第10話 境界の発見
“前提が崩れる”。
その意味が、少しずつ現実になってきていた。
湊はもう、「気のせい」で済ませる段階にはいないと分かっていた。
朝。
教室の空気が、微妙に違う。
静かではない。
騒がしくもない。
ただ――“揃っていない”感じがする。
「おはよ」
レイが席につく。
湊はすぐに気づく。
「お前、顔色悪いな」
レイは苦笑する。
「昨日さ……寝た気しなくて」
「夢見たのかも分かんない」
湊は眉をひそめる。
「夢と現実の区別つかなくなってんのか?」
レイは首を振る。
「区別はあるんだけど……その“線”が薄い感じ」
その言葉に、湊は嫌な感覚を覚える。
教室の扉が開く。
九条が入ってくる。
湊はすぐに声をかける。
「なあ、今ってさ」
「現実ってどこからどこまでだと思う?」
九条は一度だけ湊を見る。
「境界だ」
湊は眉をひそめる。
「境界?」
九条は続ける。
「現実と非現実を分けている線」
「それが“前提”だ」
レイが小さく呟く。
「じゃあその線がなくなったら?」
九条は少しだけ間を置く。
「どちらでもなくなる」
沈黙。
湊は机に手を置く。
「もうそれ、全部ぐちゃぐちゃじゃん」
九条は否定しない。
そのとき。
教室の窓が一瞬だけ“外の景色を間違える”。
校庭が一瞬だけ道路になり、すぐ戻る。
「……今の」
湊の声に、レイは青ざめて頷く。
「見た……」
九条は静かに言う。
「境界が弱くなっている」
湊は顔をしかめる。
「境界って何だよ結局」
九条は窓の外を見る。
「現実を現実にしているものだ」
レイが震える声で言う。
「それって……壊れたらどうなるの?」
九条は答える。
「区別がなくなる」
湊はため息をつく。
「もうなってる気もするけどな」
九条は静かに言う。
「まだ“途中”だ」
その言葉が、やけに重い。
放課後。
湊は駅前に立つ。
信号が一瞬だけ“意味を忘れる”。
赤なのか青なのか分からない時間が一瞬だけ流れる。
「……おい」
湊は呟く。
「これマジでやばいだろ」
そのときスマホが震える。
『余白税:境界値低下』
湊は画面を見る。
「境界値ってなんだよ……」
九条が後ろから言う。
「区別の強度だ」
湊は振り向く。
「それ下がるとどうなる」
九条は静かに答える。
「現実が固定されなくなる」
レイが息を呑む。
「じゃあ……何も確定しないってこと?」
九条は頷く。
湊は空を見上げる。
「それもうさ」
「世界って呼べるのか?」
九条は少しだけ間を置く。
「今はまだ“境界が残っている世界”だ」
その瞬間。
風が一瞬だけ方向を忘れる。
どちらから吹いているのか分からなくなる。
そしてすぐ戻る。
誰も気づかない。
でも湊たちは気づいている。
世界はもう――
“境界を維持できる限界の上”にいる。
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