第41話 獣人、見る分にはいいのですが
どこか力の抜けたその犬の声に、ダンテは改めて当惑せねばならなかった。
「いや、ワンじゃなくてだな! お前、元は口が達者だっただろう。なんで急に本物の犬みたいな真似を?」
人間たちに、あるいは他の亜人種に不満を抱いていた獣人族を、糾合した者だ。
好戦的な性格や荒々しい外見に劣らず、「弁舌」の立つ敵だった。
ダンテですらケセキとの舌戦では、何度気を挫かれかけたことか……。
「ワゥ?」
「ワゥワゥ言ってないで……。待てよ。まさか?」
だからこそ、分かった。
「……ワゥルルッ?」
犬頭が自分を真似て首をかしげた瞬間、確信した。
怨霊は記憶の相当部分を失った状態だ。
自分の名前はもちろん、生前どんなことをしてきたのか、ほとんど分かっていない。
「喋り方を、忘れただと?」
これも、おかしなことではないという意味だ。
ダンテは大慌てで尋ねた。
そうだ、記憶は取り戻させてやればいい。
怨霊なら、恨を解消すればいいのだから。
「じゃあ、その、恨は何なんだ? か、解消すべきものは――」
「アオオオオオオーーーーーン!」
ただし、この長い長い遠吠えを聞き取れるという前提で。
ダンテの答えは簡潔だった。
「あー……。ハウリングは、ノーサンキューだ」
* * *
ダンテがフェアリークイーン、ドレニアンの住処を発つまでには、それからさらにおよそ一日を要した。
一つ目の理由は、ドレニアンが放してくれなかったという点。
「やっと結ばれたばかりだというのに、私を置いて行くというの!?」
「結ばれはしたが、完全じゃないだろう。〈星光剣〉がなければ星婚は完成しないんじゃなかったか?」
「そ、それは――。いいえ! かつて〈星光剣〉にすでに触れた経歴があるのだから、私の伴侶としての資格は十分に備えていると見なせ――」
「この体で触れたわけじゃないだろう、ドレニアン。お前も知っての通り、〈星光剣〉に触れたのは……」
ぼこっ、ダンテは頭を外した。
その瞬間、胸元にあったフェアリーの星座の紋様が消えた。
この体こそ、ダンテの元々の肉体。
〈星光剣〉に触れた体。
がちゃり、ダンテは再びザークの頭を装着した。
胸元でほのかに光る星の紋様、ダンテの体でありながら、またザークの体でもある肉体。
互いに、違う。
だからこの星婚はまだ完璧ではない、というのがダンテの論理であり。
「俺はお前の、完璧な伴侶になりたい。そのために〈星光剣〉を取り戻してくる」
それを完全なものにするために発つのだと、ダンテは主張しているのだった。
論理的、理論的に、問題はない。
《兄貴、あまりにバレバレの嘘を……。最初のキス一回のほかは、まともなスキンシップもなさってないくせに》
『黙ってろ。じゃあお前なら、翅一枚が俺の体の三、四倍はあるフェアリークイーンの本体とキスして、さらに、その、次を、ん? できるか?』
ダンテの本心がどうであれ、フェアリークイーンは涙を浮かべていた。
「……そういうことなら……」
その頃こそ、ダンテが発たなかった二つ目の理由が登場する頃合いだった。
「それでなんだが、ドレニアン。俺が少しでも早く〈星光剣〉を取り戻すには……あの忌々しいダークスターを倒すには。どうしても、強くならないといけないだろう?」
「う、うん?」
ただでは発つはずがない、という点。
「俺への愛を、見せてほしい」
《わあ、兄貴! 昔、俺たちの村ではそういうふうに女の人から搾り取るのを、ツバメって呼んでたんですよ! 戻ってくるみたいに言っておいて、戻ってこないって――》
『おい、こいつ今日に限って……。というか、こっちでもツバメって言うのか? それはちょっと面白いな』
内心はどうあれ、雰囲気を作って声を低く落とすダンテに、ドレニアンが陥落しないはずはなかった。
ドレニアンは、小さな瓶を一つ、恭しく手渡した。
