この先
「一応確認しておくけど、断ったらどうなる?」
ダメ元だが、一応確認をとっておく。
コミュニケーションにおいて忌避すべきは……確認しないこと、試さないこと。
試すべきとは、所謂試し行為を指しているわけではなく……つまり、他人に期待するのをやめないことだ。あらゆる意味で。
「ただ俺達から報酬を支払わないというだけだ。罰を与えるような真似はしないし……コロニーにもいてくれていい。市民コードは発行しよう。日銭は君達で稼いでもらうことになるが」
思ったよりは好意的な返答だった。
断っても放り出さない。魔女の希少性によるものかもしれないが、破格の提案だった。普通……罷り通る言い分ではない。
少なくとも、断って……また未開の地に放り出されることはないらしい。
そして、市民コード。
この男の防護服を見た時から薄々察してはいたが……文明レベルが割と高いように思える。恐らく一部分は現代レベルだ。
まあとにかく、身元は保証してもらえるらしい。
そして、もう一つ試す。
「戦争に協力するかどうか。答えは……少し考えさせてくれ」
保留。
私達は……この世界のことを、もう少し知る必要がある。
「私は別にやってもいいんだけど……」
「ダメだ。ファンタジーだとか魔法だとか、どう言っても『戦争』だぞ? 少なくとも……覚悟を決める時間は必要だ」
紗夜は私の言葉を少しは聞いてくれたようで、それ以上の反駁は行わなかった。
それを確認すると、ケレスのほうに向き直る。
「そういうわけだ、時間をもらう。構わないな?」
「問題ない、いい返事を期待している。ただ……期限は存在する。戦争を始めるタイミングではなく、戦争の準備を始めるタイミングだ。お前達にも最低限の知識は入れてもらうし、戦略を組むのにもお前達の有無という前提が必要だ」
戦争中に覚醒する前提とか言っていたが……それで戦略が組めるのだろうか?
どんな能力かもわからないのに……。まあいい。
「わかっている。構わない」
「……猶予期間に使う家を手配してやる。しばらくはそこで暮らせ。監視役と世話役、護衛も兼ねてメイドを一人付かせる」
「大盤振る舞いだな」
「コロニーやこの世界について分からないことがあればメイドに聞け」
ケレスがぱちりと指を鳴らすと、どこからともなく……コスプレみたいな、クラシカルなメイド服を着たピンクの髪の美人が出てきた。
現れ方が……忍者だ。スカートの下にナイフとか身に付けていそうな雰囲気がある。
銀縁の片眼鏡を身に付けていて、どこか知的な印象を受けた。
あと……やたら胸がでかい。
学校では見たことのないサイズだ。
「男の方が良かったか?」
「女でいい。そこでまで余計なことを考えたくない」
「もっともだ」
紗夜が余計なことを言う前に私から答える。
紗夜は少し不満そうに見えたが……同時にこのメイドに変に緊張していそうだった。
「よ、よろしくお願いします……?」
紗夜の挨拶に対し、メイドは気持ち悪いくらいはっきりとした笑みを浮かべて口を開く。
「ええ、気遣いは不要です、御客人。この歓待はあるべくしてあり、あなた方はそれを享受すべきなのですから」
……なんか面倒くさそうな女だ。女中の言葉遣いではない。
……やっぱり替えてもらおうかな。
「……お名前は?」
「ただメイドと呼んでいただいても構いませんが……同僚からはクロエと呼ばれています。お好きなように……」
◇◇◇
クロエに案内され外に出て、コロニーの中を歩く。
コロニー、防護服や市民コードといった単語から感じたイメージとは裏腹に、街並みは『綺麗な中世西洋』といったものだった。
少なくとも、ケレスの話から受けた『敗戦国の仮住まい』という印象からは程遠い。
不規則で狭い石畳の道。噴水に店、煉瓦造りの家。
そして何より……ここはあまりにも清潔だった。
「どうなってる?」
「何がですか?」
「……衛生的すぎる」
私がそう聞くと、クロエは少し、驚いたような、間の抜けたような顔をした。
「それは……あなた方は、稀人でしたね。ここが綺麗なのは……『そうでないと滅びているから』です」
「……」
「? どういうこと?」
いくつか私が頭の中で仮説を立てる間に、紗夜が直接尋ねてくれる。
紗夜のこういう部分は……長所だし、見倣うべきだ。
「ゼノサイト、倒したんですよね? あれは────元は、普通の生き物なんです。不衛生な環境では、生物は侵食され……異形と成り果てます」
「えっ」
紗夜が驚きに声をあげる。
「そしてそれは────人間も例外ではありません」
……ケレスが防護服を着ていた理由がわかったな。




