遭遇
「女二人に、ゼノサイトの死体……? おい、状況を説明しろ」
繰り返すが、男の風貌はまるで宇宙飛行士のそれだった。
全身を防護服に包まれ、顔が見えない。くぐもってはいるが声の感じからしてある程度は若そうで、身長もそれなりにありそうだが……その他身体的特徴は確認できない。
ゼノサイトってなんだ。手記に載ってた名前……単眼幽鬼か、あるいは魔物って呼ぶんじゃないのか?
手帳の情報はこの世界における常識ではないらしい。超常のアイテムなら名称ぐらい実際に使われているものに合わせてほしい。
そんな想定外はどうでもいいとして、嬉しい想定外がもう一つある。
言語だ。
この男が用いている言語がわかる。
何故か……とかではなく、当然に理解できる。
それは────間違いなく、日本語だった。
「てき、たい、しない。じょう、ほう、もらって……」
喉にタオルでも詰まってるみたいに、まともに声を出すことができない。
自分からしても消え入りそうな声で最低限の方針を紗夜に伝える。
敵対はしたくない、情報は欲しい。
私が矢面に立てればもう少し考えることもあるのだろうが……現状私の考えを伝える事は難しく、紗夜に腹芸はできないだろう。
「え? 全然何言ってるかわかんないんだけど……」
…………だろうな。
「まあ、私から状況説明くらいするから。えっとですね、そこの魔物が私達を襲ってきて、芽愛が倒したんです」
最低限という感じだ。まあ下手な事喋っていないだけ偉い。
なるべくこちらからの情報は秘匿したいが……私の行動を隠したとして、魔物が何で死んでるのか、という話にはなる。ある程度は事実を告げるしかない。
「……芽愛というのは、お前が抱えてる女か? どうやって倒した? お前らはどうしてここにいる?」
「い、いっこずつ、きいてあげて……」
「うるさい、そのくらい大丈夫だから!」
これは伝わるんだ……。
「倒したのは、芽愛がボールペン刺したの! で、なんでここにいるかは……私達急にこの世界に飛ばされてきて、小屋を拠点にしてたんだけど探索でここまで来たの」
全然理解してもらえる気がしないが……まあ向こうが細かいところは確認してくれるだろう。
「ボールペン……? 刺さってるやつだな。毒針か?」
「毒針じゃなくてボールペンだって!」
「どく、ぬってる……」
「毒塗ってるって」
「なんなんだ……」
気の抜けるやり取りだった。
私の言葉が伝わるようになってて変な嬉しさがある。なんなんだろう。
「防護服も着ずに、変態みたいな格好でこんなところに居るのにも得心がいった。飛ばされてくる人間は、稀にいる。……大抵俺達より虚弱ですぐに死ぬが。だがまあ、そいつに関しては……大丈夫だろう。すぐに良くなる。ゼノサイトを殺せるような、しかも殺して大丈夫な奴が飛んできたのは初めてだな…………」
言うに事欠いて変態呼ばわりとは。私も紗夜もスカートだから、文化として女性が脚を出さないとかだろうか。
防護服姿からして一部でも肌を見せるのがよろしくない可能性さえある。
私達以外の『飛ばされてくる人間』というのは地球人なのだろうか。
虚弱ですぐに死ぬ人間。
そいつらと私達との違いは……間違いなく、手記だろう。
手記が無ければ魔物──ゼノサイトを倒す事はおろか、数日の生存すら怪しい環境だった。
というか、防護服が必須なら……私達は大丈夫ではなさそうだが……。
「なんで、だいじょぶ、なの」
「なんで芽愛は大丈夫なのかって」
防護服云々ももちろんだが、現時点で体調がまずい。その原因が、防護服を着ていないことなのかもしれないが……。
思考が麻痺しているのと、こいつらが緊張感の無い会話をしているせいであまり実感が無いが、結構死にそうな状態だと思う。
『大丈夫』などという言葉の根拠はどこにあるのか。
「防護服に関しては……お前達には関係無いから心配しなくていい。そしてお前の症状は……毒や感染症によるものではない。『灝素酔い』だ」
「なにそれ?」
エーテル……ジエチルエーテル?
それなら化学でやったが……違うだろうな。……きっと、もっと荒唐無稽な何かだ。
「殺したゼノサイトの持つリソース……灝素がそいつに流れ込んだ。体が適応しようとする副作用で発熱し、神経にダメージが入ってる。半日もすれば治るだろう」
言葉の意味を汲みきれないが、それは……本当に大丈夫なのだろうか。
あんな悍ましい生き物の要素が私の体に入ってきたとしたらまともではいられない気がする。
あるいは、灝素とはつまり所謂……『経験値』か?
「……どうなる」
「どうなるのかって」
「より強靭な肉体が構成される。メカニズムははっきりしていないが、そういうものなんだ」
より強靭な肉体。
一般にあまり女が欲しがるものじゃないとは思うが、今この環境においては願ってもいない報酬だった。
大体のことはわかった。
つまり、やはりこいつの言う灝素とは『経験値』で、私を苛んでいるこれは────紗夜が言うところの、レベルアップだ。




