第5話 はじめまして。???です。
「ぎゃっ!? な、なんで殴るんですか!」
美青年は悔しさに声を上げたが、ダンテこそ、はらわたが煮えくり返る一歩手前だった。
『こいつ、俺をからかってるのか!』
「訊いたじゃないですか! 何をすべきか分かってるかって!」
『だからな、お前の食いたいものを並べろって訊いたんじゃねえよ! 顔だけは良くて、ここまで察しが悪いとは……』
ダンテは感じた。これも才能だ。
『最後の大陸』に憑依して十三年、ここまで人の神経を逆撫でする人間もそう多くはなかった。
だからといって、無意味にこの頭をぶん殴り続けるわけにもいかない。
ダンテは素早くプランBを実行した。
『もう一回だ』
今回の召喚獣が、おかしな個体だっただけかもしれない。
Fランクと表示された時点で、さっさと試すべきだった。
『〈怨霊召喚〉』
スキルを使った瞬間、ダンテは悟った。
シュバァァァッ────────……!!!!
花火でも打ち上げるかのような、派手なスパークが左右両側から噴き出している。
『ガチャ演出……。ここまで来ると、ほぼパチンコだな』
みすぼらしい灰色の雲だった美青年と比べれば、今回こそ間違いなく良い頭が出るはず!
ダンテは見た。
耳の尖ったハイエルフ……。
女性……。
いや、そんなことが重要なんじゃない。
【等級SR、怨霊が召喚されました】
『は? SR等級?』
魔王を殺した者だ。
人類の英雄にして、大陸の救世主だ。
『「最後の大陸」はS等級で打ち止めじゃなかったか?』
そんなダンテですら、初めて見る等級の頭だった。
S等級を超えたものなど、人であれ物であれ、見たことがなかった。
『「千里眼」のハイテル……。「世界一繊細な毛むくじゃらの手」のバルデス……』
千里の先を見通し、千の手を読み切る知略へ捧げられた敬意。
魔王軍の大戦略をたった一人の力で相手取った天才軍師、ハイエルフのハイテル。
安物の鉄剣も、その手にかかれば宝剣に変わってしまう腕前。
〈竜殺剣〉を鍛え上げたドワーフのバルデス。
魔王討伐の仲間にして、〈異次元の門〉の一件でダークスターと対峙した仲間たちですら、S等級だった。
それが今さら、SR等級だと?
『……変わった』
確実だ。
十三年間、一度も見たことのなかったシステムメッセージの数々。
そして、一度も見たことのなかった等級体系。
『〈異次元の門〉以降、何かが変わった』
世界観? 究極のシステム?
とにかく、何かが歪んだか、変形した。
ダンテは深刻な表情……を浮かべたかった。
顔がなくて表情が作れないというのが一つ目の問題で。
「何がです? 何が変わったんですか?」
『びっくりした』
ぬっと割り込んでくる美青年の頭のせいで、深刻になれないという二つ目の問題があるのが、なんだか無性に腹立たしいだけだった。
ダンテは彼を無視し、恐る恐るSR等級の頭を観察した。
ハイエルフ特有の尖った耳。
極まった美貌ゆえに、見当もつかない年齢。
ダンテは慎重に、その頭を起こそうと努めた。
『こほん……お目覚めください』
「え? なんであっちには敬語——」
『おい、殴られたいか? あっちに行ってろ』
しゅんとした表情の頭がふわふわと遠ざかっていくのを見届けて、ダンテはため息……をつくことはできないまま、改めてSR等級の頭に思念を送った。
『起きろ』
「んん……」
SR等級の、女性体ハイエルフの頭が反応した。
彼女は目を開けた。
目を開けるなり、素早く周囲を、ダンテを、ハイエルフたる自身の状態までを見て取った。
F等級の若造に比べれば、騒ぎ一つない落ち着きぶりで。
「……魔王の仕業か? 魔王はどこにいる?」
彼女は、魔王を——ダンテがすでに殺したはずの存在を口にした。
『ふうむ……』
SR等級への驚愕は、そう長くは続かなかった。
彼女の情報を確認すればするほど、冷めていく最中——という表現が正しいだろう。
「名前? 貴様に教えてやる名などない、人間」
記憶にないんだろう。あの間抜けと同じで。
「スキル? 貴様の身体を三百六十五の肉片に分ける技なら知っていたな」
つまり今はスキルがないという意味。オーケー、理解した。
できること、すべきことについての質問の答えは、見ものだった。
「魔王を殺さねば」
今がどんな時だと思って、魔王の話なんだか。
『魔王はとっくに死んでる。アスタロトなら、俺が八年も前にぶちのめした。ああ、正確に八年前かは分からん。今が何時か知らないからな』
「……貴様のような、弱っちい人間が?」
『うん……まず、召喚士と召喚獣の関係から確認しておこうか。召喚獣というのは基本的に、召喚士への絶対服従と敬意を示すべき個体であって——』
「私は、私より弱い者の言葉など聞かん」
SR等級でさえなければ、スカッと一発ぶん殴ってやったものを。
不幸中の幸いと言うべきは、ちょうどそのとき、ぷふっ、と笑う声がしたことだ。
笑いを堪えた奇妙な表情の美青年は、ダンテを見ないよう、慌てて顔を背けた。
かと思えば、すぐに大騒ぎを始めた。
「あ、あの! 何か音がします! あっちから——。足音? 人の声……みたいですけど?」
誰かが来た。
いや、誰か、じゃない。
近づいてくるのが事実なら、『誰』なのかは分かりきっている。
『そりゃ戻ってくるよな。俺だって、こんなクソザコモンスターを逃したくはないだろうし』
自分をモンスターと勘違いして攻撃してきた、あの人間たちが戻ってきた。
状況は?
