使い魔・カノープス
(シオン視点)
「イザベラ、どういうことだ」
黒で塗りつぶされた空の下。俺は肩で息をしながら、女子寮の塀に凭れ掛かっていたイザベラへと尋ねた。
退魔士同士は特殊な魔法具により連絡を取り合えるのだが、つい数分前に彼女から俺に緊急の連絡が入る。ミーアに異変があったと――
すぐさま女子寮へと駆けつけたのだが、その間は全く生きた心地がしなかった。
男子寮と女子寮は比較的近いためすぐに到着は可能だったかれども、体感として数時間かかってしまったかのように感じる。
俺達の傍にあるガス灯がイザベラを照らしてくれているのだが、彼女の表情は困惑という感情を前面に押し出していた。
「……わかりません。突然ミーアが急に苦しがったかと思えば、彼女の足元に魔族特有の魔方陣が現れました」
「急に?」
「えぇ。直前までは普通でした。お風呂に入るために準備をしていましたから。魔方陣は白魔法で対処し、かき消しました」
「もしかして、ミーアの魂がなかなか回収できないから、苛立って表に出てきたのだろうか」
前例がない上に、自分で状況を確認していないため、明確な答えが出て来ない。
憶測の枠から答えが出ないため、あいつを召喚することにした。
同じ魔族に聞いた方が手っ取り早いと思って――
「我が白銀の楔を背負いしカノープスの名を持つ契約者よ。汝の主・アレスの名において我の前に姿を現して忠誠を誓え」
俺は詠唱を奏でながら左腕を伸ばせば、足元を中心に大きな魔方陣が現れ出す。
指先に黒い粒子が現れゆっくりと広がっていき、人の姿を形成し始めた。
現れたのは、ツインテールの少女。彼女は跪き、伸ばされれている俺の左手に触れ口づけを落とした。
年齢は十三から十四くらいだろうか。
漆黒の膝まである長い髪を二つに結いフリル満載の黒い膝上ドレスを纏いる。周りに本を持ったクマやウサギのヌイグルミをふわふわと浮遊させていた。
不自然なまでに白い肌に映える菫色の大きな瞳で俺を見ている彼女は、ぷっくらとした毒々しい紫色の唇を開くと音を放つ。
「我が主の命令ならば喜んで」
「三秒やるから状況を判断しろ」
「相変わらずー。相変わらずの暴君。まぁ、それが僕の主だけどさー」
跪いていた少女――カノープスは立ち上がると肩を竦めて、辺りを見回す。
すると、寮のとある箇所を凝視。
「あー、第五~第七くらいの上級寄生型魔族がいるね。もしかして、その魔族のこと?」
「そうだ」
「魔力消しているからパラサイト中だね。宿主も随分美味しそうな魂を持っている。この子、前世が巫女や神官っぽいな。こんなに希少な魂を持っている子、なかなか居ないよ。僕も食べ……むぐっ」
慌てたイザベラにカノープスが口を押えられている。
「カノープス、駄目です! アレスの好きな子なんですからっ!」
「え、アレスの好きな子っ!? アレスも恋愛とかするんだ。驚愕。人間嫌いだと思っていたし」
「ついさっきミーアに異変があった。イザベラが対処したが、前例がないため理由がわからない」
「どういう状況だったの?」
俺はミーアの状態とイザベラから聞いたことを説明する。
イザベラが追加で説明してくれている中、カノープスが表情を消して聞いていた。
「ふぅん。十一年間も憑かれていたとはねぇ。理由はわかるわ。だって、あの子の魂が強いし清らかだから魔を近づけさせないもの。普通ならば諦めるんだけど、余程気に入ったのね。起こった異常はそれが原因だわ」
「どういうことだ?」
「すっごくお腹が空いている時に、ガラス越しに大好物があったらどうする? ぶち破るでしょう? それと同じよ。我慢の限界が来て、無理やり魂を取り込もうとしたの」
「魔族も焦っているのか」
「えぇ、そうよ。清らかな魂って私達にはごちそうだけれども、純度が高ければ高いほど神クラスだから食べにくいの。下手したら浄化されちゃうし。普通なら諦めるくらいの魂なんだけどね。しかし、あの魔族ってすごく運が悪いわ。アレスの好きな子に憑いちゃうなんて」
クスクスと喉で笑いながら、カノープスはミーアの部屋を見ている。
イザベラの話ではミーアは眠っているそうだ。
彼女の様子を確認したいけれども、女子寮には女子しか入れないため、ミーアの様子を確認することが出来ない。
「ねぇ、イザベラちゃん。女子寮って女子なら誰でも入ってもいいの?」
「生徒のみです。それに、女子寮ですよ」
「えー。アレスの好きな人を見たかったのにー。ねぇ、アレス。彼女のどんな所が好き?」
「他人に対して無条件の優しさを持っている所だ。ミーアは予知夢を使って色々な人を助けている。見返りも持たずに。俺なら絶対にやらない」
「「ですよね」」
イザベラとカノープスの声が綺麗に重なった。
「それから、色々と表情を変えるのが可愛い。シオン君って俺の名前を呼ぶ声も可愛いんだ」
「ミーアさんに憑いた魔族は、一生後悔するパターンですね」
「一生奴隷パターンだわ。魔族だから睡眠時間不要で永遠働けるし」
「当然だ。俺のミーアに憑いたんだ。ちゃんとけじめはつけて貰う。俺からミーアを奪う奴は誰であろうと許さない」
俺はミーアが休んでいる部屋へと視線を向けると、彼女の中にいるだろう魔族に向けて告げた。




