銃撃、剣戟
現実感が無い。
だが、それは私が脅威に晒されていないことを意味しない。
状況に反して私に危機感が無いのは、もしかすると根源寄生体の光の影響なのかもしれない。私には耐性があるらしいが……全く影響がないとは言われていないし、少なくとも灝素を流し込まれている以上、何らかの影響自体はあって然るべきだ。
戦闘の余波は空気の振動となり私を襲い、そして何事も無ければきっと私の喉元まで刃が届くはずだった。
そうなっていないのは、クロエが私への攻撃を止めているから。
お互い拮抗しているように見えるが……目が慣れてわかる。技術で上回っているのはクロエのほうだ。
襤褸の男が振り回す巨大な二刀、それを小剣のついた二丁の拳銃でもって全て受け止め、あるいは受け流していた。
ありえない速度で振り回される男の剣を、先読みにも近い動きで、しかし相手の動きを確認してからと思われる正確さで。
しかし、問題は男の膂力と耐久力にあった。
クロエの動きは見惚れるくらいに美しく、疾く、合理的だった。しかしながら、その上で男の力任せな攻撃に押されている。踊るように戦っているが、しかし銃剣で攻撃に転じる気配は無い。単純に男の攻撃の速度と威力のために反撃が難しいのか、あるいは私を庇っているためか。
男の剣をいなす合間に発砲しているが、そちらはどうも効果が無く、なんなら殺傷を目的としていないようだった。男に向けて撃たれるものもあるが、あらぬ方向に発射されるものもある。何を狙っているのだろうか。
そして気付いたが……私はどうやら、銃弾を目で追えている。
お互いの剣には捉えられていない部分もあるため、恐らくだが……この世界の戦闘において、いや、灝素に耐性のある者達の戦いにおいて……きっと銃弾は遅すぎる。
「実にッ! 弱々しいッ! すぐに限界が来るぞ、女ッ!」
「吠えてなさい、雑魚がっ!」
男の言葉に対して声こそ荒げるが、クロエは舞のような美しい動きのまま戦っている。
舞い踊り、剣閃をいなし、銃を撃ち、剣閃をいなす。
そのやり取りが幾許か続く。
膂力で推しているはずなのに動かない状況に、かえって男の方に焦りが見え始めた。
元々大振りな攻撃だったが、剣筋が更に粗雑になる。
「いい、加減にッ、死ねッ、劣等人種がッ!」
「……」
沈黙。
これまで男の言葉に対し、同じく汚い言葉を返していたクロエだったが……今回は押し黙っていた。
もちろん体は動かしながら。
何かを待つように。
「はッ! 心は折れているようだなッ!」
男は一際強い振りでクロエを押し飛ばす。震脚とでも言うべきか、剣を振る際の踏み込みで脚周辺の石畳が波打ち、力の余波が私の立つ場所まで伝わってくる。
リズムを崩されたのか、単純に許容範囲外の力だったのか、それを受けてクロエが押され、体勢を崩した。
「終わりだ」
これまでにない低い声で言い放ち、最小限の動きでクロエの首目掛けて剣を振る男。
しかし────唐突に、その動きが止まった。
異様だった。
この剣戟の最中、理由もなく止まったように見えること、それ自体も妙だ。
だが、より不自然なのは……その止まり方。
電池が切れたように、倒れ込むように止まるのならわかる。カウンターで顎に打撃を当てられて意識を失ったとか、そういった説明ができる。
だが……男は、突然静止していた。
物理法則に反し、慣性も何もかもなくなって、まるで時間が止まったみたいにその動きを止めたのだ。
「はぁ……」
男の攻撃を銃剣で受け膝を折っていたクロエが、ゆっくりと立ち上がる。
決着は既に付いた、と。そう言わんばかりに緩慢な動きで。
きっと、クロエがこの状況を作った。そうでないにしろ、少なくとも、クロエはこの男の状態を理解している。
「随分と……無駄玉を撃たされました」
銃剣を構えたまま、クロエはゆっくりと男の周りを歩き……そして、私の目では追えない速さで、男の首を斬り落とした。一瞬で、無感動に。
体から切り離された男の頭が勢い良く転がり、断面からは信じられない量の血が吹き出している。
疲れを示すように肩を落として、クロエが口を開いた。
「はっきり言って……強敵でした。こんなタイミングで送り込む雑兵がこのレベルとは……やはり、時間が無い」
「時間……?」
クロエは私の呟きを聞いてこちらに向き直すと、勿体ぶって説明を始める。
「……こいつは……刺客です。レヴァーティエ……という、私達を根絶しようとしている国からの刺客。ただ……このレベルの戦闘員が送られてくるのは初めてで、そして……今は戦略的に重要な時期ではない。これは『嫌がらせ』でしかないはずなのです」
「はあ……」
知ったことではないが、そうらしい。
なぜ国名まで断定できるのだろう。敵対しているのはその『レヴァーティエ』とかいう国だけなのだろうか。
