第十七話 異変
真夜は朱音と渚、そして雫と共に修行場へと赴いた。
「へぇっ。話には聞いていたけど、こんな所なんだね」
「そうじゃな。我もつい先日、初めて話は聞いたが実に興味深いのじゃ」
雫も潤も興味深そうに呟く。雫はともかく潤も知らないところを見ると、初代の時代に作られた物では無いようだ。
「体験した身としては、かなり厄介よ。自分自身が敵とはよく言った物だけど、その場で自分を超えないと駄目だし」
「それに霊器使いで霊器に頼った戦い方であればあるほど、より厳しい戦いを強いられます。私も朱音さんも一筋縄ではいきませんでした」
朱音も渚も昨日は敗北している。一日おいて、何が変わる物でも無いだろうが、それでも挑戦し続けることで見えてくることもあれば、戦いの中で強く成長できる可能性もなくはない。
「なるほどな。俺だと初代の試練よりもこっちの方が難しいだろうな。けど面白そうではあるな」
真夜も折を見て挑戦しようと考えていた。十二星霊符の無い状態で、しかも相手がそのすべてを十全に使う。
逆に今まで自分が見えていなかった事や、考えていなかった使い方を相手がする可能性もある。
どう対処するのか、あるいは敵がそれをしてきた場合、どう対処すれば良いのかなど参考になることは多いだろう。
「真夜も後でしてみれば? 真夜がどう戦うか興味はあるし」
「ですが、先に私達の方を優先させてくださいね。彼女とも話をしたので」
「そうそう。誰が先にこの試練を達成するか勝負って話になったの。主に潤の方だけど」
朱音の言葉を聞き、真夜は潤もとい雫の方を見る。雫はバツが悪そうにしているが、唐突に潤が表に出てきた。
「いやなんじゃ。この試練じゃと皆条件はおなじであろう? 我も挑戦したくてのう」
「それがなんで競争になるんだ?」
「自分との戦いとはいえ、他にも張り合いが出る方がよいじゃろ? もし我が一番に達成したら、お願いを聞いてもらうと約束してのう。もちろん、朱音や渚の方が先に達成したら我もできる限りの頼みを聞くと言っておる」
「ちなみに何をお願いするつもりなんだ?」
真夜は何となく嫌な予感がしたので、念のため確認することにした。
「なに。これから京極家の再興も含めて、真夜に定期的に連絡したり、協力や手合わせを願う事を許して欲しいという話じゃ」
潤曰く、今後の京極家の事も含めて真夜とは協力関係を続けたり、相談に乗ったり手合わせをしたいと言う旨を朱音達に伝えたそうだ。婚約者がいるのに、女と定期的に連絡したり手合わせと称して頻繁に会うのは不味いと思ったのか、潤は二人から許可をもらうように交渉した。
最初から何もない状況でこの提案をしても、朱音も渚も簡単に首を縦には振らないだろう。
しかし勝負して勝てばと言う条件にすれば、受け入れるハードルは幾ばくか下がる。それに潤の提案もそこまで無茶な物でもないのだ。だから二人の対抗意識を燃やしてやれば乗ってくると踏んでいた。
「そこはまずは俺の許可を取るところだろ?」
「まあのう。ただその場合、お父上殿に倣い真夜を雇ってもいいじゃろうし」
「言っとくが、俺はそこまで自分を安売りするつもりはないぞ」
右京の時は例外中の例外であり、真夜としては面倒ごとがもれなく付いてくるような依頼を頻繁に受けるつもりはなかった。
そもそも今の真夜を個人が雇おうと思えば、どんな依頼であれ朝陽など六家の当主を雇うよりも高く付くであろう。なにせ戦闘力だけでなく、それよりも貴重な結界や治癒などの補助系の力量が破格なのだから。
「ではそれも含めてこの二人より先に試練を達成したら、そこも考慮して欲しいのじゃ」
「返答に困る事を言うんじゃねえよ」
真夜も協力するのは吝かではないが、朱音や渚の機嫌を損ねてまですることではない。
二人のやりとりを眺めながら、渚は潤の思惑に気付いていた。
相手の要求を一度でも許せばさらなる要求をしてくるのでは無いかという懸念もある。だが渚は敢えてこの勝負に乗った。
(思惑は色々とあるでしょうが、現時点での要求はまだ許容範囲ですし、私か朱音さんが先に達成してしまえばいい。それに京極家の事もあるので、安易に拒否もできませんしね)
