第15話 理解の分岐
「説明できないもの」が増えるほど、人は“それぞれ違う現実”を生き始める。
湊はその兆しを、すでに感じていた。
朝の教室。
いつも通りの光景。
だが湊には、同じ教室が“少しずつずれている”ように見える。
机の配置。
人の立ち位置。
黒板の文字の濃さ。
全部が微妙に一致しない。
「ねえ湊」
レイが声をかける。
「今日さ、廊下でさ」
「赤い線、見えなかった?」
湊は眉をひそめる。
「赤い線?」
レイはうなずく。
「床に、一直線に」
「でも誰も気づいてなかった」
湊はすぐに否定できない。
なぜなら、自分も似たようなものを“見た気がする”からだ。
そのとき九条が入ってくる。
湊はすぐに聞く。
「なあ、レイがさっき変なこと言ってたんだけど」
「赤い線見えたって」
九条は止まる。
ほんの一瞬だけ。
「見えた層が違う」
湊は眉をひそめる。
「また層かよ」
九条は静かに続ける。
「同じ場所でも、観測の状態によって“見える現実”が変わる」
レイが不安そうに言う。
「じゃあ……私が見たのって本当?」
九条は否定しない。
「その人にとっては本当だ」
沈黙。
湊は机に手を置く。
「それってさ」
「もう現実バラバラってことじゃねぇの?」
九条は少しだけ間を置く。
「分岐しているのではない」
湊は顔を上げる。
「じゃあ何だよ」
九条は静かに言う。
「“理解が分かれている”」
レイが小さく言う。
「理解が……?」
九条は続ける。
「同じ現象を見ても、人は違う解釈をする」
「その解釈が現実の固定に影響している」
湊は眉をひそめる。
「それもう人間の問題じゃん」
九条は否定しない。
その瞬間。
教室の時計が一瞬だけ“違う時間を指す”。
12:00と11:59が重なるように見える。
そしてすぐ戻る。
「……今の見たか?」
湊の声に、レイは青ざめて頷く。
「見た……気がする」
その“気がする”が増えている。
誰も断言できなくなっている。
昼休み。
廊下で生徒たちの会話が聞こえる。
「さっきのさ、やばくなかった?」
「何が?」
「え?お前見てないの?」
「いや知らないけど」
湊は足を止める。
(もうズレてる)
そのとき九条が隣に来る。
「気づいたな」
湊は呟く。
「これさ……人によって世界違うだろ」
九条は静かに言う。
「そうなりつつある」
レイが不安そうに言う。
「じゃあさ……どれが正しいの?」
九条は即答する。
「正しいものはない」
沈黙。
湊はため息をつく。
「それもう終わってるだろ」
九条は否定しない。
その瞬間。
廊下の奥で、同じ廊下が“もう一つ重なっている”ように見える。
すぐ消える。
レイが震える声で言う。
「今の……分かれた?」
九条は静かに言う。
「違う」
「分かれたように“解釈された”だけだ」
湊は顔をしかめる。
「もう区別つかねぇよ」
九条は窓の外を見る。
「それが進行だ」
その言葉は、もう警告ではなく事実だった。
世界はまだ一つに見える。
だが中身はすでに――
“理解の数だけ増殖し始めている”。
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