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古都四丁目の魔医者さん  作者: 桜川ちょち
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夜鳴く獣③


「おーい……誰かいねえのか?」


 虎王(こき)が目覚めると、朝早く出ると言っていた韮川(にらがわ)はもちろんの事、珠保の気配すらなかった。朝っぱらからどこかへ出かけているのだろうか。

 院内をウロウロしていると、玄関先でガチャガチャと鍵を開ける様な音がした。

 お、帰ってきたのか……と顔を出す。


「おや」


 医院の玄関先で物音と人の気配に振り返って目を見開いたのは、珠保(たまほ)ではなく色白の美少女。何故かセーラー服姿の女子中学生……いわゆるJCというやつであった。

 妹か何かか?と虎王が思っていると、茶色く少し短めの髪を高めの位置でツインテにした少女は、虎王の姿を見て首を傾げた。


「なるほど、患者さんだね」

「お、おう……。なんだお前は」

「あたしはここの看護師だ。いわゆるバイト。珠保は留守かい?」

「起きた時には居なかったな」


 なるほどと独りごちて少女はジロジロと無遠慮に虎王を見た。なんとなくだが、彼がヒトではないことには気付いているようだ。もっとも、少女とは言えこんな医院でアルバイトするくらいだからそりゃ妖怪の類には見慣れているだろう。あるいは珠保の様に「視える」タイプの人間なのかもしれない。


「ははあ、キヨの所に仕入れに行ったか」


 少女がそう呟いてスリッパを用意していると、噂をすればとでもいう様に外でキキッと自転車のブレーキの軋む音が響いた。やがて古い引き戸をガタガタ鳴らして入って来た珠保は、少女の顔を見て軽く頭を下げた。


「ああ、山田さんおはようございます」

「おはよう珠保。ところでコレはなんだ? 随分と獣臭いが」

「ほっとけ! おい医者、なんだこのガキは!」


 珠保は黙って二人の顔を見比べ、それから玄関の靴を確認して、ああ韮川君は帰ったんですねと呟いて奥へと入って行った。

 …………。


「「無視か!?」」


 初対面で息ピッタリに突っ込んでしまい、思わず二人は顔を見合わせた。

 



「彼女は山田沙子(さやこ)さん。ウチの医院のバイト看護師で、基本は週3から6日の間で気まぐれに来てくれます。緊急の手伝いが必要な時は私から呼びますが」

「それはわかったが、なんでアイツはガキのくせにあんなに偉そうなんだ」


 沙子と呼ばれた少女は奥の部屋でカルテの整理などを始めている。

 一方朝から出掛けていた珠保は、虎王と遅い朝食を摂りながらようやく説明を始めた。

 

「それは……彼女は子供ではないので」

「あ?」

「確かに君から見れば子供かも知れませんが、ああ見えて韮川くんよりは年上の筈です。四百歳くらいだったかな……」


 なんだよアイツも妖怪なのか、と虎王は目を見開いた。


「それにしても四百であの姿なら、ずいぶんと長寿の種族なんだな」

「いえ、彼女は砂かけ族なので妖怪の中じゃ比較的短命ですよ。本来の姿は老婆です。人化している時は趣味であの姿をしています」

「……砂かけババアかよ!」


 基本的に妖は、人の姿になっている時でも種族の平均寿命からの実年齢のバランスは変わらないのが普通だと言われている。もちろん能力の高い妖は様々な姿に変化することも可能だが、実際の自身のビジュアルに近ければ近いほど必要な力は少なくて済むからだ。だから虎王も鵺の姿の時の顔の面影を人型でも残しているし、齢三百年である韮川もまた特に若作りなわけではなく、ぬらりひょん一族の本来の寿命から人間に換算すれば見た目のまま20代半ばくらいなのである。

