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ざわつくギャラリー。座り込む私。きゃあきゃあ騒がしい中で、私はやっと息を整えた。


「…智恵理」


呼ばれて、視線を向けてみれば。

とろけるような甘い眼差しとかち合った。私と唯を震え上がらせた怒気は、今は微塵も感じられない。その代わり、むせかえる様な色気が駄々漏れになっている。蒸気した頬に、濡れた唇。潤んだ瞳は、真っ直ぐに私を見詰めている。



その目を見た瞬間。どくん、と胸が高鳴った。周りの雑音がシャットアウトされて、あいつしか目に入らなくなる。

やめてよ。そんな、いかにも私が好きなんですって顔、しないでよ!













…本気に、しちゃうじゃない。








「智恵理…」




返事をしない私に焦れたのか、変態が私の前にしゃがみこんで、赤く火照った頬を そっと撫でた。指が触れた時、意図せず私の体がびくりと震えた。


「あ、違くて…」


また、傷ついた様な苦しそうな顔。そんな顔しないでよ。私まで胸が苦しくなるじゃん。




私から ゆっくりと離れた変態は、私を見詰めたまま、静かに口を開いた。




「智恵理…俺の気持ちは、智恵理には届いていなかったのか?」



気持ちって…何言ってるの?最初から、あんたに気持ちなんてないんでしょ?私なんて、ただからかって遊ぶだけの相手のくせに。



「…俺は、智恵理としたキスは事故だなんて思っていない。最初のキスは、智恵理からしたら事故みたいなものでも…俺にとっては智恵理と話して、触れることができるようになった、大切な切っ掛けなんだ。…最初だけじゃない。お前にとっては、犬に噛まれたと思って忘れたい様な思い(こと)でも、俺にとっては、智恵理としたキスは全て大切なものなんだ!」





変態の目は、ずっと私を捕らえたまま離さなくて。熱のこもった言葉と、変態の真剣だけど、どこか泣きそうにも見える表情が、これが嘘なんかじゃないって私に伝わってくる。


「だから…」


自分の心臓の音が、うるさいくらいに聞こえてくる。一度言葉を切った変態を見つめながら、私はぎゅっと自分の手を握りしめていた。


「だから、忘れるなんて、言わないでくれ…」



最初の勢いはどこへ行ったのか。急に消え入りそうな小さい声で、変態は言った。さっきまでの強い眼差しが嘘みたいに、下を向いて情けない顔をしている。





そのしょげた様子が、耳を垂れた犬みたいで。








場違いにも、私はくす、と笑いが込み上げてきた。胸のどきどきは そのままうるさく高鳴っているけれど、私は なんだかほっとしていた。


キス、大切なんだって。私とのキスが、だよ?遊んで、ポイする相手なだけの私としたキスが、大切だなんて。やっぱり、おかしなやつだ。

私のこと、嫌いじゃないって言ってる様なものじゃん。キスが大切だって思われる程度には、好かれてたんだな、私。


うわあー、もう、なんだかすごく、嬉しい!



今すぐ飛び上がりたいくらいに舞い上がった私は、この嬉しさをどうしたらいいのかわからなくて。えへへー。ってにまにま笑いながら、私の前にしゃがみこんだままだった変態の頭を、両手でわしゃわしゃと撫で回した。


満面の笑みで髪をぐじゃぐじゃに もてあそぶ私と、ビキッと固まった変態。




一拍置いて、


「そこでそれ?!」

「あの二階堂教授の頭を…」

「なんであんな子が…」

「スゲー、これどういう状況?」


とか。一気にざわつくギャラリーの声が、怒濤の勢いで耳に入ってきた。




はっ、と我にかえる私。あれ、ここ、教室だった。……さっき、自分で確認したじゃない!私のバカ!しかも何?嫌われてないってわかった途端に、浮かれて にやけて。こ、こんな、こんな風に嬉しそうに頭を撫で回して…






これ、変態が好きって言っているようなもんじゃん!!



ぎゃー、いつから!?私こいつのこと好きだったの?どうしよう!今さら好きなんて言ったって…それに、嫌われてないってわかっただけで、私をからかっていたことは事実だし?そんな軽薄な遊び人好きになったって、絶対報われないよ。いやいや、落ち着こう私。まだこの変態のことを好きだって確定した訳じゃないし、告白だってしてないし!うん、セーフ。大丈夫だ私!口笛吹きながら、何事も無かったように ここから立ち去ろう。うん、そうしよう。成せばなる!

