第十八話 激突
幼い頃の記憶は曖昧だ。両親は物心つく前には妖魔と言う化け物に殺されたらしく、顔も覚えていない。
ただ一つ、覚えているのはとても強いお爺さんに助けられ、一緒に暮らしていた事。
そこには彼に寄り添うように、犬と猿と雉がいた気がする。
そこまで長い時間では無かった。けど色々な事を教えてもらった。戦い方もだ。他にも死んだお爺さんのお婆さんに教えてもらったというきびだんごの作り方も。
しばらくしてお爺さんが死んだ。犬達もそれを追うかのように息を引き取った。
また一人になった。でもお爺さんと最後にした約束があった。
困っている人を助けなさい、と。
だから旅に出た。困ってる人を助けるために。そしていつの間にかどんどん人が集まり、いつしか妖魔を狩る大きな集団となった。
妖魔も、人々を苦しめる野盗も、その集団は等しく蹴散らした。
周囲に薦められるまま、その集団の長となり、その集団を存続させるために子孫繁栄を望まれた。
また有名になることで、当時の氏族から縁をと言うことで婿を迎えることになる。
それには同意した。拒否する理由も無かったから。後ろ盾を得れば、より多くの人を助けられる事に繋がるから。
そして一族の長として初代の名を名乗った。
ただどこか寂しさがあった。自分よりも弱い相手しか周囲にいないことが不満であった。信用に値する仲間はいたが、自分と同等な背を預けられる相手には最後まで出会うことは無かった。
戦場で誰かに頼られることはあっても、頼ることは一度も無かった。
だから思う。もし生まれ変わるならば、そんな男に会ってみたいと。
◆◆◆
真夜はまず先に厄介な三体の式神達を倒すことにした。
潤の状態がどうなっているのか不明点が多いこともあり、確実に対処する意味でも周囲の三体の式神達は邪魔だった。
雫が戦う所を観察はしていたが、その時は三体の式神達は全力では無かった。
だが今は違う。本来の主たる潤がいることで三体も全力で向かってくるだろう。その上、今回は潤もいる。彼女と三体が連携を取られれば厄介極まりない。
(ただまあ、こっちもルフがいるからな)
分体のため相手の式神一体と同格程度の力しか出せないルフだが、足止めや牽制程度は問題ない。
「Aaaaaaaaaaa!」
しかしルフは式神達に目もくれず、真っ先に潤へと向かった。戦力的な事だけで無く、潤の相手は真夜では無く自分が行う方が良いとの判断からだった。
「むっ! 式神風情が我を倒すと抜かすか!」
潤は霊器を構え、ルフを迎え撃つ。真夜では無くルフが相手と言うことで、潤は落胆と同時に少なくない怒りを覚えた。自らの強さに自信がある潤はルフが自分を倒すつもりで向かってきている事に気付いていたからだ。
いや、ルフからお前程度なら真夜が相手をするまでもないという気配さえ感じていた。
それは正しかった。ルフ自身、今の潤程度ならば分体の自分でも十分だと思っている。雫の霊力の大半で形作られ、かつての全盛期に近い肉体とそこに付与された経験があろうとも、今の潤は仮初めの存在でしか無い。
超級クラスと相対できるだけの力はあるだろう。分体のルフとて、油断すれば負けかねないだけの力はあるだろう。
だからこそルフは彼女との戦いを望む。ルフも真夜の成長を喜びつつ、このままではいけないと感じていた。
ルフは強い。分体のルフもだが本体が顕現すれば、敵となる存在はほとんどいない。
ただ皆無というわけではない。先日の龍もそうだ。真夜もどんどん強くなっている。
ルフ自身、朱音や渚と同じでこのままではいけないと感じていた。本体も強くなる必要があるが、世界の影響を考えれば、下手に本体を強化も出来ず、さらに本体が出られない状況も多くなるだろう。
