第10話 歴史の真実
刃が、振り下ろされた。
一人。
また一人。
元老院議員たちが、次々と俺に刃を向ける。
痛みが走る。
だが、不思議と頭は冷静だった。
「……これが、歴史か」
俺は小さく呟いた。
目の前には、見知った顔が並んでいる。
恐怖に歪んだ顔。
決意に満ちた顔。
そして——
苦しそうな顔。
その中に、いた。
マルクス・ユニウス・ブルートゥス。
彼は動けずにいた。
手に短剣を持ったまま、立ち尽くしている。
周囲の声が飛ぶ。
「やれ、ブルートゥス!」
「ローマのためだ!」
ブルートゥスの手が震える。
目が揺れる。
俺は、彼を見つめた。
そして思う。
やはり、この男は——
裏切り者ではない。
ただ、選ばされたのだ。
俺はゆっくりと口を開いた。
「ブルートゥス」
彼の体が震える。
「……来い」
その一言で、空気が止まった。
ブルートゥスの目が大きく開く。
「なぜ……」
かすれた声。
俺は少しだけ笑った。
「お前は、もう決めているはずだ」
ローマのために。
共和政のために。
俺を止めるべきかどうかを。
ブルートゥスの目から、一筋の涙がこぼれた。
そして——
一歩、踏み出す。
その瞬間、俺は理解した。
これが、この事件の本質だ。
裏切りではない。
選択だ。
ブルートゥスは俺の前に立った。
短剣を握る手は、まだ震えている。
だが、その目には覚悟があった。
俺は静かに言った。
「それでいい」
そして——
刃が、突き立てられた。
胸に、深く。
力が抜ける。
膝が崩れる。
視界が揺れる。
その中で、俺はブルートゥスを見た。
彼は泣いていた。
俺は最後の力で、口を開いた。
「ブルートゥス……」
有名な言葉が、頭をよぎる。
だが。
違う。
違うんだ。
俺は知ってしまった。
この言葉の本当の意味を。
「お前も、か」
それは裏切りへの驚きじゃない。
絶望でもない。
——確認だ。
「お前も、選んだのか」
ローマのために。
この結末を。
ブルートゥスの顔が歪む。
俺は、ゆっくりと目を閉じた。
体が床に倒れる。
音が遠ざかる。
意識が消えていく。
その最後に、思った。
なるほどな。
これが——
歴史の真実か。
歴史は単純じゃない。
善と悪でもない。
ただ、その時代を生きた人間たちが
それぞれの正義で選択した結果。
それが、歴史だ。
そして俺は。
その一つを、見届けた。
——暗転。
気づくと、俺はベッドの上にいた。
見慣れた天井。
現代の部屋。
スマホが手元に落ちている。
画面には、あのアプリ。
「歴史観測プログラム」
その下に、新しい表示があった。
観測完了:ユリウス・カエサル
そして——
次の観測対象が表示される。
俺は画面を見つめた。
ゆっくりと、息を吐く。
「……次は誰だ」
その先には、まだ知らない歴史がある。
そして、その裏側も。
俺は迷わず、画面をタップした。
歴史は、まだ終わらない。




