第1話 天才の正体
歴史の本には、こう書かれている。
ナポレオンは天才だった。
戦術の天才。
戦略の天才。
そして、勝ち続けた男。
だが。
俺は、あの世界を見てきた。
の最期を。
あれは、決して単純な物語じゃなかった。
英雄も、裏切り者もいない。
ただ、それぞれが選んだ結果が
歴史になっていただけだ。
スマホの画面が光る。
「歴史観測プログラム」
その文字の下に、新しい表示。
観測対象:ナポレオン・ボナパルト
。
俺は思わず笑った。
「今度はこいつかよ……」
世界史最強クラスの軍人。
負け知らずの皇帝。
だが同時に——
最後はすべてを失った男。
俺は少しだけ考えた。
カエサルの時は、「避けられない歴史」だった。
なら今回は?
「成功の裏側、ってやつか」
俺は画面をタップした。
その瞬間、視界が白く弾ける。
体が落ちる感覚。
意識が遠ざかる。
そして——
次に目を開けたとき。
俺は、泥の中にいた。
「……は?」
冷たい。
全身が濡れている。
鼻に刺さるのは火薬の匂い。
耳には、遠くの砲声。
ドン、と地面が揺れる。
俺はゆっくり顔を上げた。
目の前には、荒れた地形。
煙。
倒れている兵士。
そして——
戦場。
「いや待て待て待て」
心臓が一気に跳ね上がる。
状況を整理する。
戦場。
砲声。
兵士。
つまり——
「いきなりここかよ!?」
その時、横から声が飛んだ。
「将軍!」
振り向く。
兵士が駆け寄ってくる。
顔は泥だらけ。
だが目は必死だ。
「命令を!」
命令?
俺に?
その瞬間、頭の中に流れ込んできた。
地形。
配置。
敵の位置。
そして、自分の名前。
——ナポレオン。
俺は息を呑んだ。
「マジかよ……」
つまり俺は今、
その本人。
しかも——
戦闘の真っ最中。
「終わった……」
思わず呟いた。
いや無理だろ。
歴史オタクではある。
知識はある。
だが——
実戦は別だ。
目の前で人が死んでいる。
判断一つで、何百人も死ぬ。
そんなの、できるわけがない。
兵士が叫ぶ。
「将軍、指示を!」
時間がない。
考えろ。
思い出せ。
ナポレオンはどう戦った?
いや違う。
今の状況はどこだ?
頭の中で歴史が高速で回転する。
その時、ひとつの違和感に気づいた。
地形。
配置。
敵の動き。
これ——
「負ける戦いじゃね?」
背筋が冷える。
もしこれが俺の知っている戦いなら。
ナポレオンはここで——
勝っている。
つまり。
この絶望的な状況から、勝っている。
俺は乾いた笑いを漏らした。
「いや無理だろ……」
だが。
やるしかない。
俺は震える手を握りしめた。
怖い。
めちゃくちゃ怖い。
だが——
ここで逃げたら、終わりだ。
俺は顔を上げた。
「……いいか」
兵士を見る。
「砲兵を前に出せ」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
兵士が一瞬止まる。
「前に……ですか?」
普通ならありえない配置。
だが俺は続けた。
「いいからやれ」
心の中では叫んでいる。
(頼む、当たってくれ……!)
兵士は敬礼し、走っていった。
俺は一人、立ち尽くす。
心臓がうるさい。
手が震える。
「これが……」
小さく呟く。
「天才の正体かよ……」
歴史は言う。
ナポレオンは天才だったと。
だが実際は違う。
これは——
ビビりながら決断してるだけだ。
そして、その決断が当たった時だけ、
「天才」と呼ばれる。
遠くで砲声が響いた。
戦場が動く。
歴史が、動き始める。
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これは、勝者の物語ではない。
震えながら、それでも前に進んだ男の物語だ。




