湖にて
――この間、私の身に起こった不可思議現象はなんだったのかな?
私は寮の玄関前に佇みながら、ぼんやりと考えていた。
今日はシオン君と約束していたお花見当日。
私は手作りのお弁当が入った籠と飲み物等を持ちながら寮の前で彼を待っている。
二人で外出するのに緊張してしまい待ち合わせの時間よりもかなり早く出てきてしまった。
「あれから何事もなく落ち着いたけど……」
イザベラさんの詠唱によって沈められたので何があったのか尋ねてみたら、彼女から出た答えはよくわからないということだった。
シオン君もイザベラさんから聞いたようで、授業などで少し疲れた時でもすぐに休むように言われてしまう。
イザベラさんは事前に約束していたとおり、カルド達と三人でパフェを食べに外出中。
王都の最高級店のパフェを奢って貰うんです! と、上機嫌で寮から出発した。
カルドの財布がちょっと心配になってしまったけど、大国の王子なのでいらぬ心配なのかもしれない。
「ミーア」
私の名を呼ぶ声が前方から聞こえてきたので、俯き加減だった顔を上げれば、待ち人であるシオン君の姿が。
どうやら馬を借りて来たようで、馬を引いて私の方へと向かって歩いて来ている。
いつもの見慣れた制服と違い、今日は休日のため私服だから新鮮。
貴重なシオン君の私服姿に、私は見惚れてしまいそうになる。
「待たせてすまない」
「ううん。私が早く出て来ちゃったから。今日は馬で行くの?」
「そうだ。ちょっと遠いから借りてきた」
シオンはそう言いながら、私の足先から頭の先まで視線を流すように動かす。
「珍しいな、そういう恰好。可愛いよ」
「……あ、ありがとう。なんか恥ずかしいかも」
今日はシオン君と外出するから早朝から気合を入れ、一張羅のワンピースを引っ張り出してきたのだ。
レモンイエローの生地で作られたAラインのワンピースでウエストの高い位置で切り替えされリボンで絞られている。
襟元は白の丸襟で、袖口も白い生地で作られゴールドの飾りボタンが付けられていた。
髪はいつもそのまま下ろしているけど、今日は花の飾りで留めている。
「行こうか」
「うん」
私はシオン君から馬に乗せて貰い、二人で目的地である湖へと向かうことに。
湖は王都の郊外にあるため、馬で二十分ほどの距離にあった。
湖へと通じる入り口へ到着すると臨時の馬車を預かってくれるスペースがあり、乗って来た馬を預けて私達は向かう事に。
左右を木々に囲まれているぽっかりと開いた通路を二人で歩いていく。
結構距離があるのかな? と思ったけれども、ちょっと歩けば湖に到着することができた。
開け切った先には、日の光を浴びてきらきらと輝く湖が。
「大きい!」
肝心の花はどこだろうと思ってきょろきょろと辺りを見回せば、木々の間に花が咲いているのを発見。
屈み込んで花を見ている人達や絵を描いている人の姿が窺え、それぞれお花見を楽しんでいるようだ。
「ミーア。ボートもあるみたいだよ。後で乗ってみる?」
「えっ!?」
私は振り返って湖の方へ向ければ、シオン君の言うとおり湖にボートが浮かんでいた。楽しそうにボートをオールで漕いでいる人から、ボートの上で静かに本を読んでいる人まで楽しみ方はそれぞれみたい。
「乗ってみる?」
「うん、乗りたい!」
私が答えれば、シオンが喉で笑う。
「弁当食べてから乗ろうか。早くミーアの作った弁当を食べたい」
シオン君はそう言うと、私へと手を伸ばすと絡めるよう触れて繋いだ。
あまりにも突然の出来事に、私は顔が熱くなるのを感じる。
ちらりとシオン君の様子を窺えば、いつも通りだったから意識しているのは私だけなのかもしれない。
――過剰反応するのは、私だけかぁ。なんか、ちょっと悲しいかも。
じっとシオン君を見ていたら、「どうかした?」と尋ねられたので首を左右に振った。
私とシオン君はちょうど見晴らしが良いところを見つけ、厚手の布を敷いて座ることに。
周りには私達と同じよう布を広げてお弁当を食べたり、寝転がって寛いでいる人達の姿が。
籠からお弁当を取り出して蓋を開ければ、今までで一番上手に作れた! と自信満々に言えるお弁当が窺えた。
私が持ってきたのは、竹を編んで作られたお弁当箱。
空気の通りが良いため、丸いパンに野菜と焼いたお肉を挟んだものや、私の祖国でよく食べられているおかずなどが詰められている。
「美味しそうだな」
「ありがとう。あっ、おしぼりと水筒も持ってきたんだ」
私は籠からおしぼりを取り出してシオン君へと渡し、布で包んでおいたフォークや水筒も取り出した。
「味見して大丈夫だったけど、どうかな……?」
シオン君が食べるのを私はどきどきと緊張しながら見詰めれば、彼が口角を上げて微笑んだ。
「美味しいよ。ミーアは料理が上手だな」
「良かった……」
ほっと安堵の息を零す。
イザベラさんや寮の友達に味見を頼んで太鼓判を押して貰ったけど、やっぱりシオン君の感想を聞くまでは不安だった。
「ミーアは実家では料理をよく作っていたのか?」
「うん、うちは大家族だから」
「そうか。だから料理を作るのに慣れているんだな」
シオン君が美味しそうに食べているのを見て、私は目を大きく見開いてしまう。
いつもクールなシオン君だけれども、時々感情が表に出る瞬間がある。
一度だけ本人に指摘したことがあったんだけれども、自覚が無いらしくすごく驚かれた。
「ミーア。俺、欲しいものがあるんだけれども、買ってもいい?」
「欲しいものなら買った方が良いんじゃないかな。予算次第だけど。珍しいね、シオン君が欲しいものがあるって」
「ミーアといると欲しいものがいっぱい出てくるんだ」
どういう意味だろうか? と、私は首を傾げた。
「じゃあ、買ってみようかな。欲しいし」
「うん。買ったら教えてね」
「勿論」
その後、私とシオン君はおしゃべりをしながらゆっくりお弁当を食べた。
お腹が膨らむと襲ってくるのは睡魔。
どうしてこんな肝心な時でも眠気って襲ってくるのだろうか? せっかく隣にシオン君がいるのに。
時間が勿体ないと思っているけど、私の意識が夢の世界に引っ張られてしまう。
「眠いのか?」
「……大丈夫」
船をこいでいるとシオン君に声を掛けられてしまい、私は弾かれたように彼へと顔を向ける。
「無理せず眠れ。膝を貸すから」
「えっ!?」
シオン君の申し出に対して、私は裏がった声が漏れてしまう。
まさか、彼の口からそんな台詞が出てくるなんて予想もしていなかったから。
「眠いんだろ?」
「うん。でも、シオン君が眠くないのに、私だけ眠っちゃったら……」
「構わない。こうしてゆっくりするのは久しぶりだからな」
迷ったが少しだけ睡眠を取れば眠気も冷めるだろうと判断し、私はシオン君の言葉に甘え彼の膝を借りる事に。
シオン君が羽織っていた上着を畳むと自分の膝の上に乗せてくれた。
「ありがとう」
私はゆっくりと体を横にすると、シオン君の膝を枕にする。
「固くないか?」
「ちょうど良いよ」
私が瞳を閉じれば、髪を優しく梳くように頭を撫でられてしまう。
シオン君は良く私の頭を撫でてくれるけど、頭を撫でるのが好きなのだろうか。
彼の大きな手が心地よくて、私はあっという間に夢の世界へと足を踏み入れた。




