第46話 単一現実の崩落
競合する記録が増え続けた結果、世界は「どれを現実と呼ぶか」を維持できなくなっていた。
湊はもう、“現実が一つである前提”を思い出せない。
朝の教室。
湊は机に座る。
その瞬間、三つの教室が同時に重なる。
静かな教室。騒がしい教室。誰もいない教室。
どれも同じ場所だ。
「ねえ湊」
レイの声。
だがその声は三種類ある。
届くものと、届かないものと、そもそも発生していないもの。
「これさ……もう“どこ”なのか分からない」
湊は眉をひそめる。
「どこでもねぇだろ、もう」
そのとき九条が入ってくる。
だが入ってくる瞬間も複数ある。
ドアを開けた九条。すでに立っている九条。入ってこなかった九条。
湊はすぐに聞く。
「なあ九条」
「現実ってまだ一個あんのか?」
九条は止まる。
その動きも複数の結果に分岐している。
「単一現実は崩落した」
レイが不安そうに言う。
「じゃあ今いるのって何?」
九条は静かに答える。
「並列現実群だ」
沈黙。
湊は顔をしかめる。
「もう世界じゃねぇな」
九条は否定しない。
その瞬間。
黒板に“違う三つの授業”が同時に表示される。
数学の説明。無音の空白。未来の崩壊予告。
そして全部が消える。
「……今の、どれが正解だ?」
レイは青ざめる。
「正解が三つあった」
湊は呟く。
「正解って概念も割れてるな」
九条は静かに言う。
「正解は採用結果だ」
昼休み。
廊下。
湊は歩く。
だが三つの廊下を同時に歩いている。
直線。歪曲。存在しない通路。
レイが隣にいる。
しかしレイもまた複数に分裂している。
「なあ」
湊は言う。
「俺、どの世界の俺なんだ?」
返答はない。
どの九条も、どのレイも、答えが一致しない。
九条が言う。
「自己も分岐している」
レイが小さく言う。
「私も……何人もいるの?」
九条は少しだけ間を置く。
「記録ごとに存在が割れている」
沈黙。
その瞬間。
廊下の奥に“統一された一つの世界”が一瞬だけ見える。
誰も迷わず、全てが一貫した現実。
そして消える。
レイが呟く。
「さっきの、すごく楽だった」
湊は静かに言う。
「でもそれ、もう選べねぇんだろ」
九条は言う。
「単一現実は崩落したままだ」
世界はまだ続いている。
だが確実に――
“現実そのものが分岐し続ける多重構造へ変質している”。
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