第37話 湖を蒸発させる力
それでも、終わりではない。
「まあ、死んだはずはないだろうが……ひとまず一発は食らわせたか」
彼女を死に至らしめるには、こんな攻撃をあと数百回重ねても、足りるかどうかだろうから……。
ガシャアアアンッ――! 氷が砕け散る音とともに、穴からドレニアンが跳び上がった。
《そもそも殺す気もないのだろう?》
『まずは対話で解きほぐさないとな』
最初からドレニアンと戦い、彼女を殺しに来たわけではないのだから。
「ムフフフ……いいわ、ダンテ。久しぶりに頭に来たわね?」
「あのな、それより対話で解決できないか? そもそもダークフェアリーたちのところへ来たのも、実はお前と連絡を取ろうって考えもあって来たんだが」
一方的にやられていた時と違い、ひとまず一度は力を証明した。
これなら、解きほぐせるのではないか。
少なくとも、自分の意図くらいは伝えられるのではないか。
「……私と? なぜ?」
「まあ、色々聞きたいこともあってだな……」
「そして、また去るつもり?」
ドレニアンは問うた。
ダンテは気まずさに頭を掻きながら答えた。
「え? いや、去る……というより、俺にはやることがあってな。お前もよく知ってるハイテルから始まって、今あいつらが皆大変で、いや、そもそも俺は首を刎ねられたんだが? だから――」
「私の前で! また! 去るという言葉を!」
ゴゴゴゴゴ……!
そして、もはや対話は通じなかった。
大地が、震動していた。
翅六枚の巨体でもないのに、人間の姿をしたドレニアンの立つ位置から、その気が大地を揺るがしている最中だった。
「まあ、うん、すぐに話が通じるとは俺も期待してなかったさ」
《ふうむ、これでどうする気だ? あの大きな羽虫は私より弱いが……今の貴様のゴミのような体では、相手取るのは難しいぞ?》
『それはこれから見てみないとな』
《何?》
エバの心配半分、嘲り半分の助言を聞きながら、ダンテは前へ進み出た。
そして今までとは違う、いたって真剣な声で叫んだ。
「ドレニアン! 過去の約束を覚えているフェアリークイーンよ! 挑戦する!」
挑戦、その一言に、ドレニアンの動きが完全に止まった。
限界まで吊り上がった、怒りの眉でフェアリークイーンは言った。
「私を制圧し、私を抱くことで、私を手に入れると言っているのか? 私を愚弄しているの?」
「愚弄だなんて。ともかく俺は『あの時』お前と結婚しなかったんだから、挑戦はできるだろう? 現在は花婿がいない状態なんだからな」
それは同時に、過ぎし日のダンテとフェアリークイーンの間に何があったのかを、明かす部分でもあった。
フェアリークイーンの口角が、ゆっくりと上がった。
「いいわ……二度と挑戦できないように。いえ、お前の両手足をすべて斬り落として、過ぎし日の約束を守らせてあげる」
純粋な喜びなのか。
復讐と怒りの絡み合った愉悦なのか。
その圧倒的な気迫を受けながらも、ダンテはにやりと笑った。
「そう簡単にはいかないぞ」
「ムハハハハッ! 仲間もなしに、お前が備えていた品々もなしに、その体と朽ちかけた剣二振りで私に勝つと? それが可能だと思うのか、ダンテ?」
フェアリークイーンは、ダンテの気配を感じ取る。
特定の周波数だけを把握するという意味ではない。
ダンテが「どれほど強いのか」も、彼女は推し量ることができる。
つまり、現在のドレニアンにとって、結果は明々白々だった。
「なら、可能だな。俺がまだ全力じゃないというのが、一つ目」
だが、今の体でないとしたら、どうか。
ダンテは新たに活性化されたスキルを使った。
「〈剣帝本能〉」
「む?」
するするると、ダンテの肌の上に赤い気が薄く塗り広げられた。
だが、その薄い気に、ドレニアンは一瞬緊張するほどだった。
「二つ目、友が残してくれた贈り物があるということ」
ダンテは止まらなかった。
素早く【アイテム欄】から、何かを一つ取り出した。
ドレニアンにはろくに見えもしないほど小さな何かだったが、ダンテと同じ体を使っている最中のエバが、分からないはずはなかった。
《これ――。これをどうする気だ?》
『ハイエルフは世界樹から生まれ、育つ。世界樹の影響を誰よりも濃く受ける種族だ』
ダンテはそれを口に入れた。
ごくり。
そして、飲み込んだ。
『〈世界樹の子房〉で能力値を爆発させられる――。いや、お前これも知らないのか? いくら記憶のない怨霊状態とはいえ――』
─────────────!
