第十五話 最悪のタイミング
何事にもタイミングという物がある。それには最善のタイミングもあれば、最悪のタイミングもある。
真夜はまさに最悪のタイミングを今、迎えてしまった。
ピシリと何かが軋む音が実際に出たわけでも無いのに、真夜の脳裏に響いたような気がした。
真夜と雫が飛び出した出口の先には、ちょうど宿へと戻ろうとしていた渚と朱音の二人が通っていた道だった。
なぜここにとか。どうしてこのタイミングで二人に遭遇するのかとか色々と考えてしまう。
これは偶然なのか、それとも必然なのか。何かしらの因果や力が働いたのか、はたまた真夜の不幸体質が引き寄せたのかはわからないが、真夜の霊感が今までに無いほどに危険信号を発していた。
二人が真夜の登場に驚いていたが、その顔が次第に変わっていく。顔は笑っている。それはそれはもの凄い笑顔だ。
だが目が笑っていない。ハイライトが消え、据わった目をしている。渚はまだしも朱音までもが同じ目をしているのは、真夜にしてみれば恐怖でしか無い。
今の真夜の状況は、客観的に見ればどうだろうか。雫が倒れてきたので、抱きかかえる形である。所謂お姫様だっこの状態だ。
また雫の様子はどうか。真夜に抱きかかえられた状況で、顔を赤らめている。二人からすれば真夜に特別な感情を抱いているように見えるだろう。と言うよりも二人の女の勘が告げている。
『あっ、こいつ人の彼氏を意識している。それも女として』と。
また渚と朱音のタイミングの方も最悪と言えた。試練に失敗し、少なからず消沈していた上に真夜の事で不安になっていたところにこれである。
人間、肉体的や精神的に疲れていたり落ち込んでいる時は、普段なら何気ないちょっとした事や、気にしないで受け流せることでも敏感に反応したり、イライラしたりと感情的になりやすい。
自分の彼氏が二人からすれば見ず知らずの女を抱きかかえており、その相手は真夜に対して気があるような顔をしている。さらに雫は無意識に真夜の服を掴んでいた。もはや恋する乙女にしか見えない。
だから二人の機嫌が急降下したのも無理なからぬ事だ。
「真夜ぁっ~。これはどういうことなのかしら~? 随分その子と仲よさそうなんだけど、もちろんきちんと説明してくれるわよね~?」
底冷えするような朱音の猫なで声。いつものようにまくし立てるような感じでは無いのが、逆に真夜を焦らせ恐怖させる。実のところ、お姫様抱っこされたことのない朱音は雫の姿に嫉妬していたのだ。話を一切聞かずに真夜にまくし立て、怒りをぶつける気は朱音には無いが、さりとて平常心でもいられない。
「朱音さん。真夜君を責めては駄目ですよ。真夜君にも事情があるんですよ、きっと。ねえ、真夜君? そうですよね? ちなみに、その方はどなたですか? 私達にも紹介して頂きたいですね」
真夜を擁護するような渚の発言だが、こちらも声に圧が乗っている。目が本当に怖い。以前に星守に帰省する時に駅でチラリと見たあの時の目である。
渚は朱音と違い以前にお姫様抱っこされたことがあるが、朱音ならばともかく自分の知らない女がされていいるのを見れば、何かしらの事情があるとはわかっていても、感情のざわつきを抑えられない。
真夜自身、やましいことは決していないし下心も無いが、状況的に不味いことも理解している。逆の立場で想像してみれば、朱音や渚が真夜の見知らぬ男にお姫様抱っこをされているような状況だ。
想像してイライラしてしまったが、渚や朱音からすればまあそんな気持ちだろう。
幻那や機上での龍との戦いと同じか、それ以上のプレッシャーが真夜を襲う。
ダラダラと冷や汗が流れる。ここで対応をミスると、かなり不味いことになる。きちんと説明すれば、普段の二人ならばわかってくれると思うが、今の二人を見ているとそれも怪しく思えてしまう。
そもそも普通なら何の問題も無く無難な対応を行えるはずが、先ほどの潤の提案やアプローチの後では、自分が浮気をしてその現場を二人に見られたと思えてしまい、真夜自身いつものように振る舞えないことが、余計に二人に不信感を与えていた。