 沙子は一見道行く男が振り返りそうなほどの美少女JCであったが、中身が老婆だとすれば確かにあの妙な喋り方と偉そうな態度も納得がいった。


「まあ、もしかすると百歳くらいのうんと若い頃は美人だったのかも知れませんが……」

「誰がババアだい、レディに向かって。……それより珠保、さっきの請求書はなんだ」


 口調に反してやはりどう見ても美少女JCにしか見えない沙子が、苦虫を噛み潰した顔で手元でビラビラさせていた書類を珠保の眼前に突きつけた。


「なんだいこのバカみたいな値段は!!」

「まあ私のお金なんだから良いじゃないですか」

「そりゃあたしの腹は痛まないがね、あたしゃアンタのご両親からアンタを任されてる責任もあるし、何より」


 沙子が一旦言葉を切り、じろりと虎王を一瞥する。


「そんなに金をかける価値があんのかい?」

「まあそれは今後次第ですね」

「?」


 キョトンとする虎王をよそに、沙子は請求書を見返しながら眉を寄せる。


「それにしたって、もうちょっと値切れなかったのか」

「かなり値切り倒してそれですよ。それに多少足元見られても、あの男に見合う能力のある人間が他にいないんだから最終的にはこっちが折れるしかない」

「相変わらずキヨは金の亡者だねえ。身内にも容赦ない」

「そのキヨってのは誰だよ?」


 ああ、と珠保が虎王を見上げて言った。


「キヨくんは安倍(あべ)清哉(きよちか)といって当医院の取引先の一人です。いわゆる(まじな)い師……そうですね、一般医療で言うところの薬剤師みたいなものです。私が退魔や治療に使う呪符や魔法薬の類はだいたい彼から仕入れています」

「へえ……」

「今回高くついたのは、呪符や調合ではなく、メスに直接(じゅ)を彫ってもらったからですね」


 沙子が眉を顰める。


「ってえことは、手術の準備かい」

「お願いします」

「おい待て、手術って……」

「外科手術になります。麻酔を使うので大丈夫ですよ」

「いや大丈夫じゃねえよ! 俺は山へ帰らせて貰う!」


 踵を返して玄関に向かおうとする虎王をきょとんと見上げていた珠保は、やがて「わかりました、仕方ありませんね」とため息交じりに呟いた。


「あん? 何が……、ッ!?!?」


 言い終わらないうちに下方から右頬に拳が飛んで来て、虎王が壁にめり込む勢いで吹っ飛ぶ。


「あんまり手荒な真似はしとうないんやけど……」

「ヒッ……!」

「どうやら鵺くんは、物理の麻酔の方がお好みみたいやからなあ?」


 呪符を握り込んだ拳を構えながらにやりと口元を釣り上げる小柄な童顔の人間を、虎王は今まで出会ったどんな妖怪よりも恐ろしいと思った。


 


 ✳︎ ✳ ✳ 



 

 かくして、手術は無事(?)成功した。虎王がぐっすり寝ている間に終わっていたようだ。

 食事を運んで来てくれた沙子が呆れた様に言った。


「バカだねえ、大人しく受けときゃいらんダメージ受けずにすんだのに」

「くっ、反論出来ねえ……」


 それにしたって医者にしては乱暴過ぎるだろうと虎王が愚痴ると、そこはアタシも常々気にはなってるよと沙子が肩を竦めた。


「あの子はちょっと短気が過ぎる」

「お、鵺くん目覚めたんですね」


 何事もなかったかの様に何枚もの書類を取り出すと、ベッドに備え付けのテーブルの上に置いた。


「こことこことここにサインお願いしますね。……ああ君は通称しか持たない妖でしたね。……では拇印で。指紋ちゃんとあります? 肉球判子でも良いですよ」

「なんだこの紙?」

「これは請求書ですね。治療費諸々で2471万3800円に消費税がついて2669万904円……」

「待て待て待て待て!!」


 虎王は顔を引き攣らせて喚いた。


「自分で言うのもなんだが俺は田舎の山で暮らしてた様な妖怪だぞ!? そんな金払えねえよ!!」

「承知してますよ」

「じゃあどうすんだよ!? 請求書出されたところで……」

「ですので、当分の間身体で払って頂きます。こちらが契約書です」

「…………なに?」


 確かに、サインしろと渡された書類の中には雇用契約書と記載されたものがあった。


「いやいやいや……いや!? 何勝手な事言ってんだお前?」

「こういう仕事をしていると危険も多いので、ボディガードが欲しかったんですよねえ」

「あんだけクソ強いやつが何がボディーガードだよ!」


 ふむ、と他人事の様に腕組みして首を傾げた珠保だったが、次の瞬間普段の飄々とした空気がぴりりと一変した。虎王が本能的に身を竦ませる。


「……鵺、どうやらお前はアホやから大事な事教えたるわ」


 誰がアホだ、と突っ込める空気ではなかった。


「人間ってのはな、案外簡単に死ぬんや。どんな強い人間でも」


 もちろん妖怪だって魔族だって、ごく一部の不死の種族以外はみんな死ぬ。妖怪王ぬらりひょんですら寿命による代替わりをしているのだ。だが、人の命の短さは比べ物にならない。どんなに強く鍛えた人間でも、どんなに戦闘能力が高くとも、実にくだらないことである日突然命が消える。例え生涯そういった事故や病気のリスクを回避したとしても、怪異や魔に比べて極端に寿命が短い。

 彼は医者だ。命の儚さというものを、他の誰よりも知っている。


「お前は何年生きてる? 千年以上やったか? 俺はまだたった33年や。けど、お前ら妖魔の歴史からすれば生まれたての赤子にも満たへんこの俺のちっぽけな脳と手には、人類どころかお前らの世界すらも揺るがす知識と技術が詰まってる」


