も無い。
私は意識を切り替えて、余計なことを思考の外に追いやって──目の前の男を殺すことに頭を巡らせた。
目が慣れて、男の姿も視認できるようになった。
男の身なりは随分と綺麗だった。仕立てのいい、華美な服に身を包んでいて……こんな場所にはどうしても不釣り合いに思えた。
こちらを心配しているのか、覗き込むように目線を合わせてくる男。死んだ魚みたいな灰色の瞳が目に入る。
私はただ、よろめくふりをして男の方へ倒れ込んだ。
「おっと……疲労か、栄養失調かな? ここにはそういう子供が多い。大丈夫かい? …………?」
男は反射的に私を抱きかかえ、そして、少しして何かに気付いた。
「は……?」
違和感を覚えたのか腹周りをさすり、そして、その後男の手には────大量の血液が付着していた。
感情が伝わってくる。
男の表情が目まぐるしく変化する。困惑、焦燥、憤怒……絶望。
蒼白の顔面で、縋るように私を見て声を出した。
「お、まえ……」
「…………」
私はそれに答えず、2、3歩ほど距離をとる。
「が、あっ……」
呻くような声が漏れる。
男は傷口を両手で強く押さえ、よろめきながら私を睨みつけた。
傷を抑える指の間から、どくどくと血が流れ出している。出血だけ見ても死ぬのは時間の問題だと思えた。
そして、男はそのまま前に倒れ込み、少しの間痙攣して……動かなくなった。
血溜まりが、徐々に広がっていく。
「……はぁっ…………」
今回の仕事にあたって私は、あまりこの手に感触の残るような手段は選んでいなかった。
毒の塗られたナイフを持って近づき、それを男の体に押し込んだだけだ。
傷口も見えないし、肉を切り裂いたり殴ったりするような感覚的フィードバックも少ない。
それなのに。
「……苦しい……」
ただ、人の命を奪ったというその事実が私に重くのしかかり、精神的重圧から呼吸まで苦しくなっていた。
そもそもこいつがどんな人間なのかもわかっていない。
叛逆者、というだけ。この国に敵意を持って活動しているとして、バックボーンはわからない。
こいつは、果たして裁かれるべき『悪人』だったのか?
悪人なら殺していいとも思わないが、そうでないなら。
「やめよう……」
考えるな。
考えたって……どうせろくな結果にはならない。
余計に陰鬱な気分になるだけだ。
深く息を吸って、吐いて、呼吸を落ち着ける。
死体から目線を切って、その場を立ち去ろうとした。
「…………先生?」
声がした。
子供の声。
その声の方を振り向くと、立っていたのは────ぼろぼろの服を着た少女だった。
荒れた、薄緑の髪。染めているのか、この世界ではあり得る色なのかは知らないが。
「……先生、どうしたの?」
少女は、私越しに……倒れている男……動けなくなった『先生』に声をかけていた。
「────はっ……はぁっ……」
動悸がした。
少女と、私が殺した男との関係を想像してしまった。
救いを乞うようにクロエから貰ったブローチを握ったが、既にそこに熱はなかった。
「あなた……誰なの? 先生に、何をしたの?」
少女が初めてこちらを見て、そう問いかけてきた。
髪と同じ薄緑の大きな瞳。目の光に純粋さが窺えた。
声は震えていない。ぶつけられたのはきっと純粋な疑問で、きっと少女は、目の前の事態を理解していないか……受け入れられていなかった。
「ねぇ……」
「……待て……待ってくれ……」
少女の問いに、私は答えられなかった。
聞いてない。
こんなことは、聞いていない。
私はただ、スパイだとか国賊だとか、この国を侵すクズを始末すればいいと、そういう話だったはずだ。
こんなものまで背負わされるなんて、聞いてない。
「君は……この男とは、どういう関係なんだ……?」
聞くな。そんなことを尋ねるな。
お前は、私は、そんなところにまで首を突っ込むべきじゃないんだ。
逃げろ。今すぐにここから逃げて、これ以上考えるな。
自分の体に訴えかけても、足は地面に張り付いたように動かなかった。
寒くもないのに指先が震える。口の中が乾いて舌が張り付いている。動悸が止まらない。息も荒くなっている。
何も考えたくなかった。
「…………先生は……先生。スラムの、私達みたいな子供を集めて、勉強を教えてくれている」
子供の言葉を、私はすぐには咀嚼できなかった。
何のために、こいつが、そんなことを?
私の逡巡など余所に、子供は言葉を続けた。
「ねえ……先生は────どうしたの?」