(落ち着け。別に浮気をしたわけでもないけりゃ、潤の提案を受け入れてもいないんだ。俺にやましいところは何一つ無い)
ふぅっと、真夜は一息吐くと呼吸を整える。普通に対応すれば良いだけだと自分に言い聞かせる。
「落ち着けって二人とも。こいつは今俺が護衛している京極雫。ちょうど初代の試練を終えて戻ってきた所だ」
「へぇ~。終わって疲れたからお姫様抱っこして帰ってきたの?」
「いや違うからそう睨むな。出口付近で雫が限界が来て、階段から落ちそうになったから抱き留めて、抱きかかえて出てきただけだ。他意は無いし、緊急事態だったから仕方なくだ。なあ、雫?」
「そ、そうだね。私の不手際のせいだ。ああ、紹介が遅れて済まない。私は京極雫と言うんだ」
「貴方が。申し遅れました。私は星守渚。以前は京極の名を名乗らせて頂いてましたが、今は星守の養子になっています。血縁上では従姉妹と言うことになりますね。ちなみに真夜君の婚約者です」
丁寧だがいつもの渚らしからぬ圧のこもった言葉で返す。特に真夜の婚約者という部分は特に強調しているようだった。
と言うよりも朱音と二人なので、中々一人で真夜に構ってもらえない事が多いのに、護衛の仕事をしていたとは言え、自分の知らないところで知らない女が真夜と二人きりになり、あまつさえお姫様抱っこまでされていたのでは、嫉妬心を抑える事が出来ないのも無理なからぬ事だ。
「……火野朱音よ。あたしも真夜の婚約者だから、そこのところ覚えておいて」
最初に出会った渚の時のように、相手を牽制する朱音。渚は認めたが、これ以上の女を真夜の側に近づけさせたくなかった。元々朱音も独占欲は強い方だ。
一緒に死線を乗り越えその心の強さを直に感じた事と、幼い頃に真夜に救われた共通の過去があった渚だから認めたのであって、ポッと出の新しい女を認める気は彼女にはさらさら無かった。
清貴達と雫のファーストコンタクトと同じで、朱音と渚とのファーストコンタクトも最悪の展開となったと真夜は思った。特にこちらは自らに火の粉がもろにかかるので、笑い事では無い。
「で、いつまでお姫様抱っこしてる? 真夜なら今すぐにでもその子を回復させられるでしょ?」
「お、おお。そうだな」
朱音の言うとおり、いつまでもお姫様抱っこを続けるわけにもいかない。早々に回復させ、雫を降ろす。雫はどこか名残惜しそうにしていたが。
「その、ごめん。真夜は確かに魅力的だけど、私も婚約者から取ろうとは思っていないから」
雫も朱音と渚が本気で怒っているのを感じたのか、真夜と少し距離を空けると二人に謝罪した。
「……まあいいわ。その謝罪は受け取っておくし、その言葉も信じるわ。でも真夜、あとでじっくりと話は聞かせてもらうからね♪」
「はい。ですが、その言葉を違えた時は私達も今ほど、冷静に対応できないと思いますので。それと真夜君、私も朱音さんと同じで詳しく話を聞かせてくださいね♪」
まだ疑いの視線を雫に向ける二人だが、彼女達も理不尽に怒りをまき散らすこともしない。それに真夜が浮気をしたとも思っていない。
ただ虫の居所があまり良くない時に、自分の恋人が他の女と仲良くしている所を見せられたのが腹立たしかっただけだ。
それはそれとして、あとでゆっくりと真夜に話は聞くと釘を刺すのも忘れない。
「う、うん。わかった。肝に銘じておくよ」
たじろぐ雫。彼女の方が強さ的には上だろうが、朱音と渚の圧はそれを上回るようだ。真夜も出来れば戦いたくない。と言うか、ここから彼女達の機嫌をどう直そうか考えなければならない。
「あ、ああ。あとでしっかりと話をするから。それで朱音も渚も今日はもう戻るんだよな? 試練の結果は……まあ二人の様子から何となくわかるから詳細は後で聞く。二人には悪いがこっちも依頼を優先させてくれ。右京さんに色々と話をしないといけないからな」
