第十六話 同行
「いやぁー、本当に残念だったのじゃ。我の色仕掛けが通じぬとは。あそこで婚約者二人と遭遇せねば、もう少し意識させられたかもしれんのにのう」
「潤はいい加減にして。おとうはん、ほんとごめんなさい」
「ほんま勘弁してや。潤も雫も気ぃつけてや」
雫と潤から報告を聞いた右京はまた頭を抱えていた。朱音と渚が不機嫌な理由の原因の心当たりを尋ねたところ、潤が嬉々として色々と話したのだ。
不可抗力とは言え、下手をすれば真夜の不興を買いかねない。
絶対に敵対してはいけないと理解させられた相手の真夜の地雷を踏み抜きかねない事を、自分の娘と娘の前世の人格がしていたと知れば嘆きたくもなる。
対して潤はハプニングとは言え、あんな状況になったのなら、雫をけしかければもう少し意識してくれたのではないかと考えていた。
(まあ我も引き際や境界線を誤る気はないのじゃ。あそこで我が出て行けば、余計に拗れておったじゃろうしのう。女の嫉妬は怖いしねちっこいしの)
過去の経験から、女の嫉妬については嫌というほど潤は熟知していた。だから下手にあの場で潤が顔を出せば、面倒ごとになり真夜からの印象が急降下することはわかっていたので、敢えて出て行かなかった。
だがあの二人とは上手く関係を構築する必要があり、これからの真夜との協力関係を続けていくためにも、雫は朱音と渚にはきちんと挨拶をすべきだと考えた。
「明日、絶対にもう一回謝っといてや。僕も一緒に頭を下げるさかい」
潤の人格に対して、右京はどう接すればいいのか当初は困っていたが、娘のように接してくれと言われたので、できる限りそうするようにはしている。そんな潤は今までに無いほどに楽しそうである。
「おとうはん。私も明日、真夜だけじゃ無くてあの二人にも謝るよ」
「そうしなはれ」
雫は申し訳なさそうに右京に言う。そんな娘に苦笑しつつも、何とかうまくこの件も納めようと右京はどうしたものかと悩む。
「まあそこは我も上手くやるのじゃ。ああ、それと式神も手に入れたので、明日は別の修行場に行く予定じゃ」
「ちなみにどこへ?」
「あの二人が行っておる修行場じゃ。そこで我があの二人に勝負を挑むつもりじゃ。どちらが先に達成できるかとな」
何か考えがあるのだろうが、潤の言葉に右京はまた頭を抱えるのだった。
◆◆◆
「さあ、今日こそはあの試練を突破するわよ!」
「頑張りましょう、朱音さん」
一夜明け、朱音と渚は気合いを入れ直し気炎を上げる。昨日の疲れなど微塵も感じさせないどころか、肌つやが昨日よりも良いようだ。
「…………」
そんな二人の後ろで心なしか疲れた顔をしているのは真夜である。真夜の脳裏にはルフがむふふふと口元に手を当てて笑っている姿が浮かんでいる。色々な意味で大変な一日だった。
(二人の機嫌が直ったし、わかってくれたから良しとするか)
一晩の努力の末、二人の機嫌も直り、不安も消し飛んだので真夜はホッと胸をなで下ろしている。
(ただまあ、雫と潤の件はきちんとしとかないとな。渚との関係も考えれば、全くの他人って訳にもいかないし、関わらないようにしないのは潤の過去からしても無理だしな)
昨日のようにいきなり敵愾心は向けないだろうが、雫はともかく潤次第で二人がどう動くかがわからない。
潤も真夜との良好な協力関係を構築するためには、下手な事はしないと思いたいのだが。
「心配しなくても、あの子とは昨日みたいな対応はしないわよ」
そんな真夜の心情を察したのか朱音が声をかけた。
「私も同じです。従姉妹ですし、仲良くはしたいと思いますから」
渚も同じだった。異母兄姉との仲はあまりよろしくない上に、従姉妹とも不仲なのは健全とは言いがたい。
真夜にその気が無く、向こうが真夜に手を出さない限りは二人はそこまで目くじらを立てるつもりも無い。
「た・だ・し! 向こうが真夜にこれからも色目を使ってきたら、その限りじゃないからね!」
「婚約者がいる男性に手を出そうとする時点で問題ですからね。そこの所ははっきりとさせておきます」
