第八話
「生きとし生けるものすべてを祝福する、我らの主様」
メアリーがミュンヘルの手を引っ張って村の中を駆ける。人間たちの姿が次々とレトンの姿に変わっていく。
逃げ道を塞ぐレトンを薙ぐが、彼の姿は減らない。気がつけば、村民よりも多くのレトンが場を支配していた。
救いは、一体一体がそこまで強くないことだ。
「有限にしがみつく憐れな子羊をお救いください」
空はいつの間にか赤く染まっていた。血の臭いに思わず顔が歪む。
「我らの悦びを彼の者に分け与え、一緒に世界を分かち合おうではありませんか」
左腕を掴まれて、蹴り飛ばした。数秒後、レトンの体が爆発する。巻き込まれれば、メアリーの肉体は吹き飛んでいただろう。
「すべての者たちに主様の御慈悲をください。わたくしめが必ず、導いてみせます」
レトンの波を掻き分けて、村の入り口についた。門を潜ると──
「……甘美を」
祈りを捧げるレトンが目の前にいた。……気づけば、二人は村の中心に戻されている。
「おや、お二人さん。急いでどこへ行かれるのですか? ゆっくりしていけばいいではないですか?」
レトンの顔は崩れてしまってわからない。それでもこちらを嘲笑っていることだけはわかる。
「レトンてめぇ! ここから俺たちをだしやがれ!」
「なんでだいミュンヘル?」
「俺たちは望んでないからだよ!」
ミュンヘルの怒りの声を、メアリーが制止する。悔しげにこちらを見る彼に、首を振った。
「奴に何を言っても無駄」
そのことを現すかのように、レトンは頭を掻きむしり続けている。
鋭い爪で頭皮は剥がれ、血が噴き出していた。
「何故ですか!? 何故分かってくれないのですか!?
主様の素晴らしさを!?
こんなにも素晴らしき世の中を作ってくださるというのに!
どうして!
……そうだ、祝福をもっと与えなければ!
奇跡をもっと与えなければ!
主様の素晴らしさを魅せなければ!
もっとわかりやすく、もっと甘美に!
そう、甘美に!!」
「……完全に狂ってやがる」
レトンの豹変ぶりに、ミュンヘルは後退りをする。
メアリーはその中でも冷静に周囲を見る。
村全体が吸血鬼? 確かにあり得るだろう。しかし、空間そのものが吸血鬼なのは現象としてあり得ない。
ましてや、レトンが演じている永遠ならまだしも、この村から出られない永遠などない。
メアリーは剣を構えて、地面に突き刺した。村にいるレトンを、まとめて串刺しにする。
しかし、すぐに建物の中から湧いて出てくる。
「何故わからないのですか!? 永遠を生きる悦びを!?」
レトンの意味のない叫びを無視して、ミュンヘルを見やる。
「……ミュンヘルに頼みたいことがある」
「なんだよこんな時に?」
「レトンがよく出入りしてた場所とかある?」
考え、彼は思いついたように口を開く。
「小さな教会だな。村の奥にある」
「じゃあ、そこに向かってくれる? 私はできる限り奴を引きつける」
「……つっても、俺はあんまり強い吸血鬼と戦えないぞ?」
再び増えるレトンに向かって、メアリーは一閃する。
「大丈夫一体一体はそれほど強くない。私が数を減らすからミュンヘルは行って」
「……分かった無茶をするなよ?」
走り出すミュンヘル。その彼の背中を追うように、レトンが数名ついていく。
剣を出し、貫く。行かせない。メアリーは立ちふさがった。
「あなたも永遠を授かった身でしょう!? 何故、邪魔をするのです!?」
「そんな自分勝手な永遠はいらないからよ!」
メアリーは再び、剣を展開した。
※※※※※※※※※※
ミュンヘルは走る。途中で現れたレトンには、特製の聖水をぶっかけた。
メアリーの読み通り、一体一体は強くない。ミュンヘルだけでも倒すことはできる。しかし、それが大量に襲ってくるとなると、また話は違ってくるだろう。
今は足を止めないことだ。レトンへ言いたいことはたくさんある。しかし、そんなことは後回しだ。
「くっ……!」
爆風に巻き込まれて、右腕を負傷する。己はメアリーと違って再生することはできない。
もしどこか一部でも身体が欠損すれば……。考えただけでも恐ろしい。
「あった、あれだ」
小さな教会だった。十字架が掲げられ、普段の祈りの場として使われる。
両開きのドアに手を置いて力を込めた。
錆びた音を響かせながら開いていく。広がる木の講堂は、異様なほど静かだった。普段は村人が祈りを捧げている場所だろう。
「……なんだよこれ」
広がる光景に思わず絶句した。
普段女神の像が置かれている部分には、鼻をつく鉄臭さとともに、肉塊が張り付いていた。それは、心臓の鼓動のように動いている。
その中で顔のようなものがついていた。侵入者を感知するとゆっくりと目を開く。
顔の作りは──レトンだった。




