第49話 層間ノイズ
重ね書きされた現実は安定しているようでいて、実際には常に“ズレ”を起こしていた。
湊はそれを、音でも映像でもない「違和の揺れ」として感じていた。
朝の教室。
湊は机に座る。
その瞬間、三層の現実がわずかにずれる。
同じ教室なのに、椅子の位置だけが一致しない。
「ねえ湊」
レイの声。
三層それぞれでタイミングがズレて届く。
問いかけが先に来る世界と、答えが先に来る世界と、沈黙しかない世界。
「これさ……ズレてるよね」
湊は眉をひそめる。
「ずっとズレてるだろ」
そのとき九条が入ってくる。
だが九条の存在も、層ごとに位相が違う。
湊はすぐに聞く。
「なあ九条」
「このズレ、直るのか?」
九条は止まる。
三つの九条が同時に答える。
「修正されていない」
レイが不安そうに言う。
「修正されないってことは……そのまま?」
九条は静かに答える。
「ノイズとして維持されている」
沈黙。
湊は顔をしかめる。
「ノイズが仕様になってんのかよ」
九条は否定しない。
その瞬間。
黒板に三層の授業内容が重なる。
数式、空白、未来予告。
それらが微妙にズレながら表示され、そして消えないまま揺れる。
「……今の、気持ち悪いな」
レイは青ざめる。
「何が正しいのか分からない」
湊は呟く。
「正しさが揺れてるんじゃなくて、全部同時にあるんだな」
九条は静かに言う。
「層間干渉が発生している」
昼休み。
廊下。
湊は歩く。
一歩ごとに、異なる層の床が足元に現れる。
滑らかな床、崩れた床、存在しない床。
レイが隣にいる。
だがその距離も層ごとに変わる。
「なあ」
湊は言う。
「これ、いつか壊れねぇか?」
誰もすぐには答えない。
九条が静かに言う。
「すでに壊れている」
レイが小さく言う。
「でも動いてるよ」
九条は少しだけ間を置く。
「壊れたまま稼働している」
沈黙。
その瞬間。
廊下の奥に“ノイズのない一層の世界”が一瞬だけ見える。
静かで、単純で、揺らぎのない空間。
そして消える。
レイが呟く。
「さっきの方が、安心できるのに」
湊は静かに言う。
「でも今はもう、戻せる層がない」
九条は言う。
「層間ノイズは固定化された」
世界はまだ続いている。
だが確実に――
“現実は重ね書きのまま、位相ズレを内包して動き続けている”。
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