京極家の事を持ち出されれば、渚も無碍にはできない。真夜に対しても手合わせや連絡に関しても自分や朱音が目を光らせていれば、下手なことは出来ないだろうと思うし、何かをしようとすれば、それ以上は許可していないと言うことも出来る。
(なーんか雫って子はともかく、潤って子はちょっと厄介そうなのよね。真夜に執着してそうな気もするし)
朱音も雫よりも潤の方を警戒していた。渚ほどではないが、朱音も勘で潤が何か良からぬ事を考えている事は薄々気がついている。
ただ直接何かをしてこない限りは、こちらも牽制するだけ表だって行動するつもりはない。
(それにあたしか渚が先に達成して、こっちが向こうに何かを言う権利を得ちゃえば良いしね)
向こうから条件を出してきたのだから、こちらも条件を出せば良い。最初から拒絶する事も出来るが、今のところそれは最終手段と考えている。
昨日は余裕がなかったが、今日は朱音も心に余裕がある。真夜に愛されているという自覚もあるし、浮気もしないとわかっているので不安も無い。
そもそも朱音は正面からぶつかるタイプであるので、潤が真夜に対してちょっかいかけてくるなら、潤に宣言したとおり燃やすつもりで相対するだけである。
「まあ二人が納得してるなら勝負すればいいけど、お前の提案に乗るかどうかはまた別問題だ。ちなみに俺は二人を応援するし、二人が勝つって信じてる」
星守での交流会でのように朱音と渚のどちらかならば気軽に応援できなかったが、この場合は雫と潤なので朱音と渚の方を応援する。
「それで構わぬ。では我から先にさせてもらうのじゃ」
「今日は雫からじゃないんだな」
「うむ。この試練は我も初めてじゃからな」
潤も覚醒してまだまだ勘が鈍っているのと、雫の肉体を完全に制御し切れていない状態だった。だからこそ自分自身という相手で錆落としに近いことをしたかった。
「昨日は雫に譲ったから、今日は我からじゃ。まあ見ておれ」
意気揚々と潤は中央へと向かっていくと、霊器を顕現し、台座に乗せると両手を添える。
「っ!? ぐぅっ!?」
「潤!?」
だが潤が手をかざした瞬間、身体から霊力が台座に取り込まれただけではなかった。潤の意識までもが、台座に引き寄せられたのだ。思わず雫が声を上げる。
台座が沈み、五芒星が光り輝くがピシリピシリと地面がひび割れていくと、雫の前に光が収束していく。
だが昨日の朱音や渚とは違い、人の形になったそれは雫や潤とうり二つの姿では無かった。雫に似ているが別人であり、光り輝いてもいなかった。まるで別の誰かがそこに現れたようだった。
「な、何が起こったの!? 昨日はあんな事はなかったわよ!? それにあれは誰よ!?」
「わかりません! それにこの霊力! 雫さんの霊力の半分とはとても思えない力を感じます!」
朱音も渚も突然の事に声を上げる。自分達が試練を行った時は、こんな事は起きなかったのに。雫はと言うと、苦しそうに息を荒げ、片膝を地面についている。
「う、潤!? 潤!? 大丈夫!? どうしたの!?」
雫が自らの中の潤に話しかけるが、どうやら何も反応をしないようだ。雫達の反応を余所に、現れた謎の人物は霊器を手に取るとおもむろに霊力を放出した。
「くうっ!?」
霊力の放出で、雫は吹き飛ばされ陣の外へとはじき出され、真夜は咄嗟に彼女を受け止める。
「おい、大丈夫か?」
「う、うん。ありがとう。でも潤が……」
「お前の中にいるのは間違いなんだな?」
「う、うん。潤がいることは間違いないんだけど……。まるで眠ってるみたいなんだけど、今までこんなことなかった」
「まったくどうなってるんだ?」
真夜も突然の事に驚きを隠せない。まさか自分がまた厄介ごとを引き寄せたのかと思ってしまう。
謎の人物はこちらを一瞥するとどこか敵視するような視線を向けてきた。
朱音も渚も霊器を展開して臨戦態勢を取る。どうにも潤と思われる相手の様子が尋常では無いからだ。
「昨日も聞いたが、誰だお前?」
「我か? 我は潤。京極潤じゃ。お主らか。我が一族に仇なす敵というのは。いや、それにしてもここはどこじゃ? 我は先ほどまで屋敷にいたはずじゃが……。いや、賊を討伐に出ていたのか?」
会話を試みた真夜だが、返ってきた返答はかみ合わない物だった。まるで記憶が混乱しているようだった。さらに彼女は頭痛を抑えるかのように、頭に手を添える。
