第7話 弱肉強食、もとい焼肉成仏
ダンジョンの探索そのものは、そう長くはかからなかった。
内部の空間は広かったが、罠も、他のモンスターもいなかったからだ。
「〈アーティファクト〉がない……」
「アンデッドも消えた。訳が分からん」
「ほんとに何がどうなってんだか、さっぱりだな」
男三人は、最後までダンテの顔色を窺いながらぼやいた。
だが、迂闊にダンテを疑うのも難しい話だった。
実際、みすぼらしい身なりに、武器も、鞄もない。
目つきはなかなか鋭く見えるが、特別な技があるようにも見えない。
こんな男が「あのアンデッド」を仕留めて、〈アーティファクト〉を持ち去れただろうか?
「ですよね。〈ライト〉を直接吸収した時点で、特殊なアンデッドだとは思ってましたけど……。まさか、〈バロウ〉みたいなスキルで隠れたんでしょうか?」
特殊なアンデッドだった。
自分たちが一度退却して、出直さねばならなかったほどに。
(この優男が一人で倒せたはずがない)
(そうだ、あり得ん)
そんなものを、顔だけはいいこいつが一人で狩れたはずがない。
自分たちへの防衛機制と、ダンテへの嫉妬が、彼らの思考を邪魔している最中だった。
もちろんダンテは、彼らが何を考えているかなど、気にも留めなかった。
「〈ライト〉を吸収した? アンデッドが?」
「はい。普通、アンデッドって魔力とは縁遠いじゃないですか? なのに不思議なことに、魔力を吸い込むアンデッドがいたんですよ。リッチでは絶対なかったんですけど」
「ああ」
ダンテの目が丸くなった。
その驚く様子に、エレナはぷふっ、と可愛いものでも見たように笑った。
三人の男も笑った。
「リッチが何か、アンデッドの特徴がどうか、分かりでもするのか?」
「薬草採りにそんな説明したって、通じるわけないだろ、エレナ」
「ぷはははははっ!」
もちろん、口角のねじ曲がった嘲笑だった。
「や、やめてください! 失礼ですよ……!」
エレナは三人の男を睨みつけて止めたが、ダンテはやはり気にも留めなかった。
すでに重要な手がかりは、確保したのだから。
『俺が急に目覚めたことと関係があるはずだ。意識を失っていて、魔力が補充されて自我が戻ったなら。それはアンデッドの時だけ、そうなるのかもしれん』
頭を装着している今は、〈ライト〉の光は吸収されていない。
それに、吸収するのは〈ライト〉だけではないはずだ。
『散らばったマナじゃない。すでに魔法として具現した魔力だ。それを吸収した、と』
炎系統の魔法も、吸収したんじゃないか。
『魔力が増えた理由は、それだったか』
ほぼ正解に近い推論を終えるまで、そう長い時間はかからなかった。
そして、ずっと口をつぐんでいたダンテの横顔を、エレナは堂々と見つめている最中だった。
「こ、こうして会ったのも縁ですし、この先の村で、食事でもしていきませんか?」
そして、ぎゅっと目をつぶりながら言う彼女。
その提案に目を剥いたのは、やはり三人の男たちだった。
「エレナ! 何を言い出す!?」
「縁だと!? こんなろくでもない縁があるか! 〈アーティファクト〉も見つからなかったってのに――」
「そもそもこの男は、冒険者の名札もない! 武器もなし! 正体も不明なんだぞ!」
「それで、皆さんは食事をしたくないってことですか?」
男たちの激しい抵抗にも、エレナは一歩も引かなかった。
当のダンテとしては、ありがたくもあり、理解不能な態度だった。
『この女は、なんでこうなんだ?』
《言ったじゃないですか。俺に惚れたからですよ。若い頃から、女はみんなこうだったんですって。えっへん》
再び聞こえてくる、美青年の声。
確かに彼の頭を肩の上に載せているのに、口の動きは感じられないまま、声だけが聞こえてくる奇妙な感覚。
ダンテは、鼻で笑ってやろうとした。
『若い頃って、お前、どうせ二十歳そこそこの――』
《ぐへへ、そのうち、お偉い方の耳にまで入っ……て……?》
『ん?』
《それで、どうやって……。俺を呼びつけて、閉じ込めて……?》
だが、どこかぎこちなくなったその口ぶりに、それ以上は声をかけられなかった。
何より、すでに〈帰還スクロール〉を差し出すエレナがいた。
「行きましょう、行きましょう!」
ダンテとしては、断る理由がなかった。
近くの村へテレポート。
そこで確かめねばならない。
『時間はどれだけ過ぎたのか。俺はいったいどこに……なぜ、あそこにいたのか』
自分の『処刑』以降、何が、どれほど、どう変わったのかについて。
『……ああ、それと。村に着いたら、肉だな。確かめたいことも、あるし』
五人は同時に、スクロールを破った。
* * *
ダンテはわずかな衝撃を抑え込むためにも、立て続けにジョッキを傾けねばならなかった。
《ぐはあ、久しぶりの酒が……なかなか――》
『静かに。しばらく喋るな』
《――はいっ》
顔のいい青年のお喋りが聞こえたのも束の間、ダンテはすぐに彼を黙らせた。
「おにーさんはお酒が好きなんですね? そんなに豪快にごくごく飲む人、初めて見ました」
ごく、ごく、ごく。
エレナの言葉を聞いた重装備の男が、すさまじい勢いでビールを流し込んだが、エレナはそちらを見向きもしなかった。
ダンテはただ、衝撃を噛みしめていた。
『五年、か……』
断頭台で処刑されてから、五年。
その五年間、あの湿っぽいことこの上ない洞窟にいたのか。
エレナの〈ライト〉を燃料代わりに吸収するまで、頭のないアンデッドとして?
