第13話 第十二層
“存在しない層”。
その言葉が出てから、湊の中で何かがずっと引っかかっていた。
あるはずがないものが、影響を持つ。
それは理屈として成立していないのに、現実だけが先に動いている。
朝の教室。
黒板の文字が一瞬だけ“読めない形”になる。
すぐ戻る。
だが、戻った後のほうがむしろ違和感が強い。
「……今の見たか?」
湊が呟くと、レイは青ざめて頷く。
「見た……気がする」
その“気がする”という言い方が、もう正常ではない。
九条が入ってくる。
湊はすぐに聞く。
「第十二層って知ってるか?」
九条は止まる。
少しだけ沈黙。
「それも誰から聞いた」
湊は肩をすくめる。
「またかよ。じゃあ知ってんだな」
九条はゆっくり言う。
「第十二層は“さらに扱ってはいけない領域”だ」
レイが不安そうに言う。
「第十一層より上ってこと?」
九条は首を振る。
「違う」
沈黙。
九条は続ける。
「第十二層は、“存在しないという前提すら崩れている層”だ」
湊は眉をひそめる。
「意味わかんねぇよ」
九条は淡々と説明する。
「第十一層は誤認だ」
「だが第十二層は、“誤認という概念そのもの”が成立していない」
レイが息を呑む。
「じゃあ……何があるの?」
九条は少しだけ間を置く。
「分からない」
湊は笑う。
「お前が分からないって言うの珍しいな」
九条は否定しない。
その瞬間。
教室の照明が一瞬だけ“明るさの意味”を失う。
明るいのか暗いのか判断できない時間。
「……なんだ今の」
湊は机を押さえる。
レイが震える声で言う。
「今の……見えなかった」
九条は静かに言う。
「それが第十二層の影響だ」
湊は顔をしかめる。
「見えなかったのに影響あるって何だよ」
九条は答える。
「“認識される前の現象”だ」
沈黙。
昼休み。
廊下を歩いていると、湊は気づく。
人の動きが一瞬だけ“遅れて見える”。
いや違う。
遅れているのではない。
動きの基準がずれている。
「……おい」
湊は足を止める。
そのとき九条が現れる。
「見え始めたな」
湊は振り返る。
「何がだよ」
九条は静かに言う。
「層の“干渉の干渉”だ」
レイが顔を青くする。
「もう何言ってるか分かんない……」
九条は続ける。
「第十二層は、認識できないが“結果だけ残す”」
湊はため息をつく。
「それもう現象じゃねぇだろ」
九条は否定しない。
その瞬間。
廊下の奥に、一瞬だけ“誰もいないのに声がする空間”が生まれる。
すぐ消える。
レイが呟く。
「今の……音、したよね」
湊は頷く。
「した」
九条は静かに言う。
「それが第十二層だ」
湊は顔をしかめる。
「じゃあさ」
「これ全部進んだらどうなんだよ」
九条は少しだけ間を置く。
「観測できるものがなくなる」
レイが震える。
「それって……世界がなくなるのと同じじゃないの?」
九条は否定しない。
その瞬間。
スマホが震える。
『余白税:層干渉領域へ移行』
湊は画面を見る。
「もう税とかじゃねぇだろこれ……」
九条は空を見上げる。
「まだ戻れる段階だ」
湊は聞く。
「どこにだよ」
九条は静かに答える。
「境界の内側だ」
その言葉が、妙に遠く感じられた。
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