「危ない時に使って。私の伴侶を、危険な目に遭わせたくないの」
〈フェアリークイーンの星光の粉〉――消耗品
使用と同時に、フェアリークイーン・ドレニアンの住処へ移動できる。使用者と使用者のパーティ(最大六人)まで効果が適用される。
一般的に、フェアリークイーンに会うには数多の条件を達成せねばならない。
当然、その難度は並大抵ではない。
だが、この品一つあれば、使用と同時にフェアリークイーンに謁見できるようになる。
価値で言えば、大陸中の誰もが涎を垂らすほどのものだが……。
「う、ううむ、ありがとう。だが、どうせなら何か、剣とか、防具とか……」
ダンテにとってはやはり「少し珍しい帰還スクロール」程度のアイテムに過ぎなかったので……それ以上、追加で欲しい品を得ることはできなかった。
「そんなものはないって、知ってるでしょう?」
せめてもの幸いは、発つ前にE等級怨霊たちの恨を相当部分解消できたという点だった。
「こちらの方が、ゴールド。こちらは……50シルバー。はい、どうぞ。こちらは? ヒーリングポーション? ああ、お子さんにそれを使ってやれずに亡くしたのが恨になった、と。オーケー」
公務員が窓口業務でも受け付けるような機械的な態度で、文字通り「瞬く間に」恨を解消しては吸収してしまったのだから……。
【肉体と怨霊の格差が大きくなりました】
【E等級怨霊の能力は、これ以上吸収できません(スキル獲得は可能)】
いつの間にか、こうなるのである。
E等級を、これ以上吸収できない?
言い換えれば、ダンテもまた能力上、C等級に到達したという意味だ。
名前:ダンテ
種族:人間
レベル:8、ランク:C
職業:剣士、補助職業:フェアリーの守護者
筋力:38 敏捷:43 知力:34
体力:37 魔力:35
状態:フェアリークイーンの血系紋様、フェアリークイーンの加護
【収納怨霊:1/35】
フェアリークイーンの住処を発つ時点で、ダンテはすでに、かつてのエレナの成長程度はすっかり追い越していたという意味でもあった。
用済みになったE等級をすべて飛ばしてしまい、収納空間には、まだ恨を解消できていないD等級の怨霊が一つあるだけ。
ある程度整理が済んだので、ダンテはザークの頭を装着し。
エバ/ケセキとともに。
ゼフィリアへ向かって、数日間移動を続けていたのだが。
「ところで、この駄犬はテストしてみないのか?」
「グルルル……!」
「不満か? 獣の分際で」
「ガウッ、ガウガウ! ガウ!」
「俺が自分で何とかするから、二人とも静かにしててくれ」
その表情は、あまり明るくなかった。
ドレニアンと一緒にいた時はもちろん、別れた今に至るまで、ダンテがやっていないことが、ただ一つあったからだ。
ケセキの頭の、装着。
天下のダンテといえど、容易には下せない決定だった。
正体を知らなかったなら、まだしも。
敵だった。
四天王だ。元魔王軍だ。
『俺が殺した奴、なんだよな……』
自分が殺した者の頭を、首の上に載せろ?
あまつさえ、人間ですらないものを?
《兄貴、獣人族も人間じゃないんですか? 考えてみれば、亜人種のハイエルフと大した違いもないのに》
「何だと!?」
「グルルル、ガウッ!」
《わ、わあっ!? なんですか!? 二人とも急に俺に――》
「今はザークの頭が俺の頭なんだが……二人とも離れてくれるか、うるさいから」
ダンテは自分に――正確にはザークに――飛びかかる二つの頭をそっと押しのけながら、小さなため息をついた。
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ツバメの生態は、異世界でも共通のようです。なお、贈り物の相場観だけは、いまだに噛み合っておりません。
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