第42話 「ダンテは生きている」
エバとケセキは激しく反応したが、ザークの言うことが正しい。
ノールは獣人族だ。
亜人種だ。
ハイエルフと変わらないという表現が、正しい。
少なくとも『最後の大陸』の世界観の中で、彼らは人間も同然だ。
だが、見た目は明らかに犬に近い、いや、犬そのものではないか!
『種族の系統……上でも、同じ扱いを受けはするはずなんだよな、たぶん』
人間⇔ゴブリンのケースとは、明らかに違う。
そもそも会話すら通じなかったゴブリンとは、システム判定自体が違うはずだ。
異常な接続によって何らかのペナルティを受ける可能性も、低いと見るべきだ。
『ううむ、俺も頭では分かっている事実なんだが、これがな……』
確かに頭では理解している事実だというのに。
情報として理解するのと、感性で受け入れるのとの差が、これほど大きいものか。
《兄貴、頭ないじゃないですか》
『ええい、そういうところに突っ込むんじゃない』
ダンテはうんざりしたように首を振った。
その間にも目に入る、ケセキの頭。
二足歩行をして、器用に手を使う姿でもあれば、まだしも人間らしく見えただろう。
だが、やはり頭だけがぷかぷかと浮いている今は、まさしく犬。
あれを俺の体に載せろと?
あれと合一ごういつしろと?
「グルルルル……」
ケセキはダンテを見て唸った。
喋り方を忘れた怨霊だ。
ダンテ自身への怒りのようなもので唸っているわけではないはず。
「口くらい利いてくれ。獣人族を束ねていたあの弁舌はどこへ行って、本物の犬になってるんだと……。一時は俺とハイテルを二人まとめて殺しかけた奴が、なんでワンワン鳴いてるんだと……」
だから、せめて胸のすくような話でも聞けたらいいのだが。
まったく会話が通じない状況では、何をどうすべきか分かりようがない。
自分がケセキの頭を装着しても、同じだ。ザークも、エバも、記憶が戻ることはなかったのだから。
結局、口の利けないワン公の頭という状態は、変わらないという意味。
《兄貴、じゃあこいつは一生このままにしておくんですか?》
「いや、そうはいかない。そうしてもいけないしな」
《でも、犬の声を聞き取るには――》
「ガウガウ、ガウッ!」
《――う、うわあっ! す、すみません! 犬の声じゃなくて、犬の、お、お声! お声です!》
今にも飛びかかろうとするケセキを押しのけながら、ダンテはため息をついた。
方法が、ないわけではない。
それどころか、知っている。
『ノール……同じ種族なら、間違いなく聞き取れるはずだ』
問題は、ノールという種族に会うことだ。
ケセキは魔王軍所属、四天王の一人だった。
魔王軍の敵対者たちに、最も大きな被害を与えた存在の一つという意味だ。
つまり、ダンテが魔王を討伐した後、彼と同じ種族の者たちは、どんな扱いを受けたか。
粛清、あるいは虐殺。
どちらの言葉で呼んでも、足りないくらいだった。
『調べるべきことが、一つ増えたな』
以後、完全に姿を消してしまったノール。
人間にどんな感情を抱いているか、火を見るより明らかな彼らを、探し出さねばならない。
何から手をつけるべきか。
どんなことをすべきか。
ダンテは計画を整えながら、口を開いた。
「エバ、ケセキ。二人とも、そろそろ入る準備をしろ」
「何? なぜだ?」
「ワン?」
首をかしげる二体の怨霊を見ながら、ダンテは遠くへ向かって顎をしゃくった。
まだ地平線あたりに辛うじて引っかかっている程度だが、その小さく突き出た城壁だけでも、規模を推し量れる場所。
ついに、ゼフィリア王国の首都、巨大な城塞都市ゼフィリアが見え始めたのだから。
『アルデリオン……』
ふううう、ダンテは呼吸を整えた。
「行くぞ」
エバとケセキの頭を「収納」することで、準備は終わった。
* * *
一国の首都だ。
だから出入りの統制が非常に厳しいはず……というのは、先入観である。
『俺も憑依してしばらく経ってから気づいたんだよな』
ダンテは巨大な城塞都市の出入り口に伸びた行列に、のんびりとした姿勢で交ざっていた。
どうせ国王をはじめとする主要人物の居所までは、何段階もの城壁を越えねばならない。
今いるのは文字通り、ゼフィリアの最外郭にある城壁と城門に過ぎない。
《うわあ、あの荷車の大きさ見てくださいよ、兄貴! なんてこった、いや、あの馬車は何なんです? 俺たちの村の村長さんちより大きくないですか!?》
毎日毎日の、途方もない流動人口がある。
商業と経済を担う隊商の物流から、周辺の高位官職や貴族たちも頻繁に行き交う中心地。
その出入りにおいて、治安上記録するものは多くとも、出入りの資格自体を厳しく制限するのは不可能だという意味だ。
『何より、首都の出入りからそんなふうにすること自体が……』
また、首都の民を不安にさせてもならないではないか。
戦争でも起きるのか?
