闇然
これでもかとフリルのついた、いかにも少女趣味の、可愛らしい、白いロリータっぽいドレス。明るい茶色の、装飾過多で歩きにくいブーツ。
私が嫌いなタイプの装いだった。
だが他に選択肢は無く、それに身を包んで歩くしかなかった。クロエの選んだ外出用の服なのだが、欲を言えば系統を変えて何着か渡してほしかった。
せめてもの抵抗で……一緒に手渡された髪飾りとチョーカーは置いてきて、無理やり上から外套を着ている。
ここの気候は春に近い。正直……暑かった。
だが、外套を脱ぎ捨てる気もない。
陰鬱な気持ちを抑え込み、意識を無理やり『仕事』に切り替える。
クロエから探知用の道具を渡されてはいるものの、それだけを頼りに、手がかりも何もない状態で歩いてターゲットを探すわけではない。
酒場に寄った時にクロエから渡された紙切れ。
それは道標だった。
折り畳まれた紙切れを開くと、例の暗号で文字が書かれていた。
この世界では共通語らしいが……仮に他人に見られても問題があるものではない。この紙には単に場所が記されているだけで……他の指示は何もない。
手持ちの地図と照らし合わせて目的地を確認する。
頼まれた仕事とはいえ……こんなことを意図するのは……明確に他人に危害を加えようとするのは、生まれて初めてだった。
緊張で口内が乾く。唇が張り付いて不快だった。
境遇を呪う。なぜ私がこんなことをしなくてはならないのか。
しかし、そんなことを考えていても始まらない。紗夜を守り、力をつけるための手段があることは不幸中の幸いだと考えるべきだった。
無理やり足を動かして、記された場所に歩いていく。
準備はした。最低限、地図の読み方、土地と想定される対象の情報、そして────人を殺すための道具と覚悟。
冷静に状況を客観視しても、意味がわからなかった。
本来なら……今頃呑気に、どうでもいい古典の授業でも聞き流して、好きでもない友達と仲良くして、可愛くて甘いものの写真でもSNSにアップロードして、どうでもいい自分や友達の顔も一緒にアップロードして、本音なんて押し殺してどうでもいい奴のどうでもいい悪口に、上辺だけ笑って無感情に乗っかっていた────ああ、そうだ。
退屈な自分と日常に、嫌気が差していた。
大した努力もしないくせに。傷付くのが怖くて、望んだものを、本当に欲しいものを手に入れようと、足掻こうともしないくせに。
自分が居るべき場所はここではないのだと……どこかで考えて、しかし動かずにいた。
そして今、また、受け入れないようにしていた。
この現状は、少なからず……私が望んだものなのだと。
紗夜がいる、非日常。
この場を生き抜くという、強い目的のある世界。
「……やめよう」
これから人の命を奪う、かもしれないのに……こんな思索で消耗している場合ではない。
機械的に。
作業として殺す。
それが昨日、普通女子高生に振られるわけがないタスクを抱えた私の辿り着いた結論だった。
歩き、考えるうち、目的の場所に辿り着いていた。
暗い、日の届かない路地。
こんな場所でさえ清潔なのが、不思議と、どうしようもなく気持ち悪かった。
「……」
明らかに他よりも薄暗い、見るからに治安の悪さを醸し出す路地に、ブーツを履いた右脚をゆっくりと下ろした。
こん、という軽い音が響く。
静かだった。
通りには人がいたが、ここから先にあるのは……暗闇と静寂。深淵にさえ思える場所。
歩いていて襲われたってきっと文句は言えない。自己責任だと罵られるだろう。そんな暗く陰鬱な路地。
一歩一歩、煉瓦の床を踏んで、暗闇の中へと歩を進めていく。
清潔でこそあっても、古い赤煉瓦はところどころ欠け、傷つき色褪せていて、それを見るのは……まるでこの路地の記憶を覗いているようだった。私のブーツが接地する度、カツン、という硬質な音が壁面に跳ね返り、闇の奥へと吸い込まれていく。足裏に伝わる不規則な感触が、私の神経を逆撫でするように、囁くように纏わりついてきた。
苛立ちを押し潰すように一歩深く踏み込むと────不意に気配を感じた。
「お嬢さん」
声を掛けてきたのは……男。声からしてそれはわかるが、姿が見えない。完全に路地の闇に溶け込み、その声だけを響かせていた。
「……」
「迷子かな? ここは普段……人の通る場所ではない」
声のする方に意識を向けつつ、胸元のブローチに触れる。
ブローチが、少し、熱を帯びていた。
これは、クロエから渡された……国への敵意に反応する、愛国者のブローチ。
指し示しているのだ。
こいつは────叛逆者だと。