「ふーん。それ、あたし達もついていくわ。ああ、別に仕事の邪魔はしないわ。話してる間は、離れたところにいるから」
「私も久しぶりにお会いしたいので、ご一緒しますね。別に構いませんよね? 朱音さんと同じでお仕事が終わった後に会いますから」
と、言われては反論もしづらい。
「わかった。じゃあ行くか……」
真夜は右京に急ぎ連絡を入れてから、合流場所へと向かう事にする。ただその間、四人の間には気まずい空気が流れるのだった。
◆◆◆
「本当に悪かった」
右京と合流し雫を預けた後、真夜は試練の内容を手短に報告し、朱音と渚と共に宿へと戻って来ており、部屋で深々と頭を下げた。
真夜としては雫や潤の件で、右京に色々と聞きたいことや話し合いたいこともあったのだが、朱音や渚の件の方が割と切羽詰まった案件なので、明日また時間を設けてきちんと話し合う事を提案した。
右京も朱音と渚が一緒にいることや、雫への視線や漂う不穏な空気に何かしら感じたようで、今日はもうええよとあっさりと了承してくれた。
右京からすれば一番敵対したくない真夜が、明らかに動揺しているような雰囲気から、下手にとばっちりを受けたり、真夜が自分の方に矛先を向けたり、二人を誘導されては困ると考えたようだ。
あとの事は雫から聞いておくとして、右京は渚と少し話をした後に雫を連れてそそくさと宿へと戻っていった
宿に戻った真夜は誠心誠意もう一度二人に謝ると、雫とは本当に何も無いときっぱりと告げた。試練の内容や潤の件はまだ右京ときちんと話し合いをしておらず、承諾ももらっていないので二人には話せない。
「……はぁっ。もういいわよ。あたし達も本気で真夜が浮気してるなんて思ってないわよ」
「そうですよ。おそらくは真夜君のトラブルを引き寄せる体質が、今回の間の悪い展開を招いたと思っています」
「いや、渚。それもどうかと思うが?」
「実際にそうじゃない。それとも他に理由でもあるの?」
渚と朱音の言葉に真夜はぐうの音も出なかった。間の悪さは本当にその通りであり、逆に何者かの悪意があったのではと疑ってしまいたくもある。
あるいは潤あたりが何かをしたとか……。
(次に会ったら、問い詰めてやるか)
その瞬間、潤がブルリと震えたとかなかったとか。
「あたし達も大人げなかったとは思うけど、こっちだって色々と心配なのよ」
「すみません、真夜君。でも事情があったとはいえ、知らない女性を真夜君が抱きかかえている所をいきなり見せられては、冷静ではいられません」
今の真夜ならば相手など選びたい放題。自分達を大切にしてくれているのはわかるが、それでももしかしたらと思ってしまうことがある。
二人の不安や苛立ちは真夜もわかる。自分もその立場になればそうなってもおかしくはない。
「本当に悪い」
「だからもういいって。ねっ、渚」
「はい。私達もごめんなさい」
雫がいなくなり、時間も経って落ち着いたので朱音も渚も冷静になっていた。
ただそれでも心の中のモヤモヤは消えない。だから……。
「お、おい……」
朱音と渚は申し合わせたように真夜の左右に移動していく。
「でも、そうね。可愛い彼女達を心配させて、少しは悪いと思ってるんだったら……」
「試練に失敗して落ち込んでいるのもありますので、真夜君に慰めてもらいたいです」
朱音と渚は上目遣いで真夜を見上げてくる。一瞬、二人とも疲れてるんじゃないかと言葉に出そうになるが、機嫌が余計に悪くなりそうなので、真夜はその言葉をぐっと飲み込んだ。
今、二人が欲しいのは言葉では無い。真夜の行動である。
真夜は二人にそれぞれキスをすると、そのまま二人を抱きしめ、彼女達の心配を取り除くために行動するのだった。
感想いつもありがとうございます。
全て目を通しており、大変励みになります。
あと返信がなかなか忙しくて出来ていません。
本当にすみません。どこかのタイミングでしますので。
今後ともこの作品をよろしくお願いします。