二人の正論にその通りだなと同意する真夜。これ以上、修羅場は勘弁なので、真夜としても本当に何も起きないで欲しい。
「ところで真夜は今日はどうするの? あの子の試練は終わったんでしょ?」
「右京さんと相談だな。右京さんと話し合いはしないと駄目だが、京極関連のゴタゴタは昨日で一区切りついたと思う。もうやることがないなら、二人の試練に付き添いしようと思う。俺も興味があるからな」
清彦や清貴達、右京や雫と潤の問題も大半は解決した。これ以上、もう何もすることはないだろうし、今後のことは京極家の人間が決めることだ。
「じゃあ何も無かったらこっちに付き合ってね」
「真夜君が見ている前で不甲斐ない戦いは出来ないですからね。気合いもより入ります」
「わかった。じゃあまずは右京さんの所に行くか」
三人連れだって右京の所に出向くと、いきなり右京は昨日の今日で再び大きく頭を下げた。
「ほんま家の娘が迷惑をかけてかんにんや。迷惑料は上乗せするさかい」
「いえ、まあ右京さんが悪いわけでは無いので」
真夜もこれ以上文句を言うつもりも無いので、穏便に済ませようとする。
「本当に真夜も二人も昨日はごめんね」
雫も同じように頭を下げる。
「もういいわよ。あたし達も大人げなかったから」
「はい。従姉妹なのですし、水に流しましょう」
朱音も渚も真夜に言ったとおり、雫に敵愾心を向けないようにしていた。
「そう言って貰えると助かるわ。ほんで昨日のことなんやけど」
「うむ。ここからは我も参加させてもらうのじゃ」
と、突然口調の変わった雫に朱音と渚が驚いた顔を向ける。真夜もまさかいきなり二人に自分から告げるとは思っていなかったので、潤にどういうつもりかと疑問の視線を投げかける。
「二人とは初めましてじゃな。我は潤。真夜には告げたが雫の中にいる別人格じゃ」
潤は二人に京極家初代の生まれ変わりとは告げずに、ただ幻那の呪いの影響で最近生まれた別の人格と言うことだけを説明した。潤が表に出ている時も雫の人格は覚醒しており、記憶は共有していることやあくまで主人格は雫であると言うことなど、開示しても問題ない情報を話していく。
雫が京極家の当主を目指す都合上、京極家や他の六家にも近いうちに潤の存在も明かす必要があるので、先に二人にも存在を認知させようと考えた。
本心としては、潤もまだ真夜の事を諦め切れていないので、外堀から攻略できないか試す意味もあった。
(くくく、これでも京極家初代当主。自らの感情を隠して交渉したりするのは得意なのじゃ)
(潤! 下手な事はしないで! あの二人を怒らせたら不味いって! それに真夜も怒るだろ!?)
(案ずるでない。無理そうなら下手なことはせん。まあ我に任せておくのじゃ)
脳内で潤と雫が言い争いをしているが、それを潤はおくびにも出さないで朱音達に話しかける。
「我としては真夜もじゃが、二人とも仲良くしたいのでのう。こうして挨拶をさせてもらったのじゃ」
建前ではあるが、これも潤の本心であった。自身や雫には劣っていると感じるが、それでも前世においても上位に位置する実力を有しているであろう退魔師の二人に、潤も興味が湧いたようだ。
「えっ、えっ? 二重人格って事? それにしてはえらくしゃべり方が古風というか偉そうと言うか」
「多重人格は本人とはまったく違う人格が現れると言うので、おそらくその影響だと思います」
朱音も渚も潤の登場に驚いているようだ。ただ二人も雫とは違う雰囲気を纏っているのがわかっているので、潤の言葉を嘘とは思わなかった。
「まあ我の口調や古風なのは、色々な影響があるからじゃがあまり気にしてくれるな」
ケラケラと笑う潤に二人は面を喰らう。
「わかったわ。そこは気にしないようにするわ。ええと……」
「我の事は潤で良いのじゃ。京極では雫と区別をつけるのが難しいからのう」
「そう。じゃあ潤って呼ぶわね。ややこしいから、もう一人の人格の方も雫って呼ぶわ。あたしも朱音でいいから。ただし……真夜に色目を使ったりしたら燃やすから、そのつもりでいてね」