一般市民の知らない何かが、王城内で起きているのか?
行き交う物資をここまで強く統制する理由は何だ? などなど。
不安を予防するためにも、中心商業地区までの出入りは、最低限の身元さえ示せれば十分に可能だという意味だ。
「次! 身分を証明できる札を見せよ!」
ダンテは順番が来るや、素早くポケットを漁った。
「ちわーっす!」
取り出したのは、ヴェルハイムの冒険者ギルドから付与されたE等級の札。
城門の警備に立っていた先任騎士は、それを受け取って眉をひそめた。
「E等級冒険者、ダンテ……。ダンテ?」
長くは言わなかった。
だが、札とダンテを交互に見ながら名前を呟く、その行為自体にすでに多くの意味が込められていた。
人類を脅かした、あの忌々しい奴と同名だな?
「通過。冒険者ギルドに行って、訪問記録は必ず残すように」
「へい、へい、もちろんでさあ」
ダンテはぎこちない笑みで札を受け取ると、ぺこぺこしながら門を通過した。
《なかなか恥ずかしい絵面ですね、兄貴》
『うるさいぞ、お前。疑われないことが一番重要なんだ。俺がちょっとでも真剣な眼差しを飛ばしてみろ、ん? 「こいつ、本当に魔王を殺したあのダンテか?」なんて誤解をされるかもしれないだろうが?』
《確かに、俺の顔ですからなおさらあり得ますね。俺なんて若い頃、夕飯にジャガイモを一個食うか二個食うか悩んでるだけでも、村の女の子たちが、憂いを帯びた真剣な眼差しが素敵だって、それはもう――》
『くだらん話はやめろ』
ヴェルハイム周辺の都市ならともかく、ここはゼフィリア王国の首都だ。
『アルデリオンの息がかかっていそうな……そういう場所なんだよ。集中するから静かにしてろ』
皇太子アルデリオンの射程圏内だ。
《じゃあ兄貴、これから何をなさるんです?》
だが同時に、西風にしかぜという異名を持つ場所。西から吹く風が通り抜けていく場所。
『ゼフィリアほど、噂と情報、確認されていないありとあらゆる真実が飛び交う場所も珍しいからな……』
広めねばならない。
噂を。
風を。
『「ダンテは生きている」という噂を、流す』
アルデリオンだろうと、誰だろうと。
決して無視できない餌を、投げねばならない。
本日もお読みいただき、ありがとうございます。
突然のお知らせとなり恐縮ですが、個人的な事情により、本作の更新は本日の第42話をもちまして、いったん停止させていただくことになりました。
楽しみにしてくださっていた皆様、本当に申し訳ありません。そして、ここまで読んでくださった皆様、ブックマークや評価で応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。いただいた反応の一つ一つが、毎日の更新の支えでした。
ダンテの物語には、まだお話しできていない続きが、たくさん準備されています。現在、この物語を別の形で世に出すための挑戦をしております。良いご報告ができた際には、その続きをお見せできる日が来るかもしれません。その時はまた、必ずここでお知らせいたします。
それでは、いつかまたお会いできる日まで。
本当にありがとうございました。