『……おかしい。そもそも、俺があそこにいる理由がない』
処刑式は、皇太子アルデリオンが直々に執り行った。
処刑した死体を洞窟に捨てる? あり得ない。
『それに、仲間たちの襲撃事件についても知られていないとはな』
エレナ一行は、ダンテの処刑については知っていながら、仲間たちが起こしたはずの騒ぎについてはよく知らなかった。
あれほど衆目があったのに?
どれだけ徹底して口止めをすれば、そうなる?
『仲間たちが俺を助け出して口止め……ってわけでもないだろう』
それも筋が通らない。
彼らが、自分を洞窟に放置するはずがないのだから。
ダンテは再びビールを注文し、すぐに呷った。
ぐびぐびと飲むその姿を見ながら、エレナはそっと椅子を引き寄せて座った。
「ねえ、話してくださいよ、おにーさん。もともとこの辺の出身? 体つきを見ると……ただの薬草採りじゃなさそうだし」
「どうせ木こりか農夫――。んんっ、分かった。静かにする。ちぇっ」
「おい! レッドブルでも狩りに行ったのか!? 肉はいったいいつ出てくるんだ!?」
嫉妬混じりの不平を漏らしていた男たちは、エレナの眼差しを受けて、その怒りを酒場の店員にぶつけるしかなかった。
ダンテは、何の答えも返さなかった。
「話したくないなら、歳だけでも教えてください。おいくつなんですか?」
だが、この質問には思わず、ぽろりと言葉がこぼれてしまった。
「もう四十一になったか」
処刑から五年が過ぎた。
生きていれば、ついに四十一歳。
『誕生日が過ぎていようがいまいが、確実に……確実に四十を超えたんだ。この俺が!』
実際には人とまともな交流もできず、こもりきりで八年を過ごしたのだから、社会的な成長と呼べるものは二十八歳で止まってしまったが。
普通の人生を今まで生きてきたなら、ついに四十代に突入したという意味。
パーティーのリーダーは、思い切り顔をしかめた。
「何をふざけたことを――」
「きゃはははははっ! おにーさん、ほんっとうに面白い! 冗談もそんなに上手なんですか?」
だが、酒場が揺れんばかりに笑うエレナの声が、すべてを飲み込んだ。
エレナのパーティーメンバーは、しばし呆然とした。
「……今の、面白かったか? エレナを笑わせるのって、あんなに簡単だったのか?」
「聞くな、苛つくから。ああ、来たぞ。飯にしよう」
その間に、ついに野生の赤牛の鉄板焼きが運ばれてきた。
一瞬だった。
ぱっ──────……。
「え?」
「う、うん?」
「何が……」
「ん?」
エレナとパーティーメンバーだけではなかった。
当の本人、熱々に焼かれて鉄板に載った肉を素手で掴み取り、口で食いちぎっている。
「むぐうっ?」
ダンテすらも、当惑していた。
体が? 勝手に?
動いている理由は?
《これだ……これなんだ……。この味が、ずっと食いたかった》
『お、お前、どうなって――』
《俺の名は、ザーク……。ありがとうございます、ダンテ様。これでもう、思い残すことはありません》
『――何?』
確かめるつもりではあった。あったが……本当に、たかが焼いた肉一つで?
だが、無視することはできなかった。
【等級F、ザークの怨念を解消しました】
【ザークの能力を吸収しました】
システムメッセージが、表示された。
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
朝の更新は今日が初めてです。通勤や通学のお供にしていただけたら嬉しいです。
ザークの一番の未練が「よく焼いた肉」だったこと、書いていて一番楽しかった回でした。
続きは、今夜10時20分に投稿します!
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