どこかドスの利いた声で朱音が言うと、潤も少しばかり引きつった顔をしている。実力では雫や潤の方が上なのだが、今の朱音にはそれを覆しかねない凄みがあった。
仲良くするとも昨日と同じ対応はしないとは言ったが、潤が何か真夜に対して良からぬことを考えているような気がしたので、改めて釘を刺したようだ。
「私も渚で構いません。星守さんではややこしいでしょうし。ですが、朱音さんと同じく真夜君に言い寄るのはやめてくださいね」
こちらも釘を刺している。渚も潤に何か感じているようで、牽制の意味もあるようだ。ただ渚も目がマジである。
二人とも雫や潤を拒絶する気はないし名前呼びを許しているが、どうにも壁があるように真夜は感じている。
潤の方も朱音や渚の感情の機微を察しているようで、わかっておるわかっておると返している。
その後ろでは右京が頭を抱えているし、真夜も色々な意味でヒヤヒヤしている。
「右京さん、先に話をしたいんですがいいですか?」
「ええよええよ」
真夜は右京と共に少し離れた場所へと移動する。雫、というか潤は朱音と渚と話をすると残った。
二人も潤や雫と話をしたいらしく、その事に同意した。本当に二人を怒らせないでくれよと心の中で
「ほんまごめんやで。雫と潤が面倒かけて」
「それはもういいですよ。で、これからの方針は?」
「今日一日、あと一日だけ付き合ってくれたら仕事は終いや」
右京はどこか疲れた顔をしながらも、真夜にそう告げた。右京曰く、雫と潤に関した件はおおよそ解決したとのことだし、京極家の問題も真夜のおかげで目処がたったそうだ。
昨日のうちに清彦とも話は終わっており、潤の前世の事は話していないそうだが、彼女の存在は明かしており他の三人の子供達も以前に比べて落ち着いて清彦との仲も前に進んだ。
弱体化させたとは言え、初代の式神達も確保した今、京極家も雫と潤の実力を認めるし、清彦と右京の口添えさえあれば、彼女が当主候補になるのは、老害がほとんど消えた京極家では反対意見も表だって出せない。
問題があったとすれば清貴達だったが、彼らも真夜のおかげで精神的に安定し落ち着いたことで、十分に話し合いが出来る状態であり、予め伝えていた式神を雫が使役していれば、彼らも素直に認めると右京にもきちんと話していたそうだ。
「君にはほんま感謝してんで」
それは右京の本心だった。星が動き先詠みで見た未来が変化の兆しを見せていた。今日さえ乗り切れば、右京が見た最悪の未来は回避される。真夜には右京も感謝してもしきれない。
報酬もかなり上乗せすると右京は伝えた。清彦も改めて真夜に色々とお礼をしたいらしく、渚と一緒に食事にでも誘いたいと言っていたという。
「それはよかったですね。俺も右京さんの期待に応えられたようで何よりです」
清彦の負担が随分と減ったことは真夜としても喜ばしい。渚と一緒に食事と言うのも悪くは無い。朱音には後で埋め合わせをしなければならないが、京極家の改善がなされたようで何よりだ。
右京もまだ完全に信用はできないが、やましいことを考えてはいないようなので今日さえ乗り切れば問題ないと真夜は考える。尤も最悪の事態を考え、朝陽や明乃には警戒を続けてもらうつもりではいたが。
「で、今日はどうすればいいんですか?」
「……あー、君にはほんまに悪いんやけど、雫っちゅうよりも、潤があの二人の試練に同行したいっていうてるんや」
右京の言葉に真夜はかなりしかめっ面をする。
「……で、右京さんは?」
「……僕はここで留守番や」
「…………」
「…………」
何とも言えない空気が二人の間に流れる。真夜は右京を恨めしそうに見つめ、右京はそっと視線を逸らした。
しばしの沈黙の後、真夜は大きなため息を吐いた。
「わかりました。今日で終わりなら何とかしますよ」
「ほんま、君には迷惑かけんで」
右京は深々と頭を下げる。もう本当に報酬をかなり上乗せしてもらいたい気分だ。
(本当に何も起こらないでくれよ。いや、起こっても良いけど俺が対処できる範囲にしてくれよ)
真夜はそんな事を願いつつ、重い足取りで再び三人の元へと戻っていくのだった。




