第50話 崩壊の選択肢
層間ノイズが常態化した世界では、「正常に戻る」という発想そのものが意味を失っていた。
湊はもう、崩壊を“避けるもの”ではなく“選択肢の一つ”として見ていた。
朝の教室。
湊は机に座る。
三層の現実は相変わらず重なっている。
だが今日は、その重なりの中に一つだけ違う揺れがある。
**“収束の気配”**だ。
「ねえ湊」
レイの声。
だが三つのレイのうち、一人だけがはっきりと湊を見ている。
「これ、そろそろ終わる気がする」
湊は眉をひそめる。
「何がだよ」
レイは少しだけ間を置く。
「全部」
そのとき九条が入ってくる。
だが九条は、いつものような多重ではない。
一人だけだ。
湊はすぐに聞く。
「なあ九条」
「これ、収束してんのか?」
九条は止まる。
「収束は起きている」
レイが不安そうに言う。
「戻るってこと?」
九条は静かに答える。
「戻らない」
沈黙。
湊は顔をしかめる。
「じゃあ何が起きてんだよ」
九条は少しだけ間を置く。
「選別だ」
その瞬間。
教室の三層が一斉に揺れ、互いに干渉を始める。
平穏、崩壊、空白。
それぞれが“唯一の現実”を主張し始める。
「……今の、争ってるな」
レイは青ざめる。
「どれか一つになるの?」
湊は呟く。
「一つに戻るんじゃねぇ、どれかが残るだけだろ」
九条は静かに言う。
「観測が収束する」
昼休み。
廊下。
湊は歩く。
だが三つの廊下が同時に重なりながら、少しずつ一つに絞られていく。
レイが隣にいる。
だが三人のレイのうち、二人が薄れていく。
「なあ」
湊は言う。
「これ、残るのってどれだ?」
誰もすぐには答えない。
九条が静かに言う。
「確率ではない」
レイが小さく言う。
「じゃあ何で決まるの?」
九条は少しだけ間を置く。
「整合性だ」
沈黙。
その瞬間。
廊下の奥に“完全に一つに収束した世界”が一瞬だけ見える。
迷いもノイズもない、ただ一つの現実。
そして消える。
レイが呟く。
「さっきの、すごく静かだった」
湊は静かに言う。
「でもあれは、もう選ばれかけてる世界だ」
九条は言う。
「収束は進行中だ」
世界はまだ続いている。
だが確実に――
“重なり続けた現実は、単一へと選別され始めている”。
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