ならば分体を強くするしかない。分体がどれだけ強くなるかわからないし、本体に届くとは思わない。
しかし何もしないという選択肢はルフにはなかった。本体の方も、可能な限り様々な可能性を模索している。
「Aaaaaaaaaa!」
まずは分体の強化。そのためには今の潤は打って付けに思えた。真夜や鞍馬天狗との戦いも良いが、偶には別の相手と戦うのも経験になる。真夜が式神達を無力化するまでの間、色々と試させてもらうつもりだった。
「小癪な! 我を舐めるな!」
霊力で作られた剣で攻撃を仕掛けてきたルフを潤はダブルセイバーで受け止めると、そのまま両者は激しく切り結んだ。幾度となく交差する刃。巨大なダブルセイバーを巧みに扱い、潤はルフを切り裂かんと果敢に攻め立てる。
潤はルフなどよりも真夜と戦いたかった。今まで出会ったことが無いほどの、強大な力を秘めた若者。その者に自らの全力をぶつけたかった。
それを邪魔する式神風情のルフに潤は苛立ちを感じていた。
そんな感情を読み取っているのか、ルフは相変わらずの微笑を浮かべながら、潤と攻防を繰り返す。
ルフはその細腕からは考えられないほどの力で正面から潤の攻撃を受け止め、押し返している。
「くっ!」
平面だけで無く、ルフは飛翔能力を駆使した立体的な動きで潤を翻弄する。速いだけで無く、緩急をつけての動きに潤は防戦に追い込まれていく。
「ぐるるるっぅぅぅぅっ!」
式神達は潤が防戦一方になったことで、援護に向かおうとした。
「悪いが、行かせる気はねえぞ」
真夜は残っている四枚の霊符をすべて使い、潤への援護には向かわせないと三体を一時的に閉じ込める結界を構築した。超級とは言え、この結界を破壊するのは至難の技である。
三体は焦る気持ちを抑えながら、それならば先に術者を倒すまでと真夜へと殺到する。
猿人は接近戦を仕掛け、怪鳥は空から牽制し、狼は周囲を高速で移動して飛びかかるタイミングを伺っている。
雫が戦った時よりもさらに苛烈な攻撃を仕掛けようとする三体。
すべての霊符を結界や朱音達の防御に回したことで、真夜の手元には一枚も残っていない。
本来であれば致命的であろう。真夜の得意とする霊術がほぼ使えなくなるのだから。
しかし不利な状況であろうとも、真夜は慌てない。それどころか余裕とばかりに不敵に笑う。
ルフと鞍馬天狗の二人と何度も戦った経験からすれば、この三体と言えども真夜にすれば彼女達以上の脅威にはなり得ない。
豪腕と恐ろしい咆哮を上げて飛びかかってくる猿人。一撃でもまともに受ければ、霊器使いでも防ぎきることは出来ないだろう。
ただ恐ろしい力でも、力任せの一撃だ。回避は難しくは無いし、今の真夜の霊力は異世界での全盛期にも匹敵するどころか上回っていた。
幻那との死闘で死の淵から生還したことや、朱音や渚との行為が真夜をさらに上の力を手に入れさせた。
人間かと思うほどの圧倒的な霊力が、真夜の身体から吹き荒れる。霊符を使わずとも超級クラスならば全力で防御すれば耐えられるほどの霊密度。
それは攻撃にも言えた。
「はぁぁぁぁっっ!!!」
真夜は自らの拳に霊力を集約し、猿人の拳にカウンターを叩き込む。
「ぐぎがぁぁぁぁっ!?」
悲痛な叫びと共に猿人の拳が吹き飛び、腕まで衝撃が走った。真夜は飛び上がると困惑する猿人の脳天に向けて手加減したかかと落としをたたき込み、そのまま地面へと沈めた。
さらに援護に向かわせないために展開していた霊符のうち、一枚を手元に引き戻すと猿人へと封印術を施して拘束する。
「オォォォォォォンン!!!」
巨狼が地面にまだ降りていない状態の真夜に向かい飛びかかり、巨大な顎と牙で真夜をかみ砕こうとした。同時に怪鳥も頭上より強襲し、その足の爪で真夜を引き裂こうとする。