「ぐうっ……。敵は倒す。そこの娘も……お主らも敵じゃな? 敵は倒すだけじゃ」
まるで何かに操られるかのように、潤はブツブツと呟いている。霊器を構え、雫を見据え真夜や朱音、渚にまで敵意を向けてくる。
「ちょっと待ちなさいよ! 何訳のわからないこと言ってんの!?」
「記憶の混乱もあるようですが、写し身が取る敵対行動にも似ています! もしかすれば霊力と一緒に人格まで取り込まれたのでは!?」
「そんな事あり得るの!?」
渚の予想に朱音がそんな事があり得るのかと叫ぶが、真夜は冷静にその可能性を考える。
(あの六道幻那の呪いが切っ掛けで高位の退魔師の前世の記憶の覚醒だけじゃなく、前世の人格まで発生した事を考えりゃ、この理論も何も不明な陣で訳のわからない現象が起こっても不思議じゃないのかもしれないが。潤は雫の中にいるって事だが……)
何が影響してこんな事になったのか判断が付かないが、今の潤は記憶の混乱も見えるし、雫や真夜達を敵と認識している節がある。
(あいつを倒せば潤が元に戻るのかも不明だが、このまま何もしないって訳にもいかないか)
放置して逃げるわけにもいかず、さりとて潤を元の雫の身体に戻す方法もわからない。それでも敵対するなら、対応するしか無い。
「仕方が無い。俺がやる。三人は後ろで待機していてくれ」
雫が外の陣にはじき出されても相手が消えない。本来は起動させた術者以外が入れば、術式が消える仕様のようだが、今回は例外のようで真夜が陣の中に足を踏み入れても術式が消えることは無い。。
「し、真夜。潤は……」
「まあ何とかするさ。どの道、相手を倒さなきゃどうにもならんだろ。それともこの陣を徹底的に破壊すりゃ止まるのかもわからねえしな。それにこの中じゃ俺が一番の適任だ」
真夜の実力からすれば、潤の写し身ならば余裕で対処できる。
「気をつけて真夜」
「自分達の身は自分で守ります。最悪は私達も援護に回ります」
朱音も渚も警戒はしつつ、どこか楽観視している。
「ほう。我とやり合うか……じゃが残念ながら、我の方が不利か」
「それがわかってんなら、大人しくしててくれ。こっちも状況がよくわかってないから、出来れば穏便に事を進めたい。あんたが敵対行動をやめてくれれば、それで済むんだけどな」
「くくく。それは出来ぬ相談じゃ。我ら一族に仇なす輩の頼みを聞くわけにはいかぬ」
(こりゃ、前世の人格がそのまま写し身に宿った感じか? 記憶も当時の状態か。これも右京さんはわかってたのか?)
また一つ、ここにいない右京に文句を言う理由が出来た。ただ今はそれよりも潤の方だ。真夜は意識を切り替え、完全に戦闘モードに入る。相手もそれを明確に感じ取ったようだ。
「まさか強敵とはな! ならば我も全力を出させてもらう! 来い! 我が式神達! 式神召喚!!」
潤が左手を頭上に掲げると彼女の頭上に三枚の式符が出現した。それはこの場に持ち込んでいないはずの、三体の式神の符だ。
カッと光り輝くと三体の式神達が姿を現した。潤の変化に引きずられるように、その瞳は黒く濁っている。
しかもその力は昨日、潤が封印して制限されていたが今はその枷が取り外されていた。三体は真夜達を睨み付け威嚇している。
「ったく。昨日の今日でこうなったのは、俺にとっても潤に取っても不運だよな。ただまあ……」
真夜は霊力を解放すると分体のルフを呼び出す。
「こっちも色々とストレスも溜まってるし、少し暴れたい気分だったから丁度いいか」
それに真夜もここ数日色々とあって鬱憤も堪っている。朱音や渚に経験を積ませる事も考えたが、流石に超級三体では万が一もあり得る。
だからルフを召喚しつつ、真夜も全力を出す。弱体化終了後初の、模擬戦とは違う実戦での全力戦闘。十二星霊符をすべて展開し、五枚を結界の展開に回すと他の三枚は朱音達の防御に、残り四枚は真夜の援護に回す。
「時間をかける気も無い。速攻で終わらせるぞ!」
「Aaaaaaaaaa!!!」
真夜とルフが今、持てる全力を展開したのだった。
すいません。最近、仕事忙しいのとストレスとスランプ気味で、中々執筆や感想返信ができません。
読んでてこれ、面白いかなと悩む日々です。
感想返しはまたしばらくお待ちください。感想は本当に励みになります。
今後ともこの作品をよろしくお願いします。