 気が遠くなるほどの不遜。だが、それは確かな実力と自信に裏付けられた事実だった。


「俺は俺の持てる全てを引き継げると思える人間が現れるまでは、死ぬ訳にいかん。一方で、生きたまま悪い奴に拐われて利用されたらそれこそ偉いことになる。……世界を守る権利をやるって言うてんねん、謹んでお引き受けしますくらい言えへんか?」

「てめえ……」

「まあ、拒否権はないけどな」


 そう言って珠保が人差し指でスッと虎王の腹を指差すと、途端に虎王は腹を押さえてベッドに蹲った。


「うおおお地味に腹がいてえ! なんだこれ!?」

「フフ……」

「呪いは解いてくれたんじゃねえのかよ!!」

「もちろん掛かってた呪いはちゃんと取り除きましたよ。けど、別の呪術を私が植え付けました」

「はあ!?」


 他人事だと思って、沙子は可愛らしい顔でコロコロと笑い転げている。

 

「孫悟空の輪っかみたいなもんです。私が生きている間は私の裁量でオンオフをコントロール出来ますけど、術者が死んだら他の魔医者に解呪してもらわへん限り永遠に痛み続けますよ」

「な、なんだと……!?」


 正直我慢できないほどではない地味〜な鈍痛だが、少なくともこの先数百年は生きる可能性があるのに、一生続くとなるとかなり嫌だ。珠保を殺してもダメとなると、珠保の呪いを解呪出来る者を別に見つけるか、あるいは……。

 他人事の様に笑っていた少女が言った。


「しばらく珠保の側にいたら、いつか珠保の弱みを握れるかもしれないよ?」


 沙子の言う通り、彼の弱みを握って脅し、解呪させるというのがもっとも現実的だと言わざるを得ない。


「くっそ……」

「では契約成立ですね。時給900円換算で君が治療費を支払い切れれば、脅しなんかしなくてもちゃんと解呪してあげますよ」

「……わーったよ! 働けばいいんだろ! 田舎の山にいたってどうせヒマだからな……マジで借金返したら呪いも解いて解放してくれんだろうな?」

「約束は守ります」


 まあ労働基準法はさておいて単純計算で実働十時間休日なしと換算しても、食費家賃の差し引きとプラスマイナスすると完済するのに十年はかかるのだが。


「そうと決まれば、人間として住民登録するための名前が必要ですね。苗字は私と同じで良いとして……」

「虎王じゃダメなのか?」

「妖として名乗っていた名前そのままだと不都合が生じる可能性もありますから。あと単純に虎の王と書いてコキと読むの、キラキラネーム感があってムカつきます。私が」

「タマホって男に言われたくねえけど!?」

「まあ、全体的に虎っぽいから虎は残しましょう」

「無視かよ!」

「あとはせっかくこの京の街で出会ったのですから、少しは上品になるように……雅という文字をつけて、虎の雅と書いてコウガはどうです」

「コウガ……」


 珠保は胸ポケットから出した筆ペンで、書類と一緒に挟んでいた和紙にサラサラと『破魔咲虎雅』と清書した。その文字をじっと見ているとなんだか全身に力が漲ってくる様な気がして、虎王……いや、虎雅は珠保の顔を見た。


「わかりますか、これが言霊です」

「言霊……」

「長い年月使われて来た名、力ある者に与えられた名は、その名そのものが霊力を持ちます。キラキラネームと言いましたが、君の本来の名前『虎王』は立派な良い名だと私は思います。ですがその名には一切の霊力を感じられなかった。それは名を持たぬ空っぽの君に自然発生的につけられた通称に過ぎないからです」


 虎雅には珠保の言う意味が良くわからない。珠保は小難しい顔をして、問題は思っていたより複雑で、と呟いた。


「かつて、君の名を奪ったものがいる」


 名を奪われたなど、虎雅には覚えのない話だった。だが、虎王が元々の名ではないこと、うんと幼い頃には別の名で呼ばれていた様な気がすること、そして確かにその名を自ら名乗ったわけではないことだけは薄っすらと覚えている。

 鵺の様な高位の妖が名を持たぬ事など本来あり得ない。虎王と呼ばれる様になったのが最近でないのであれば、名の件は遠い昔の事で術者はもう亡くなっている可能性はあるが……彼が鵺としてたの力が発揮し切れず鵺狩りに煮え湯を飲まされたのも、恐らくは名を持たなかったせいだと珠保は言った。


「私程度の名付けではおそらく元の名に比べると大した力にはなりませんが、それでも名無しよりはずっと力になるはずです」

「虎雅……か」


ムカつくが悪くない響きだ、と、鵺はその新しい名を噛み締めるように呟いた。



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