さらに悪くなった。
向こうは間違いなく、備えを整えてきたはずで。
『こっちは、頭が二つぷかぷか浮いてるのが全部……?』
ダンテは二つの頭を素早く見比べた。
そして、動いた。
* * *
少なくともエレナ一行に関するダンテの予測は、100%正確だった。
「今回は〈ホーリーウェポン〉まで塗ってきたんだ、大丈夫のはずだ」
「エレナも安心して魔法を使えよ。〈ウォーター〉の魔法スクロールも持ってきたからな」
重装備の男は威勢よく言った。
エレナは慌てて言った。
「だ、誰かが聞いたら、私が魔法を外したみたいじゃないですか!」
「くくく、そうだそうだ。あれを避けられなかった奴が悪い」
軽装の男の一言に、重装備の男の顔が赤くなった。
彼は急いで言い訳した。
「あ、アンデッドがあんな『ファイヤーショー』をやらかすなんて、誰が思うかよ。こほん、それにエレナ、君のせいにしたかったわけじゃなくてだな……。安心しろって意味だったんだ」
エレナもその言葉を聞いて、ようやくふわりと笑って応じてくれた。
「ありがとうございます。じゃあ、外してもいいんですよね?」
「え、ええ!? そうじゃなくて——」
「みんな、緊張をほぐすのはいいが、油断はするなよ」
和やかになった空気を引き締めたのは、もう一人の軽装の男だった。
確かに、少し緊張が緩むくらいには、態勢を立て直してきた。
敵の正体は分かったし、敵の能力も一部確認した。
「あの見たこともないモンスターが、また何をしでかすか分からないからな。とはいえ、頭のないゾンビに何ができるって話だが」
まだ理解できない部分はあったが、どうせそんなことは重要ではなかった。
今度こそ、作戦も準備も完璧だ。
十分に渡り合える。
「アンデッドの動きは遅い。エレナがまず魔法で牽制した後、神聖力で強化された俺たちの武器で、素早く脚を狙って削ぐ。そして後は——」
「うむ。俺が盾で、きっちり磨り潰してやるとしよう」
「肝に銘じろ。ミスさえしなければ、狩れるモンスターだ」
安易に考えて、ミスさえしなければ、問題になることはない。
リーダーの言葉に、全員が頷いた。
そうしてもう少し歩いた頃、エレナが呟いた。
「でも、これ、さっきと違いますね」
「ん? 何が?」
「〈ライト〉が……散らないんです」
彼女は自分の杖の上に浮かぶ、白色の光球を指さした。
軽装の男は違和感を覚えた。
「む?」
「それ、どういう意味だ?」
重装備の男は首をかしげた。
〈ライト〉の光が、そのまま凝集しているということ。
それが正確に何を意味するのか。
「いえ、その……」
エレナはそれを説明しようとした。
だが、言い終えることはできなかった。
「前だ!」
リーダーの声とともに、全員がはっと顔を上げた。
この広いダンジョンに、モンスターは一体だった。
ならば、発見と同時に攻撃すること、文字通り先手を打つことが必須だったのだが……。
エレナは魔法を使えなかった。
「人!?」
「だ、誰ですか!?」
目の前に見えたのは、人だった。
及び腰の姿勢で、いったいどこから湧いたのか、なぜここにいるのか分からない。
まして、その装備からして、あり得ない。
「こんにち……は」
若く、顔のいい男だった。
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
ところで今回のタイトル「はじめまして」——これは誰のセリフでしょう? SR等級のハイエルフ? それとも最後に現れた彼? ……そもそも、本当に「はじめまして」なんでしょうか?
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