第4話 互いに無いもの
もちろん、火が消えたのか、吸収されたのか、正確に分かるはずもないダンテだ。
しばらくの間、ごろごろと転がり続けながら、追撃はないか。
一般的なDランク以下の冒険者の習性のように、本当に奴らが引き上げたのか。
それを確かめるためにも、絶え間なく動き続けねばならず……。
『行ったみたいだな。ふう、痛覚がおかしくて助かった。そうじゃなきゃ、試すことすらできなかった……ん?』
そうやって、それなりに時間を潰してから、ようやくダンテは止まった。
そんな彼の目の前に見えたのは、システムメッセージだった。
【魔力を吸収しました】
【魔力 0 → 3】
【特殊状態:次元の狭間に挟まれし者が適用されます】
【次元の狭間に、魂の一部が挟まっています】
【次元の境界、その狭間にある淡い気配を感知します】
【スキル:怨霊召喚を獲得しました】
『最後の大陸』に憑依して十三年。
レベル1の原作主人公『ダンテ』として生き始め、魔大陸へ渡って魔王軍を退け、魔王を討ち果たすまで。
文字通り数え切れないほど目にしてきたシステムメッセージだからこそ、ダンテは確信できた。
『特殊状態。初めて見る概念だ。次元に挟まった、なんて案内文も同じくな』
【体力が増加しました】のようなメッセージは見た。
【レベルが上がりました】は、数え切れないほど見た。
だが、魔力を吸収? 特殊状態?
『次元の境界、気配、ときたか』
初めて見るシステムメッセージに戸惑いつつも、その原因を推し量るのは難しくなかった。
『ダークスターと接触した、あの一件のせいか』
あのときは何ともなかったのに、今になって何かが適用されているということか。
納得はいくが、理解はできない、奇妙な状況だ。
『とりあえず、一つ試してはみられるな』
もちろん、だからといって大人しくしているダンテではない。
とっくに立ち上がった身体で、彼はすでに獲得した魔力を運用していた。
たかが3の数値、かつてのダンテなら鼻で笑いもしない数字だが、今は違う。
〈怨霊召喚〉——消費魔力:1
怨霊を呼び出すことができます。
スキルが使える。
怨霊が何かは分からない。
召喚したとき、何が起きるかも分からない。
『〈怨霊召喚〉』
だが、この状況を把握する手がかりにはなるはずだ。
プシューーー……!
『煙幕?』
システムメッセージが見えていた、ダンテのただ黒いだけの視界に、灰色の雲がもくもくと立ち上り始めた。
『目がないのに見えるってのは不思議だな。システムメッセージと同じ効果——。ん?』
そのうち、灰色の雲の合間から、何か丸いものがころころと……。
転がってくる、丸くて大きなもの。
『ガチャカプセル?』
という考えは、ほんの一瞬だった。
【等級F、怨霊が召喚されました】
怨霊? 怨霊が『こんなもの』を指すのか?
ダンテは、召喚されたものを、怨霊という言葉よりもう少し正確に言い表すことができた。
『……人の頭じゃないか?』
それは、頭だった。
ダンテの顔ではない、他人の頭。
目を閉じた若い男、二十代前半といったところ。
その頭だけがぷかぷか浮いていても、分かる情報は一つだった。
『こいつ、いい面してるな』
思わず見とれてしまうほどの美青年だという点。
もちろん、ただ見た目のせいでまじまじと見ていたわけではない。
『見えるってことは、システムの一種だって話になる……』
【ステータス】をはじめ、システムメッセージだけが見える自分だ。
つまり、目の前の頭が見えるということは、結局あの頭もまたシステムの中にあるということ。
それだけではない。
ダンテはすでに【ステータス】で、自分の魔力を確認していた。
魔力の数値は、3から2に減っていた。
『本当に魔力が消費された。MPが書き間違えられてたわけじゃなかったんだ』
普通、『最後の大陸』でのスキルは魔力を消費しない。
魔力という能力値は、魔法を発動させたときの威力に影響する項目だ。
体力と魔力はあっても、HPとMPがないのも、そういう理由じゃないか。
なのに、魔力が消費された、だと?
