第7話 消えない違和感
日常が少しずつ削れていく。
それなのに、人々は気づかない。
気づかないというより――
気づいた瞬間に、記憶ごと薄れていく。
湊はそれが一番怖かった。
朝の教室。
いつも通りの騒がしさ。
だが湊の目には、どこか“軽い”。
音も、会話も、全部あるのに、密度が足りない。
「おはよ」
レイが席に座る。
顔色は悪い。
「昨日さ……」
言いかけて、止まる。
「……昨日?」
自分で首をかしげる。
湊は机に手を置く。
「おい、ちゃんと覚えてるか?」
レイはゆっくり頷く。
「覚えてる……はず」
その“はず”が引っかかった。
そのとき、九条が入ってくる。
いつも通りの無表情。
だが湊は気づく。
昨日より、ほんの少しだけ“存在感が薄い”。
「なあ九条」
湊は呼びかける。
「お前、なんか薄くなってねぇか?」
九条は止まる。
「……何がだ」
湊は言葉に詰まる。
説明できない。
でも確かに、いるのに“ここにいない感じ”がする。
九条は窓の外を見る。
「進行しているだけだ」
湊は眉をひそめる。
「何がだよ」
九条は淡々と答える。
「余白税だ」
その単語が出るたびに、世界が少しだけ“遠くなる”。
昼休み。
レイが小さく言う。
「ねえ……最近さ」
「何か思い出そうとすると、途中で抜けない?」
湊は頷く。
「分かる」
「途中で“どうでもよくなる”感じがする」
九条は静かに言う。
「それが削られている状態だ」
湊は顔をしかめる。
「記憶も消えるのかよ」
九条は否定しない。
「記録だけではない」
「“意味”も消える」
レイが震える。
「意味が消えるって……どういうこと?」
九条は少しだけ間を置く。
「重要だったものが、重要じゃなくなる」
「それが進行だ」
その瞬間。
教室の一番後ろの席が、ほんの一瞬だけ“空席”になる。
誰も座っていない。
だが次の瞬間、誰かが普通に座っている。
「……今の見たか?」
湊の声に、レイは青ざめて頷く。
「見た……気がする」
その“気がする”が、すでに異常だった。
放課後。
湊は駅前に行く。
昨日あったはずの自販機がない。
代わりに、ただの壁。
「またかよ……」
湊は壁を叩く。
音は普通。
でもそこに“何かがあった記憶”だけが残っている。
九条が後ろから言う。
「違和感は残る」
「消えるのは現実だけだ」
湊は振り返る。
「じゃあ俺のこの感じは何なんだよ」
九条は答える。
「余白だ」
湊はため息をつく。
「それ万能すぎだろその単語」
九条は少しだけ目を細める。
「まだ定義されていないからな」
その言葉が、やけに不気味だった。
夜。
湊は帰り道で立ち止まる。
街灯の数が一瞬だけ増える。
そして戻る。
レイが小さく呟く。
「もう……何が普通なのか分かんないね」
九条は空を見上げる。
「それが正常に近づいている」
湊は顔をしかめる。
「最悪の正常だなそれ」
その瞬間。
スマホが震える。
『余白税:適用範囲拡大』
湊は画面を見つめる。
「まだ広がるのかよ……」
九条は静かに言う。
「まだ“序盤”だ」
湊は顔を上げる。
「序盤でこれかよ」
九条は答えない。
ただ、空を見ている。
世界はまだ壊れていない。
だが確実に――
“壊れ方だけが進化している”
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