第20話 同時存在
観測者が分裂する世界では、「同じ場所にいる」という言葉すら怪しくなる。
湊はもう、教室に座っていながら別の場所にも座っている感覚を持ち始めていた。
朝の教室。
湊は椅子に座る。
だが一瞬だけ、自分が“廊下に立っている自分”と重なる。
視界が二重になる。
すぐに戻る。
「ねえ湊」
レイが声をかける。
「今さ、湊の顔、一瞬だけ違う人だった」
湊は眉をひそめる。
「は?」
レイは必死に説明する。
「でも今は戻ってる」
「でも“違うのが普通”みたいな感じだった」
湊はため息をつく。
「もう何でもありじゃんそれ」
そのとき九条が入ってくる。
湊はすぐに聞く。
「なあ、今さ」
「俺が違う俺に見えたって言われたんだけど」
九条は止まる。
「同時存在だ」
レイが固まる。
「同時……?」
九条は静かに言う。
「一つの存在が、複数の観測状態に同時に存在する」
湊は顔をしかめる。
「意味わかんねぇよ」
九条は続ける。
「固定がないため、状態が収束しない」
沈黙。
レイが小さく言う。
「じゃあ私が見てる湊と、九条が見てる湊も違うの?」
九条は即答する。
「違う」
湊は机を軽く叩く。
「それもう会話してる意味ないだろ」
九条は静かに言う。
「同じ“揺らぎの範囲”で会話している」
その瞬間。
湊の手が一瞬だけ“机をすり抜ける”。
だが次の瞬間には普通に置かれている。
「……今の見たか?」
レイは青ざめて頷く。
「見た」
湊は自分の手を見る。
「俺、今どこにいた?」
九条は静かに言う。
「複数だ」
湊は笑いかけて、やめる。
「怖いこと言うなよ」
昼休み。
廊下。
湊は歩く。
だが自分の“歩いていない自分”が隣に並んでいる感覚がある。
「……なんだこれ」
そのとき九条が現れる。
「分岐ではない」
湊は振り返る。
「じゃあ何だよ」
九条は答える。
「収束していないだけだ」
レイが震える声で言う。
「収束って……いつするの?」
九条は少しだけ間を置く。
「今はまだしない」
沈黙。
湊は空を見上げる。
「もうさ」
「俺って俺なのかも分かんねぇな」
九条は否定しない。
その瞬間。
廊下の奥に“湊がもう一人”立っている。
こちらを見ている。
そして消える。
レイが息を呑む。
「今の……」
湊は静かに言う。
「見えた」
九条は言う。
「それが同時存在だ」
世界はまだ一つに見える。
だが実際には――
“一人の存在が複数の現実に分散し始めている”。
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