1.迫りくる四天王。
「うぅぅぅ……!」
「泣かなくたっていいじゃないか。キミが魔王だったんだから、魔族の中では一番強かったんでしょ?」
「違うのだぁ……。我はあくまで、お飾りだからぁ……!」
魔王交代の宣言を出してから、数日が経過した。
しかしリリスは何かに怯えるようにして、ずっと部屋の片隅で震えている。膝を抱えて、小さな身体をさらに小さくして。
自室から持ってきたのだろう、可愛らしい掛布団を被って。
「そういえば、お飾り、って前にも言ってたね」
「うぐぅ……」
いい加減に話が進まないので、ボクはそう問いかけた。
すると元魔王は円らな瞳いっぱいに涙をにじませて、こちらを見る。そして震えた声で、こう説明するのだった。
「わ、我よりも強い四天王がいるのだ……!」
「四天王。あぁ、東西南北に配置されてる魔族の領主のことか」
「……うむ。我は普段、そやつらの指示に従って行動していたのだ。言うなればパシリだの、何だの……」
「なるほど、ね」
要するに、力関係が逆転しているらしい。
「そんなに、強いの?」
「強いなんてもんじゃない! とにかく、性格が悪いのだ!!」
こちらが首を傾げると、リリスは布団を弾き飛ばしてボクに迫った。
そして、涙ながらに懇願し始める。
「とにかく、とにかく相手を刺激しないでくれぇ! ただでさえ魔王の権力が弱くなってるんだ、お父様が残してくれた領地さえ奪われてしまうかもしれない! いつ、いかなる時、謀反が起きてもおかしくないのだ!!」――と。
――うわああああああああん!
リリスは泣き崩れた。
号泣。号泣とはまさしく、このことだった。
「んー……」
だけど、ボクは考えてしまう。
そう。今はもう――。
「大丈夫だよ、リリス」
「なにがだいじょうぶなのだぁ!?」
「リリスのことは、ボクが守るから」
「――――ふぇ!?」
「だって――」
――リリスはもう、魔王じゃないんでしょ?
そうなのだ。
この子はもう、魔王の座から引きずり降ろされている。
今の魔王はボクであり、四天王の挑戦を受けるとしたらボクなのだ。それに、リリスという少女はもはやボクにとっての仲間。
そうだな。
いうなれば――。
「友達だからね、リリスは」
「友、達……?」
ボクの言葉に、呆けてしまうリリス。
ぺたんと座り込んで、その表情のままこちらを見上げていた。そんな彼女の頭を撫でてから、改めて宣言する。
「大丈夫だよ。キミの友達は――」
拳をぐっと握りしめてから。
「キミが思うよりずっと、強いから!」――と。
リリスはしばし硬直してから、また涙目になった。
そして、しくしくと泣き始める。
その時だった。
「ほう? 新しい魔王は、意外と大物のようだ……」
「ん、お客さん?」
「ひぃいぃぃぃぃいぃぃぃいぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
部屋の出入り口から、そんな声が聞こえたのは。
振り返るとそこに立っていたのは――。
「ならば、その力というものを見せてもらおう! そう――」
ポーズを決める。
「西の四天王、疾風のハヤテになぁ!!」
新緑のような髪色をした、一人の魔族だった。