「「!!!??」」
しかし二体の牙や爪が真夜を引き裂くことは無かった。彼らの眼前に突如として霊符が出現し、攻撃を弾いたのだ。
真夜はまたしても結界の展開に使っていた霊符を手元に呼び戻し、一体につき一枚の霊符で完全に攻撃を防いだ。
霊符の操作性の向上と術式の展開と解除の高速化。真夜は力押しだけでは無い戦い方の模索を続けていた。霊符は見せ札でもあり、切り札でもある。
かつてならば一枚では超級の攻撃は防げなかったが、今の真夜は一枚でも超級の攻撃を余裕で防げる。
まさか攻撃が防がれるとは思っていなかったのか、動揺により二体に僅かな隙が出来た。
真夜はその隙を逃さず、怪鳥の両足を掴むとそのまま巨狼に向けてその巨体を全力で叩きつけた。
悲鳴にも似た鳴き声を上げながら、吹き飛ばされる二体を追いかけるように真夜は移動すると、追撃とばかりにその顔面に拳を叩き込むと、先ほどと同じように封印術をかけ拘束を行う。
三体の式神は決して弱くは無い。真昼や彰でも守護霊獣や式神達と連携したとしても勝つことは簡単では無い。
だが強くなった真夜はそれをいとも容易く成し遂げた。すべては守護者としての矜持と二度と大切な人を危険に晒さぬため、そして守るため。
三体を無力化した真夜はルフと潤の方に再び意識を向ける。
ルフが終始押している。このまま何事もなければルフが勝つだろう。ただ不測の事態も考えられるので、ルフには悪いが介入させてもらうつもりだった。すでに大勢は決した。他の結界を構築している霊符を戻し潤に対して拘束と封印術を施せば後はじっくりと対処すれば良い。
「隙を見て拘束を……」
早速行動に移そうと真夜が動こうとしたが、その前に状況が変化した。追い詰められた潤が切り札を切ったのだ。
「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン!」
それは不動明王の真言。本来であれば数秒かかるはずの詠唱。だが潤の口から語られた呪言は一秒にも満たなかった。
そして潤は霊器を頭上に掲げ、勢いよく地面へと突き刺した。
ドンッ!
霊力が物理的な衝撃を周囲へとまき散らす。霊器を中心に光り輝くと薄らとたたずむ何かが出現する。
「あれって不動明王!?」
思わずと言った様子で朱音が声を上げる。不動明王とは大日如来の化身とも言われる人々を災いや迷いから救う存在と言われている。
「ありえません! 不動明王を召喚するなど!」
「あれは不動明王そのものじゃないよ! あれは潤の術で、不動明王の力の一部を借り受けて顕現させてるんだ! 瞑想とかの時の護衛として顕現させる事もあるんだけど、今のあれは強大な妖魔を滅する為に使う術式だ!!」
渚もまさかと叫ぶが、その術の事を知る雫が彼女達の疑問に答えた。
潤が召喚したのは不動明王本体でもその分体でもなく、不動明王の力の一部を借り受け、それを具現化しているに過ぎない。雫が瞑想している時にもその傍らにあり守護していた術式であり、潤が前世において作り上げた秘術だった。
だがその力は凄まじい。不動明王の力の一部であろうとも、その力は強大であり、その力は超級クラス。数秒だけならば覇級すらも葬り去るだけの出力を出すことが出来る。
初代京極当主として、三体の式神だけではなくこのような新たな術を作ることで一族を守り発展させてきた。
この術も式神達と分断された時や、格上の覇級を倒すために使用する術だ。
彼女もまた傑物。仮初めとは言え、その力を侮ることは決して出来ない。
「我が秘術! 受けてみよ!」
ルフや真夜を手強しと見た潤は最強の切り札を使用した。不動明王が持つ剣から炎が噴き出す。後先を考えず、すべてを焼き尽くすための全力での解放だ。
