第35話 因果の逆流
未来が先に来る世界では、「理由」は後から付け足される。
湊はもう、何かが起きても驚く前に“その理由の方”が先に頭に浮かぶようになっていた。
ただし、それが本当に理由なのかは分からない。
朝の教室。
湊は机に座る。
その瞬間、「これから起きるはずの出来事の説明」が先に浮かぶ。
だが、出来事そのものはまだ起きていない。
「ねえ湊」
レイの声。
少しだけ遅れて届く。
「今さ……私、なんでここにいるのか分かる気がする」
湊は眉をひそめる。
「理由が分かるってことか?」
レイは首を振る。
「理由が“後から来る感じ”がする」
そのとき九条が入ってくる。
湊はすぐに聞く。
「なあ九条」
「原因と結果、もう逆じゃねぇか」
九条は止まる。
「逆流している」
レイが不安そうに言う。
「逆流って……時間が戻ってるの?」
九条は静かに答える。
「時間ではない」
沈黙。
九条は続ける。
「因果だ」
湊は顔をしかめる。
「因果ってのが逆流すんのかよ」
九条は頷く。
その瞬間。
教室の空気が一瞬だけ“説明書きのある世界”になる。
なぜここにいるのか、なぜ机があるのか、その理由だけが先に存在する。
そしてすぐに消える。
「……今の分かったか?」
レイは青ざめる。
「分かった気がしたけど、何も覚えてない」
湊は呟く。
「理由だけ残って、現実が遅れてくる感じだな」
九条は静かに言う。
「それが逆流だ」
昼休み。
廊下。
湊は歩く。
だが「歩く理由」が先に存在し、その後に歩く行為が続く。
レイが隣にいる。
だが「隣にいる理由」が先に成立している。
「なあ」
湊は言う。
「俺ら、なんでここにいるんだ?」
返答はない。
しかし“理由”だけが、先に頭に浮かぶ。
九条が言う。
「原因が未来に移動している」
レイが小さく言う。
「じゃあ……全部決まってるの?」
九条は少しだけ間を置く。
「決まっているのではない」
湊は眉をひそめる。
「じゃあ何だよ」
九条は静かに言う。
「後付けされ続けている」
その瞬間。
廊下の奥で、“すでに説明されたはずの世界”が一瞬だけ見える。
完璧に整合した現実。理由と結果が一致した世界。
そして消える。
レイが呟く。
「今の世界の方が、ちゃんとしてた気がする」
湊は静かに言う。
「でもたぶん、あれの方が先なんだろ」
九条は否定しない。
世界はまだ続いている。
だが確実に――
“現実より理由の方が先に存在する世界になり始めている”。
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