そんなことを考えていると、クロエがまた私に向かって口を開く。
「お察しの通り……レヴァーティエは、私達の国を滅ぼした国家で……今もネチネチ我々を追い回している唯一の国です。……状況は……良くない。……本当に息抜きのつもりで連れ出したのに……」
クロエは、男の死体……その頭部をモノでも扱うかのように蹴り飛ばした。ゴロゴロと、人の首がサッカーボールみたいに転がる様はグロテスクで、しかし冗談みたいだった。
クロエが私の目を見て口を開く。
「メア様。あなたには……お仕事をお願いしたいです。報酬は別途お支払いいたします。断っていただいても構いませんが……お金は入り用ですし……あなた方の安全にも繋がります」
お仕事。
その言葉に、私はケレスが伝えてきたことを思い出していた。
「……元々、日銭は私達で稼げと……ケレスもそう言っていたな」
「はい」
「………………」
思案する。
戦争に参加させられるまで、猶予はあると考えていたが……その一端を担うかどうか、決断がここまで早く訪れるとは。
別にこれに関しては、断ったっていいはずだ。金を稼ぐ手段は他にもあるのだろうし、強制するような言い方でもない。
考えるべきは、『私達の安全に繋がる』という、その言い方。
「……手伝わなかったら、安全じゃなくなるのか?」
「あなた方の護衛の格が落ちます。魔女は貴重なリソース……あなた方も重要ですが、私自身も重要だということです。今現在は私が直接警護する余裕がありますが……この状況が続けばそうではなくなる」
安全ではなくなる、か。
だが、そもそも……。
「…………『仕事』は……きっと安全じゃない。そうだな?」
「おっしゃる通り。ですので、あなたに関しては……どちらを選んでも、あまり変わりないかもしれません」
「……」
クロエの言わんとしていることを理解し……大きく息を吐く。
「……人質は取らないと、そう言っていたはずだが」
「不可抗力ですよ。状況がそうなってしまっているだけ……」
怪しいものだ。
クロエの意図。それは明確だった。
つまり……私が加担しなければ紗夜が危険に晒されるということだ。
結論はすぐに出た。
「……わかった、手伝う。何をすればいいんだ」
「ありがとうございます! 差し当たっては……出入り口を塞ぐ必要がございます」
おもちゃを買ってもらった子供みたいに、クロエの顔がぱっと明るくなる。
「出入り口?」
「コロニーは本来簡単に出入りできない……素性のわからない者が入れないようになっているんです。でも事実、こんな輩に侵入されていた。それは……手引きしている内通者がいるから」
運ばれてきた時は気絶していたからわからないが、余所者を素通りさせるような状態ではないらしい。
「……スパイが、いたとして……どう見つけるんだ」
「そのための道具がございます」
そう言うと、クロエは自身のメイド服に襟から手を突っ込んだ。
少しまさぐった後、手を引き抜き……そこに握られていたのは、精緻な意匠の施された金のブローチだった。
どこに入れてるんだよ! こら!
そんなゴテゴテのメイド服着てたら他にいくらでもしまう場所あるだろ!
「アーティファクトと呼ばれるものの一つ……『愛国者のブローチ』です。我が国に叛意を持つ人間に反応します。かなり、少なくとも3メートル以内には近づく必要がありますが……精度は高い。これを使って、内通者を殺して回ってください」
殺す。
クロエの発したその言葉に、明確に怖気付いてしまった。
こんな世界に来た以上、避けられないとは思っていた、が……できれば人の相手はしたくない。結局戦争に加担するのなら、そんなことを言っている場合でもないが……。
「その間、サヤ様は私が護衛します。私であれば、サヤ様を守りつつ取れるアプローチがある。あなたにも護衛をつけますし、いざとなれば飛んでいきます」
「……流石に今の奴みたいなのに勝てる気はしないんだが、それは問題無いのか?」
「大丈夫です、そこまでの相手とは遭遇しないような場所を担当してもらいますから。ああ、ブローチが反応した相手は問答無用で殺してください。例え間者でなくとも……この国には不要な人間です」
ドライで、割り切っていて、狂信的だと思った。
感じる狂気は月明かりのせいではなく……きっと最初から、クロエ自身が醸し出していたものだった。
「その判断は……ケレスには伝わっているのか?」
「私には裁量があります。事後報告になりますね」
まあ、私達はケレスにとってかなり貴重な人材で……それを任されるくらいなのだから、クロエに諸々の判断が委ねられていてもおかしくはない。
最後に一つだけ、どうしても気になっていることを訊ねる。
「…………なあ、このブローチ、温かいんだが」
「サービスです」
何が?