正面からぶつかれば今のルフでは厳しいため、彼女はどう凌ごうかと思案する。
「悪いな、ルフ。俺が締めさせてもらうぞ」
そんな中、不動明王に対して真夜が躍り出る。潤が切り札を切ったなら、真夜も切り札を切るだけの話だ。
真夜の周囲に五枚の霊符が集結する。三枚は変わらず朱音達の防御、残り四枚は結界の維持に使う。
五枚の霊符が真夜の周囲を高速回転すると、真夜は右手を横に伸ばす。
それは真夜の最強の必殺技。防御術式ではなく、爆斎との戦いにも使用した攻撃系の術式。その完全版。
真夜は不動明王に対して、迷い無くその術式を選択した。
異世界から帰還してから、真夜は自らを鍛え肉体は全盛期に限りなく近づいた。今ならば放てるはずだし、反動も限りなく小さいはずだ。
今後、龍のような化け物と正面から戦うためにも、現状を正しく認識するためにも、また問題点を洗い出すためにも、今回は丁度良い機会だ。
不動明王は炎を纏った剣を振り上げながら、真夜へと向かい振り下ろす。極大の炎がすべてを燃やし尽くさんと襲いかかる。
火野一族の誰よりも、朱音はもちろん、赤司や紅也や爆斎、当主の焔をも圧倒する炎。
それを真夜は真っ正面から打ち向かう。あの時の爆斎の時のように。
右腕に集まった霊力が圧縮され、右手の拳に集まる。
―――降魔天墜―――
霊符が五芒星を描くと、右手の霊力はさらに増幅されて解き放たれる。その一撃は爆斎の時よりも、鵺を倒した時をも上回る威力を発揮する。
覇級をも完膚なきまで粉砕する最強の一撃が、剣に纏う炎共々不動明王を吹き飛ばす。
それだけに収まらず、その衝撃は後方に控えていた潤にも届く。
ただ潤は降魔天墜に目を奪われており、防御も回避も遅れてしまった。またその霊力の輝きは潤だけで無く、雫をも魅了していた。
降魔天墜はその威力の大部分を失いながらも、余波だけで彼女の霊力で構築されていた身体に影響を与えた。霊力の身体が揺らめき、潤の写し身が消えていく。
「潤!」
思わず雫が叫ぶが、すぐにその顔は安堵に変わった。写し身が消えると雫の中での潤の気配が強くなったからだ。心の中で呼び掛けると、潤も反応した。
「真夜! 大丈夫! 潤が元に戻ったよ!」
雫の言葉を聞き、真夜は安堵した。降魔天墜の威力が強すぎて、写し身まで消し飛んでしまったので、少し焦ったが何とかなったようだ。
(まあ結界で隔離してたし、万が一の時はルフの本体を呼ぶつもりだったが、うまく元に戻ってよかった)
これで解決だと思った真夜だが、不意にバキッという嫌な音が周囲に響いた。
真夜達が音のした方を見れば、洞窟内の陣が描かれた地面に亀裂が走っている。
バキッバキッバキッと音がさらに続くと、次第にゴォォォという音に変化していく。壁にも無数の亀裂が走り、天井からはパラパラと土や小石が降り始めた。
「ちょっちょっちょっ! こ、これってまさか!?」
朱音は顔を青ざめさせ声を張り上げた。真夜も嫌な予感に顔を引きつらせる。結界を展開していたので、周囲へは直接ダメージや衝撃は伝わっていないはずだ。
だが潤と言うエラーを取り込んだことで陣が不具合を起こし、そこへ真夜が潤の写し身を吹き飛ばしたことで、構築されていた霊力が行き場を無くし、術式を逆流しこの洞窟内へと衝撃を与えたことで、洞窟が崩壊を起こした。
ただでさえ何時出来たのかもわからず、これまで保全と維持は続けられていたが、経年劣化やこれまでの修行で蓄積されていたことで知らず知らずのうちに摩耗していたのだ。
「全員、急いでここから離れるぞ!」
真夜の言葉に全員が一目散に出口へと急いだ。そのしばらく後、洞窟は完全に崩壊したのだった。




