勝利?
「ッ……。はぁっ、はぁっ……」
毒ボールペンを突き立てられた魔物は少しの間痙攣し、すぐに動かなくなった。
その動きが止まると同時に、その姿が顕になる。
それは、一言で形容するなら、一つ眼の象だった。
魔物というよりエイリアン。
象の鼻のように突出した器官があり、足は大抵の動物のように四足だったが柔靭な感じはせず、どちらかというと鈍重さを感じさせる肢体だ。
特筆すべきはその白い皮膚だろうか。まるで寄生虫が寄り集まって出来たかのようだった。ひだのようにでこぼこしていて、嫌悪感さえ覚える造形。特徴的な渦の様な足跡も、皮膚の様相が足にまで展開されていて生じたものだった。
次点で……一つ眼。どちらも私の知る範囲では動物が持ち得ない特徴だった。
「……倒せたの?」
「ああ……」
ふと紗夜の方を振り向く。
くしゃくしゃで可愛くない、今にも泣き出しそうな表情だった。というか、実際少し涙が浮かんでいた。
きっと、紗夜自身を襲う危機に対しての感情ではないだろう。
「だ、大丈夫、なの? 血がすごい、出てるけど……」
私の腕を指差して言う。蛭に噛まれた傷の出血は未だに止まっていなかった。少量ずつではあるが血は流れ続け、総量はかなりのものになっている。
人はどれだけ出血すると死ぬのだったか。確か……そのラインは、全身の血液量の……50%よりは下だったはずだ。
「わからない。痛みは無いけど……このまま止まらないとまずいな。……洗ってみるか」
「洗うって、いいの?」
「わからないが、試すしかない。他にいいアイデアがあるなら別だけど」
「……無い」
一応私が考えていた他の手としては、腕を縛っての止血。
だが、朦朧とした意識では上手く縛る手段が思い付かず、程度を間違えば鬱血し余計なダメージを負う可能性もある。
「じゃあやるしかない。水を出してくれ」
「ええ。『ウォータ』」
唱えると、紗夜の指先から水が出てくる。
魔物の様な脅威への対抗手段にはならないが……便利であることこの上ない。『魔法』はサバイバルツールとしては重宝する代物だった。
その水を流水として利用し、傷に当てて表面を洗い流す。
ふと、痛みが出てくる。蛭の分泌した麻酔のような成分が洗い流されたのだろうか。普通麻酔なんて洗い流されただけで消えないはずだが、今更普通を問う気もない。
「ぐっ……」
「大丈夫? 止める?」
「大丈夫だが……一度止めてくれ」
湧き出してきた痛みに思わず呻き声が出る。
この分だと血液の凝固を防ぐ成分も流れ出ている可能性がある。そこに期待し、一旦洗うのを止める。
「ハンカチ、持ってたよな……。あれ、私にくれないか? 血塗れになるとは思うが……」
「わ、わかった」
紗夜からハンカチを受け取ると、それをガーゼのように傷口に当ててセロハンテープで固定した。
あまり衛生的な手当とは言えないが、贅沢は言えない。失血死よりはマシなシナリオだろう。破傷風等のリスクが野晒しの場合とでどう違うかはわからない。
「肌に良くなさそう……」
「穴まで空いて今更だろ」
「……本当に、ごめんね……」
「おい、やめろ。そんなつもりで言ったんじゃない。軽口でも叩いていてくれ」
調子が狂う。それに、私は謝ってほしくて戦ったわけじゃない。
「え……じゃあ、小噺でも」
「は?」
何?
「サッカー部の……名前忘れたけど、エースの人がいて」
私の間の抜けた声も意に介さず、シームレスに小噺が始まった。
「ドリブルが上手いって評判で、女性関係でもかなりドリブルしてたみたい」
オチではないのだろうが、まずこの時点でちょっと笑いが漏れてしまった。というか、なんで急に小噺なんだ?
私が軽口でも叩いてくれたほうが、と言ったからか? あれは笑わせてくれと言う意味ではない。
違和感が凄まじかった。状況から浮きすぎていて浮遊感さえある。私がおかしいのか? 多分おかしいのは紗夜だ。そして話の中身も今までの紗夜の印象からかけ離れていて、先を聞くのが少し怖くさえあった。
「紗夜、やめろ。ストップだ。十分満足したよ、これ以上は傷口に悪い可能性がある」
「ここからが面白いんだけど……オチ、気にならない?」
なんでこんなことで食い下がるんだろう。
気にならないと言えば嘘になるが、今の私には多分その話を受け入れるだけのキャパシティが無い。
「ならない。やめろ。……とりあえず、今はもっと建設的な話をするべきだ。この先どうするのか、とか」
この感じだと紗夜の足は明日まで回復しないと見てもいいだろう。となるとこの後考えるべきは、私が明日まで何をするか、明日から何をするか、だ。
進むか、戻るか。それだけでも決めておくべきだろう。
「芽愛はどう思う?」
「……一旦戻ってもいい、とは思う。紗夜の足腰を鍛えるべきかもしれない。長時間の移動に耐えられるだけの肉体的なベースが必要だ」
丸一日歩かないうちに限界が来る様では効率が悪い。
鍛えないにしても、私だけ探索して、移動先が決まってから紗夜を連れて行くだとか……やり方を考える必要はある。
「そうそう、足腰と言えば、さっきの小噺の続きなんだけど……」
「それはもういいから!」
紗夜の新たな一面だった。
別に面白い話をしてくれるのはいいが、内容の雲行きが怪しい。普段ならいいが、全年齢向けの話以外を受け入れるコンディションではなかった。
……結構耳年増なタイプか?
「芽愛、こういうの好きそうなのに」
「……下ネタは、結構使う方かも知れないが……この状況で紗夜に使われる準備ができてない」
「準備ができたら言い放題?」
「…………言い放題はどうかな……」
えげつないジョークも飛ばし合えるくらいの関係が理想ではある。ある、が……それが会話の基本になる域まで行くのはちょっと……どうかな……。