ここまで、思考時間は約五秒。


撫で回していた手を離して。相変わらず赤面は そのままだけど、へたりこんだ足によいしょと気合いを入れて。

すっと立ち上がりかけた私を、目の前にしゃがみこんでいた変態が、呼び止めた。



「え?な」


に。って最後まで言えなかった。



変態が、物凄い勢いで がばっと土下座をしたから。


呆気にとられる私とギャラリー。一気に静まり返った教室で、綺麗な土下座をした変態の髪が、床に着いた自らの手に さらりと かかっている。



あれ?この光景、見たことあるぞ?



こんな衝撃的な光景、一度見たら忘れられないし。いや、二度目だけど。二度目だからわかる。このあとのセリフ。でも、まさか そんなわけないよね…?


ドキドキと心臓の音がうるさい。…私、期待してるのかな。また、あの言葉を言って欲しいって。嘘でもいいから、もう一度、聞きたいなって。そんなことを思っちゃってるみたい。



誰も何も言葉を発しない。待っているんだ。この変態が、何をするつもりなのか。






沈黙が、痛い。






「…智恵理」



頭を下げたまま、変態が私の名前を呼ぶ。

返事をしたくても、喉が緊張で異常に乾いていて。私は、はう、 と微かに呼吸を漏らしただけだった。




「今から言うことは、冗談でも、嘘でもない。紛れもなく、俺の真実の気持ちだ」




真剣な声音に、私の心臓が一際大きな鼓動を打った。変態の真実の気持ち…?それって、今ここで、私を からかっていただけだ、って、言われちゃうの…?


…だから、土下座なの?謝罪したいから、土下座をしてるの?



ギリギリと胸が締め付けられる。…痛いよ。

悲しみでつぶれちゃいそうだよ。また、涙なんか滲んできちゃってるし。


そんな、謝罪なんて聞きたくない!


変態の次の言葉を聞きたくなくて、ぎゅっと目をつぶって、両手で耳を塞いだ。





「…き…。……て…る。俺…、……し…く…」




ガッチリと塞いだ耳じゃあ、ぼそぼそとしか聞こえない。


でも、変態が何かを言い終わった途端。




わあっ、と防ぎきれない歓声や口笛、女の子の悲鳴が上がった。そのあまりの音量の 大きさに、ビックリして目を見開く。


そこには変わらず土下座した変態が居て。――変わったのは、周囲が 一様に興奮した目で“私”を見つめていたこと。


あれ?なぜ私を見るの?さっきまでは皆 変態に釘付けじゃなかった?て言うか、何をそんなに期待したような目で こっちを見てるのさ?!










…あ、そうか。からかってゴメンナサイ、のお返事が気になるのか。皆、土下座までした加害者を、可哀想な可哀想な被害者がどうするのか、興味あるんだ。


ああ、なんだか私 すっごく惨めだなぁ。こんな大勢の前で、こんな風にカミングアウトされて、晒し者にされちゃってさ。





…なのに、この変態を憎らしく思えないなんて…とうとう私も、おかしくなったかな。憎い、よりも悲しい、が勝ってる。


それだけ、この変態を好きになってたのかな。でも、やっと好きだって自分で認められたのに…最悪の形で失恋しちゃったな。


自分が可哀想すぎて、笑えてきちゃうよ。私今、変な顔してるんだろうな。何せ、初恋で初失恋だし。ダメージはでかいよ…




でも、こんな変な顔で、お別れは嫌だな。最後くらい いい笑顔を見せてやろうじゃないよ。いいよ、こんなゲーム気にしない。あんたを許してあげるって、言ってやる!あんたが振った女は、懐のでかい素敵なナイスレディだったって、見返してやる!


そうだ!それしかない!




やけっぱちになった私は、涙が滲む目を拭って、変態の両手を掴んで上に引っ張り、顔を上げさせた。だって、土下座のままじゃ、私の最後の いい笑顔を見せてあげられないじゃん?



ビックリ顔の変態と、しっかりと顔と顔を突き合わせて。



私は、笑った。自分が思う、とびっきり最高の笑顔で。そして私は、変態とギャラリーが見つめるなか、ゆっくりと口を開いた。





















ちょっと中途半端ですみません…。

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