『ステータスポイントを食うスキル、ときたか……』
いくつもの疑問は、目の前のこいつに訊けばいいか。ダンテは即座に動いた。
コツン。
目の前の頭を軽くはたきながら。
『起きろ』
ダンテは言った。
「う、ううむ……」
頭は、気持ちいい夢でも見ているかのように、にやついていた。
なんだか、見ているだけで何発か殴ってやらないと気が済まなくなりそうな、いやらしい笑み!
「あうう、誰かがしきりに……ううううっ!?」
『びっくりした』
奇怪な声を上げて目覚めた青年の頭は、素早く眼球を動かした。
左右を素早く見回したその瞳は、やがてダンテに固定された。
瞳孔が二倍ほどの大きさに変わり、彼は叫び始めた。
「あ、アンデッド! アンデッドだ! 頭のない化け物だ!」
頭しかない存在が、頭だけない存在に向かって叫んだ。
ダンテは呆れ返った。
『頭しかないほうに、そんなことを言われたくはないんだが』
「あ、頭しかないだって——っ!? なんで俺が? あれれ!?」
『大騒ぎするな、手短に用件だけ言え。今の状況は理解してるのか?』
「今……え? 今の状況ですか? えっと、その……」
若い男の眼球が、きょろきょろ。
ダンテはため息をつきながら、正確にはため息をつく気分を感じながら、改めて考えた。
『名前、年齢、出身地。職業や家族構成。とにかく何でもいい、知ってるだけ言ってみろ』
まくし立てながらも、ダンテは分かっていた。
頭のない自分だ。口がない。
声を出していない、ということ。
これはすべて『思考』だ。
〈召喚〉系のスキルの中でも、それなりに位が高くなければ、思考だけで意思疎通はできない。
低ランクのスキルによる召喚獣に、いちいち口で言わねばならないのに比べれば、以心伝心が通じるというだけでも、この〈怨霊召喚〉は高ランクのスキルのはず。
「さあ。何一つ分かりませんけど」
『お前は怨霊という存在として、俺に召喚された。俺の召喚獣ってことだ。怨霊という言葉が指す意味は? スキルは?』
「怨霊……? 俺が? スキル? いいえ?」
そう言いながらも、絶えず周囲をきょろきょろ見回す美青年の、怯えきった表情ときたら。
ダンテはため息をつきたい気持ちで、もう一度尋ねた。
『周りは見えるか?』
「はい。洞窟みたいですけど……。俺から出てる光のおかげで見えはしますが、遠くまでは見えません」
せめて確認できる事実があるというのが、救いだった。
頭から放たれるほのかな光が、周囲を照らす。
そのおかげで、ここが『洞窟』だと見て取れる。
つまり、あの頭は、周囲と相互作用ができる。
『他人に見えて、あの頭の喋る声も聞こえるってことだ。俺を攻撃してた奴らの声はまったく聞こえなかったのに、怨霊の声が俺に「聞こえる」ってだけでも、やはり……』
これは、システム的な介入と見るべきだろう。
世界の規則より『上位』で作動する、まさにあのシステムによる補正だろうさ。
『お前、スキルはないと言ったな。なら、お前に何ができるのか、何をすべきかは分かるか?』
危険もあるが、同時に影響を及ぼせるという意味だ。
これから先の危険を、この『いい面してるが』間の抜けた青年の頭と、共に切り抜けろと?
「あ。はい。俺が何をすべきかは、分かってます」
『お、そうか? 何だ?』
期待もしていなかったところからの、前向きな答えだった。
何ができるのか、何をすべきか。
名前も知らない美青年は、ダンテを見つめて言った。
とろんとした目で、どこまでも真剣な表情で。
「肉……肉が食べたいです。肉を食べなきゃ。よく焼いたやつを。あつあつででっかいのを——」
ドゴッ……!
ダンテの拳が、まず飛び出す音だった。
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
召喚されたイケメンの口から出た言葉は、まさかの「肉」でした。(これにはダンテの拳が飛ぶのも無理はありませんね……笑)
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