異変
午前中の授業も終わり、私達は食堂でお昼を食べていた。
食堂はお腹を空かせた生徒達で賑わっていて、空いている席は一切なく、外のテラス席まで全て埋まっている。
日当たりの良い窓際の席に陣取り、私とシオン君達がお昼を食べていた。
「おい、聞いたか?」
カルドの台詞に、全員持っていたスプーンやフォークを止めて顔を上げた。
「何を?」
「ラコスって湖があるんだけど、そこにミスティと呼ばれるディオラ国固有の花があるんだよ。今、ちょうど花が見ごろなんだってさ」
「お花見!」
私は久しぶりに自然に触れられるんだと感情が高ぶり、弾んだ声を上げてしまう。
生まれ育った所が田舎の村だったため、山でキノコ狩りをしたりして暮らしてきたため、時々自然が恋しくなる時があった。
「お花見なんて懐かしい。子供の頃、家族で庭園の薔薇園でお花見をして迷子になりましたわ」
紅茶に手を伸ばしながら、ヴィヴィが言った。
「薔薇園でお花見ってお姫様みたいですねー。あっ、ヴィヴィはお姫様でした。私も子供の頃に見に行きましたよ。家族が多かったので、お弁当作りが大変した」
「わかります! 私も妹達がいっぱいいるのでお弁当作りが大変で……小さい子達は駆けまわってすぐにどっか行こうとしちゃいますし」
「そうなんですよね」
「イザベラの実家って食費結構かかってそうだよな。学食が無料だとはいえ、よく食うし。現に今だってA定食を食べたばかりなのに、B定食を注文して食べているじゃないか」
「仕方ないですよ。私、魔力の消費量が人よりも激しいんですから。お腹が空くのはそのためです」
「マジか。知らなかった」
「え、普通に嘘ですよ。人を信じやすいですね、カルドは」
「お前なっ!」
カルドは眉を吊り上げながら、肩を震わせている。イザベラさんはそんなカルドを気にする素振りを見せず、スプーンを動かして食事を勧めていくんだけど、あっという間に皿の真っ白いスペースが広がっていく。
「シオンは子供の頃、家族とどっか花見とか行ったか?」
「……ない。俺、家族がいないから。いるかもしれないけど、わからない。捨て子だし」
普段と変わらないトーンでシオン君が答えると、問いかけたカルドが真青になりながら「悪い!」と頭を下げる。
シオン君は顔色一つ変えることなく、首を左右に振った。
「別にいいよ。気にしてないから」
「シオン君、お花見行ったことないの? なら、みんなでお花見行こうよ。私、お弁当作るからさ」
「わぁ、いいですね」
「私も賛成ですわ」
イザベラさん達が微笑みながら賛同してくれたので、私も嬉しくて顔を綻ばせてしまう。
気が早いもので、お弁当何を作ろうかなぁと考え始めてしまっていた。
「あのさ、ミーア。悪いんだけど、今度の休みは俺達予定入っていて無理なんだ。ヴィヴィとイザベラと俺で外出予定があってさ。だから、シオンとミーアの二人で行ってくれ」
「そうなの? あれ、でも……」
さっき賛同してくれたよね? とイザベラさんとヴィヴィへと顔を向ければ、二人は目を大きく見開き訝しげにカルドを見ている。
「約束したよな?」
「え、してないですよ。ねぇ、ヴィヴィ」
「お前らが忘れているだけだろ。パフェを食いに行く約束していたじゃないか」
「奢りでしたっけ?」
「奢る」
「あっ、思い出しましたー!」
「なんて現金なやつなんだ」
こめかみを痙攣させながらカルドは溜息を吐き出す。
「ごめんなさい、ミーアさん。私達、予定があったのを忘れていました」
「ううん、いいの。えっと、シオン君。私と二人でもいいかな……?」
あまり表情に出ない彼の感情を少しでも探りたいと、シオンの顔をじっと見つめながら言えば、シオン君は頷く。
彼が了承してくれたことに対して、私はほっと胸をなで下ろす。
――よし、寮のキッチンを借りてお弁当作りを頑張ろうっと。
寮のキッチンは事前申請すれば、使用時間が限られているが使うことは可能。
勿論、朝食や夕食時などの多忙な時間は使用不可だけど。
「楽しみだな、花見」
シオン君から届いた台詞を聞き、私は心臓が大きく跳ねてしまう。
まさか彼の口から楽しみなんて聞けるなんて思ってもいなかったから。
「うん、楽しみだね」
私が微笑んで頷けば、シオン君が私の頭を撫でてくれた。
