第33話 時間の片側化
現在が欠落した世界は、静かに“片側へ傾く”。
湊はもう、時間が前後に流れているという感覚すら信じられなくなっていた。
残っているのは、過去と未来だけだ。
朝の教室。
湊は机に座る。
その瞬間、“すでに座っていた記憶”だけが先に浮かぶ。
行為より記憶が先に来る。
「ねえ湊」
レイの声。
だがそれは、少し前にも聞いた気がする。
「今さ……私、ここに来た?」
湊は一瞬固まる。
「来た……はずだろ」
レイは首を振る。
「でも“来る前の私”がまだ残ってる気がする」
そのとき九条が入ってくる。
湊はすぐに聞く。
「なあ九条」
「時間おかしいだろこれ」
九条は止まる。
「片側化している」
レイが不安そうに言う。
「片側って?」
九条は静かに答える。
「過去と未来に分離している」
沈黙。
湊は眉をひそめる。
「現在が消えたせいで?」
九条は頷く。
その瞬間。
教室の黒板に“まだ書かれていないはずの内容”が一瞬だけ現れる。
そしてすぐ消える。
「……今の見たか?」
レイは青ざめる。
「未来が書かれてた」
湊は呟く。
「いや、過去かもしんねぇ」
九条は静かに言う。
「どちらでもない」
昼休み。
廊下。
湊は歩く。
だが一歩ごとに“すでに歩いた結果”と“これから歩く結果”が重なっている。
レイが隣にいる。
だがそのレイには“少し前のレイ”と“少し後のレイ”が混ざっている。
「なあ」
湊は言う。
「俺、今どこに向かってるんだ?」
返答はない。
いや、すでに答えは出ているのに、認識できない。
九条が言う。
「時間はもう一本ではない」
レイが小さく言う。
「じゃあ……どうなってるの?」
九条は少しだけ間を置く。
「片側の並列だ」
沈黙。
その瞬間。
廊下の奥に、“まだ起きていない出来事の残像”が一瞬だけ見える。
崩壊した校舎。静止した人間。
そして消える。
湊は息を吐く。
「未来が先に見えるの、最悪だな」
レイは震える声で言う。
「じゃあ私たちって……もう決まってるの?」
九条は静かに答える。
「決定ではない」
湊は顔をしかめる。
「じゃあ何だよ」
九条は言う。
「可能性の偏りだ」
世界はまだ続いている。
だが確実に――
“現在を失った時間は、過去と未来だけで自己を維持し始めている”。
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