似合ってる?
人、人、人。
視界内に、見渡す限りに人がいる。
この世界に来て初めての光景だった。
少なく見積もって十五人程度。
屋内の広い空間に人が集まっている。
喧騒に、人と料理、酒気にあてられた空気の温度。
暖色の内装に、所々の汚れ。このコロニーにとって清潔さは生命線だったはずだが……後で清掃すれば問題無いのだろうか。
ここは所謂────酒場だった。
人々の顔は明るく、亡国という言葉から連想されるような陰鬱な雰囲気は無い。
なんならスケベ顔でウエイトレスにセクハラを働こうとして……ジョッキ底部の一撃で沈められている者さえいた。
「あ、芽愛! いらっしゃい、来てくれたのね」
声をかけてきたウエイトレスは、ジョッキを鈍器として扱っていた桃色の髪の女性とは別の……黒髪の貞淑な女子……紗夜だった。
そう。
ここは紗夜の『バイト先』なのだ。
「ああ、お疲れ……大丈夫? 色々……」
「大丈夫よ。接客業とか初めてだけど、難しいことしてないし、変なお客も……さっきみたいに、クロエさんが対処してくれるし」
少し離れた位置にいるクロエが、舌を出してこちらに笑みを向ける。
畏まったメイド、という初見の印象は最早原型を留めていなかった。
「まあ、上手くやっているようでよかった……」
「何か食べてく? ハニトーとか、丁度あるはずだけど」
あるんだ、ハニトー……。
野草を採集していた時期からするとえらく進んでしまったものだ。
「いや、いいかな。今食べるにはちょっと重い……これから別のところで用事もあるから。顔を見にきただけなんだ」
「そう? 遠慮なく言っていいわよ、クロエさんが融通効くみたいだから」
そりゃそうだろうな、と苦笑を浮かべる。
『桃源夜亭』。
ここは……クロエの息のかかった店だ。
紗夜の仕事を探そうとした際、いくつか選択肢があった中で……クロエに近いという意味で、最も安全だった場所。
王の私兵としてのクロエの、ケレスから離れた活動拠点。
主に人と情報を集めるために作られている、らしい。
あまり詳細は聞かされていないし、本人がわざわざ働いている意味はわからないが……。
「ね、どう、似合う? こんな服着たことないから、ちょっと恥ずかしいけど……可愛いなとは、思ってて……」
紗夜はそう言ってスカートをはためかせた。
ここの制服は、はっきり言って──扇情的だ。
黒いエプロンが、アンダーバストを締め付けていて……白いブラウスが胸に張り付くようになっている。
露出こそ少ないが、十分に見るものを誘惑する代物だと言えた。
「エロい」
「はあっ!?」
はあっじゃないが……。
こんなところでまで取り繕っても仕方ないので、感想は率直に述べる。
「どう見たってエロいだろうが……」
私の言葉を受けて、紗夜は自分の服装を改めて確認し……肩を抱えて縮こまった。
「…………ヤバい?」
「…………まあ……ヤバくは、ないんじゃないか? みんな同じ制服だし……」
みんなで着ていようがヤバいものはヤバいのだが……まあ、きっと今回はヤバくない。肌を晒しているわけではないし、常識の範囲内だ。
ネグリジェ姿については同性の私だけしか見ていなかったというのもあり看過していたが、そもそも着る時にそういうところを気にしていないのだろうか。
気にしないことある?
「そう……そうだよね……みんな着てるし……」
まあ実際……ただ制服がちょっとエッチなだけなら大した問題ではないだろう。私もちょっと嬉しいし……。
問題は……なにか、裏があった場合。
わざわざこんな制服を用意しているあたり、その『裏』がある可能性がある。裏というか、考え方によっては真っ当な予測だが……。
……クロエに鎌をかけるか。
「おい、クロエ……お前、この店が……どんなサービスやってるのか知らないが、紗夜をそれに巻き込むなよ」
「嫌ですねえお客様、当店は健全なサービスしか提供しておりません!」
どこまで正しいんだかわからない、ものすごくわざとらしいクロエの返事がすぐに返ってくる。あまりの胡散臭さに対し、せめて露骨に嫌な顔をしてみせる。
クロエとしても迂闊なことはしないと信じたいが……。
「さっきお前を触ろうとしてた客だが……あれは……相手がお前でなく他のウエイトレスなら、咎められず……そのままどこかに連れて行かれていたんじゃないのか?」
「…………考えすぎですよ、メア様」
間があったが、クロエは笑顔を崩さない。
一見潔白に見えるその仕草。
だが違う。
本当に裏がなかったら……顔に浮かべるのは、詮索された事に対する疑問か不快であるはずだ。
少なくとも……こんな能面のような笑顔を貼り付けない。
「考えすぎなんてことはないはずだ。こんな状況の街で……そういう需給は……絶対に生まれる」
「……メア様……あなた…………ここに来る前は何をしていたんですか?」
「学生だ」
「……まあ、いいです」
そういうことにしておいてやる、とでも言いたげな表情だった。
クロエが何を想像してるのか知らないが、私は何も偽っていない。強いて言うなら……学生という言葉の割に、熱心に勉強する方ではなかったが。
「とにかく、本当に心配しないでください。ここでのサヤ様の扱いは私と同じで、つまり、何かされるようなことはないし、何かさせたりしませんから。あまり長話していると……お仕事の進捗に差し支えますよ」
大丈夫だから心配するな、さっさと仕事をしろ。
クロエはそう伝えていた。
確かめる手段は無い、疑いが晴れたわけではない。だが、真実はともかく……クロエを信じるしかない状況ではあった。
やはり、最終的には────クロエを超える力が要る。
現状は……良くはない。高い戦闘能力を持つクロエに守られてはいるが……言い換えれば、生殺与奪の権利を握られている状態だ。
仕事をする過程で力を付ける事。
それが優先事項だ。
「……じゃあ、紗夜。また来るから」
「あ、うん。クロエさんの言う通り、本当に心配しなくていいから。ヤバいお客が来たら……クロエさんか、他の強そうな人が追い出してるし」
紗夜の方でも今のやり取りの真意をどこまで分かっていたのか、知る術は無いが……とにかく私は笑顔を作って手を振って、酒場を去った。
去り際、クロエから紙切れを受け取って。




