第七話
一日が経った。メアリーが警戒していたことは起こらず、呆気なく次の日を迎えることができた。
窓の縁に腰掛けて、外の様子を眺める。ノックが鳴る。彼女は返事をしなかった。
ミュンヘルが欠伸しながら、寝癖のついた頭を掻いている。そんな格好で部屋に入ってきたものだから、呆れてため息をついた。
「寝てたの? あんた」
「夜ぐっすり寝ないと仕事に集中できないんだ」
「……敵地でよく寝れるわね。お風呂も入ろうとしてたし」
「当たり前だろ! 入浴は疲れを癒やすために必要だ!」
彼の主張に、肩をすくめた。
「私には危険が潜んでいる場所で丸腰になるほうが理解できないわ」
「はん、言ってろ! そのうち臭いって言われるのがオチだ」
「吸血鬼は普通に体臭ないわよ」
なにそれずりぃ! と言いながらベッドに腰掛けてくる。無遠慮な彼の行動に、メアリーの眉がピクリと動いた。
続けてまたノックが鳴る。今度は黙っていると入ってこなかった。少し遅れて返事をする。
「……おられましたか。返事がないのでてっきり」
「レトン、こいつは無愛想なんだよ。遠慮しないで良いぞ?」
「ミュンヘル……。君がそんなんだから、彼女も冷たくなるんじゃないのか?」
言い合いをしている二人をよそに、広場に目を移す。
子どもたちが、枝を持って走り回っている。
木こりの男性がくしゃみを二回する。
「老人が欠伸を一回……」
メアリーの宣言通り、老人が大きな欠伸を始める。
「黄色い服の子どもが転倒」
これまたメアリーの宣言通り、黄色い服の子どもが転倒する。
「ミュンヘル! そいつから離れて!」
「あ……?」
「おや? なんでバレたんですか?」
轟音──爆発が鳴った。メアリーらミュンヘルを庇うようにして、窓から飛び出した。彼女の左脚が吹き飛んだ。
あれだけの音が鳴ったのに、“村は日常を象り続けている”。
「なんでだ……なんでだよ!」
床に手をついたミュンヘルは嘆きの声を上げている。メアリーは左脚を再生させながら、敵──レトンを見やる。
彼は、爆炎の奥からゆっくりと姿を現す。
眼鏡を中指で押し上げ、緑の髪をかき上げる。優しい笑顔のまま、歪に曲がっている。
「レトン! お前は吸血鬼を憎んでいたんじゃないのか!?」
「憎んでいた? それは少し違うね」
ミュンヘルの問いに、彼は冷静に答える。
「僕はすぐに散ってしまう人間の命を悲しんでいたんだ。しかし、主様がそれを叶えてくださった」
「……また主様」
メアリーの呆れる声。それに合わせて視線を向けてくる。
「それにしてもメアリーさん。君は美しいね? 欠損してもすぐに元通りとは……ここまで完璧な吸血鬼はそうそういないよ」
「……それはどうも」
「あぁ、願うことなら君を僕のコレクションに加えたい!」
陶酔したように肩を抱き、レトンは気味の悪いことを言う。そんな彼の周りに剣を形成した。
「主様のこと話す気はある?」
「おやおや、これは乱暴だ」
「ないのね。じゃぁ、散れ」
メアリーが拳を握ると、剣はすべてレトンを貫いた。
仰向けに倒れた彼を見やる。顔は笑顔のまま死んでいた。
「……倒したのか?」
「みたいね」
その言葉を聞いて、ミュンヘルが地面を叩く。
「なんでだよ、レトン!」
彼の奥歯が鳴っていた。それをただ彼女は見やる。
しゃがみ込み、ミュンヘルと視線を合わせた。
「知ってる? 吸血鬼になった瞬間って甘美なの」
「……何の話だ?」
「自分に意味を与えられた。この人のために生きる。そういう幸福感に包まれるの。でも、多くの人は知らない……それが、永遠に続く地獄だということを」
メアリーもかつては蝕まれていた。しかし、あるとき気づいたのだ。この化け物の姿は、本当に自分が望んだものなのか。
「吸血鬼にとって主──祖は絶対になる。心の奥底に根付く本能と同じでね。それがどんな誠実な人でも──あなたでも止められない」
「……でも、お前は違うだろ?」
「私は……本能より憎しみが勝っていたから」
昔を懐かしむようにため息をつく。瞬間、ミュンヘルの背後にいつの間にか木こりの男性が立っていた。
「あぁ、あぁ、主様! この、憐れな者どもに永遠の美しさを!」
ミュンヘルを引っ張る。斧が地面に突き刺さった。
「なんでっ! 吸血鬼は倒したはず!?」
メアリーの問いに、男性は骨が折れるような歪な音を発し続ける。
「なんでと申しましても──」
その姿はあっという間にレトンへと変貌した。
「──僕がその吸血鬼ですので」
どいつもこいつも死なない奴ばかりだ。メアリーは忌々しそうに、歯を噛み締めた。




