第12話 第十一層
“層”という概念が出てから、湊は世界をまっすぐ見られなくなった。
同じ廊下。
同じ教室。
同じ人間。
なのにどこかに「別の可能性」が重なっている気がする。
朝の教室。
湊は机に座りながら、ぼんやりと黒板を見る。
(これ、本当に一つの現実なのか?)
そんな疑問が自然に浮かぶようになっていた。
「おはよう」
レイが席につく。
顔色はさらに悪い。
「ねえ湊……また変な夢見た」
湊はすぐに反応する。
「どんな?」
レイは少し考える。
「教室が、何個もあった」
「同じ場所なのに、少しずつ違ってて」
湊は眉をひそめる。
「それって層ってやつじゃねぇの」
そのとき九条が入ってくる。
湊はすぐに聞く。
「なあ、“第十一層”って知ってるか?」
九条は止まる。
わずかに間を置く。
「……誰から聞いた」
湊は少し驚く。
「知ってんのかよ」
九条は静かに言う。
「その言葉は、まだ人間側が扱うべきではない」
レイが不安そうに聞く。
「なにそれ……危ないの?」
九条は即答しない。
窓の外を見る。
「“誤認の層”だ」
湊は眉をひそめる。
「誤認?」
九条は続ける。
「層は本来、複数の現実のズレだ」
「だが十一層目は違う」
沈黙。
レイが小さく言う。
「何が違うの?」
九条は淡々と答える。
「存在していない」
湊は思わず笑う。
「は?ないのに名前ついてんの?」
九条は否定しない。
その瞬間。
教室の空気が一瞬だけ“数えられない感じ”になる。
何かが増えたのか、減ったのか分からない。
「……今の何だ」
湊の声に、レイは青ざめる。
「分かんない……でも変だった」
九条は静かに言う。
「それが第十一層の影響だ」
湊は顔をしかめる。
「存在してないのに影響出るってどういう理屈だよ」
九条は少しだけ間を置く。
「“誤認が現実を上書きする層”だ」
沈黙。
レイが震える声で言う。
「それって……考えただけで現実変わるってこと?」
九条は頷く。
湊は机を軽く叩く。
「それもう世界じゃねぇだろ」
九条は静かに言う。
「だから危険だ」
昼休み。
湊は廊下で立ち止まる。
誰もいないはずの場所に、一瞬だけ人影が見える。
だが次の瞬間には消える。
「……おい」
湊は息を呑む。
そのとき九条が現れる。
「見えたか」
湊は振り返る。
「今の何だよ」
九条は答える。
「第十一層の“漏れ”だ」
レイが後ろで呟く。
「もう現実じゃないよねこれ……」
九条は否定しない。
湊はため息をつく。
「なあ九条」
「それって結局さ」
「どんどん増えていくのか?」
九条は少しだけ間を置く。
「増えているのではない」
湊は眉をひそめる。
「じゃあ何だよ」
九条は静かに言う。
「最初からあったものが“見えるようになっているだけ”だ」
沈黙。
レイが小さく言う。
「じゃあ……まだ全部見えてないってこと?」
九条は頷く。
その瞬間。
教室の後ろに、一瞬だけ“存在しないはずの扉”が見える。
そしてすぐ消える。
湊は呟く。
「これ、どこまで行くんだよ……」
九条は空を見上げる。
「まだ入口だ」
湊は思わず笑う。
「嘘だろ」
九条は静かに言う。
「本当の崩壊は、まだ始まっていない」
その言葉が、いちばん重かった。
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