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――お花見のお弁当どうしようかなぁ。
私室のベッドに寝転がりながら、私は図書館で借りてきたレシピ本を読んでいた。
当日までまだまだ時間があるのに、待ち遠しくて仕方がない。
固有の花が見られることも楽しみだけれども、シオン君と一緒に外出するなんて久しぶりだからだ。
「イザベラさん。シオンの好きな食べ物って知っていますか?」
私は本を閉じると、部屋の奥に設置されている椅子に座りながら魔導書を読んでいる彼女へと声をかける。
「シオンのですか?」
イザベラさんは顔を上げると、私を見た。
「うん。せっかく一緒に行くから、好きな物にしたいなぁって」
「デートですもんねっ!」
「えっ!?」
全く想像もしていなかった言葉が聞こえ、私はしばし固まると顔に血液を集中させてしまう。
シオン君は私が悲しい時や不安な時など守ってくれる頼りになる存在だ。
でも、シオン君にとっては仕事の一環。
仕事という義務的な事でよくしてくれている。
――なんか、考えたらもやもやして来た。急に悲しくなっちゃったし。情緒不安定なのかな。
頭の中が思考でぎゅうぎゅう詰めになってしまったため、私はお風呂に入ってすっきりすることに。
立ち上がると、棚の上に置いてあるお風呂セットを手に取った。
「イザベラさん。私、お風呂に入ってきますね」
「私もご一緒します。護衛ですので」
「さすがに女子寮にはいないと思いますよ」
苦笑いを浮かべれば、彼女は真顔で唇を開く。
「わかりませんよー。女子の嫉妬は怖いですからね。シオン、女子人気高いみたいですし。カルドも優良物件だから人気ですし」」
「えっ、そうなんですか?」
「シオンもカルドも色々な人に告白されていますよ」
「二人がモテるのは、とてもわかります」
「シオンもカルドも告白を断っていますけどね。好きな子がいるからって」
聞こえたイザベラさんの台詞が凶器のように、私の心にダメージを与えた。
胃が重くなりキリキリと痛んできたので、私は腕を伸ばして押さえる。
――シオン君に好きな人。あんなにいつも一緒にいたのに、彼に好きな人がいるなんて知らなかった。
心に重くのしかかった現実に、私は目の前が真っ暗になっていく。
頭の中にシオン君が見ず知らずの人の頭を撫でたり、抱きしめている姿が映し出され視界が滲んでいく。
いつの間にか、私の事を守って傍にいてくれるシオン君のことを好きになっていたのかな? と自覚を持ち始めた瞬間、自分に流れている魔力が逆流するような感覚に陥ってしまう。
「……え、何。これ」
初めての経験のため、私はパニックになった。
全身に鳥肌が立ち、頭がぐらぐらとして体が異常を知らせてくれている。
頭の中を黒いベールで覆われてしまったかのように、意識が段々と遠のいてしまう。
意識を手放してしまえば楽になれるんだけど、心のどこかで駄目だと叫ぶ自分がいる。
「ミーアさんっ!」
イザベラさんの叫び声が鈍く聞こえたかと思えば、私の足元に毒々しいくらいに真っ赤な魔方陣が現れ、ふわりと自分の体が宙に浮いてしまう。
黒い霧状のものが私の体に纏わりついて気持ち悪いんだけれども、指一本動かせないため振り払うことが出来ず。
「清らかな純白の魂を持つ精霊よ。我の願いを聞き、貴方の友である黒き魂に魅入られている者を救う手助けたまえ」
イザベラさんが詠唱と共に私へと手を伸ばせば、彼女の前に白い光が発生し、私の足元にあった魔方陣に向かって弾け飛ぶ。
光は赤い魔方陣へと浸食していき、やがて陣を書き替えてしまう。
そのお蔭か私の体は自由になり、そのまま床に叩きつけられてしまったため、全身に襲ってくる痛みに苦痛の声が漏れる。
「大丈夫ですか、ミーアさん!」
「だ、大丈夫です」
「……良かった」
イザベラさんが安堵の息を漏らしながら、私の元へ駆け寄ってくれたので、私はゆっくりと体を起こす。
初めて起こった自分の体への違和感に怖くなり、私は屈み込んだイザベラさんへと腕を伸ばしてしがみ付く。
「もう、大丈夫ですよ。今日は早めに休みましょう。ミーアさんが寝るまで傍にいますから」
「私、どうしちゃったのかな……自分の体なのに、固定されたみたいに動かなくなっちゃって……あの魔方陣はなに……?」
私の問いにイザベラさんは答えることなく、ただ抱きしめてくれた。




