第45話 記録の主権
記録が現実を追い越した時点で、「何が起きたか」は問題ではなくなる。
問題になるのは、“どの記録が採用されるか”だ。
湊はその違和感を、もう思考ではなく圧力として感じていた。
朝の教室。
湊は机に座る。
だがその瞬間、すでに「着席した記録A」と「着席していない記録B」が同時に存在する。
どちらが現実かは決まっていない。
「ねえ湊」
レイの声。
しかしその声には複数のバージョンがある。
優しく話したレイ。冷たく話したレイ。話していないレイ。
「今さ……どれが本当かわからない」
湊は眉をひそめる。
「本当って何だよもう」
そのとき九条が入ってくる。
湊はすぐに聞く。
「なあ九条」
「記録が複数あるの、どうなってんだこれ」
九条は止まる。
「主権が分裂している」
レイが不安そうに言う。
「主権って、誰が決めるってこと?」
九条は静かに答える。
「どの記録が現実として採用されるかを決める権限だ」
沈黙。
湊は顔をしかめる。
「じゃあ今の世界って、編集されてんのか?」
九条は否定しない。
その瞬間。
黒板に“異なる一日の記録”が複数並ぶ。
どれも同じ人物、同じ場所、しかし結果が違う。
そして一瞬で消える。
「……今の、分岐してたな」
レイは青ざめる。
「どれが私たちだったの?」
湊は呟く。
「全部であって、どれでもない」
九条は静かに言う。
「記録は競合している」
昼休み。
廊下。
湊は歩く。
だが“歩いた記録”が複数存在するため、足取りが一定しない。
レイが隣にいる。
しかし“存在するレイ”が複数重なっている。
「なあ」
湊は言う。
「これ、どれ選べばいいんだ?」
誰もすぐには答えない。
九条が静かに言う。
「選択はすでに終わっている」
レイが小さく言う。
「でも結果が違うよ」
九条は少しだけ間を置く。
「結果が競合している」
沈黙。
その瞬間。
廊下の奥に“採用されたはずの一つの現実”が一瞬だけ見える。
揺らぎのない世界。一本化された時間。
そして消える。
レイが呟く。
「さっきの方が、安心できた」
湊は静かに言う。
「でも今はもう、それすら複数ある」
九条は言う。
「それが記録の主権だ」
世界はまだ続いている。
だが確実に――
“現実は単一ではなく、競合する記録群として存在している”。
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