エバに言い終える前に、ダンテの気が爆発した。
肌を薄く覆っていた赤い気は、今や天へ向かって噴き上がるように燃え始めた。
「ど、どうやって……いや、〈ギャ、ギャラクティカジャッジメント〉!」
フェアリークイーンは狼狽した。
そして即座に、使える最強の魔法を詠唱した。
ダンテはその姿を見ながら、淡々と言った。
「俺もこんな体は初めてだから、少し傷つけるかもしれん。先に謝っておく、ドレニアン」
【具現率82.5%】
そしてダンテもまた、スキルを使った。
「〈乱影斬らんえいざん〉」
【具現率が上昇し、一部スキルの等級が上昇します】
【剣帝本能(A+)】【循環撃(A+)】【幻影歩(A)】
【具現率が上昇し、一部スキルが解禁されました】
【乱影斬(S+)】
【具現率が不足しているため、一部スキルの等級が下落します】
【乱影斬(S)】
空間そのものが引き裂かれるかのような閃光。
───────────……!!!!
弾け出る光を、無数の影の刃が完全に覆い尽くした。
決着は、一瞬だった。
* * *
「ふうっ、ふうっ、ふう……」
一つだけは、確かだった。
SR等級が使っていたS+級のスキル、〈乱影斬〉。
《私が使っていたものより少し落ちはするが……悪くはない》
『悪くはない、だと? これが?』
具現率のせいでS等級に下落してもなお、その威力がどれほど凄まじいものか。
ダンテはエバの発言に、乾いた笑いが漏れかけた。
S級スキルなら、いくつも使ってきたダンテだ。
現にフェアリークイーン、ドレニアンの使っていた〈ギャラクティカジャッジメント〉も、有名なS級スキルの一つではないか。
だが、〈乱影斬〉は格が違った。
《それで? たかがこの程度で満足か? そもそも武器が保たないから本来の威力が出せなかっただろうが。馬鹿なのか?》
『そ……れはそうだな』
エバの言葉通り、実際S+級の威力には遠く及ばないのが事実だとしても、格が違うことは認めねばならなかった。
握っていた武器は、その柄まで粉となって消え去るほど。
ただの素手で、ダンテは真っ黒に闇の降りた湖のほとりを眺めた。
月光が遮られているのは、フェアリークイーンのせいではなかった。
ドレニアンは、湖のほとりに倒れた状態だったのだから。
今、月を覆っているのは雲だった。
『湖が一部蒸発するほどだったからな』
正確には、ダンテとドレニアンの激突によって蒸発した水が形成した雲。
ざああああ……。
水位の下がった湖に、再びその水が満ち始めた。
これほど途方もない能力を使ったという満足感?
それに先立つのは、残念さだった。
名前:■■■■■■
種族:ハイエルフ
レベル:113、ランク:SR
職業:■■■■、補助職業:■■■
筋力:83(+33) 敏捷:110(+32) 知力:86(+28)
体力:74(+38) 魔力:101(+1)
状態:具現率82.5%
【具現率が減少します】
【具現率33%】
【肉体疲労の限界に到達しました】
【疲労限界の回復まで、具現率は上昇しません】
具現率82.5%の時の途方もないステータスが、するすると、空気の抜けた風船のように元へ戻っていくではないか。
F等級の頭を吸収してそれなりに成長した数値があるとはいえ、そんなものは気にも留まらないほど、惜しい部分だった。
「やれやれ、肉体疲労も何も。俺が死にそうだ、俺が」
その上、肉体疲労限界というシステムメッセージ?
急激な能力増加の反動というものを感じながら、文字通り疲労がどっと押し寄せる有様だったのだから。
『どうせ〈世界樹の子房〉はもうないし、取りに行くこともできないんだから、関係ないか』
世界樹へ向かうことはできない。
結局、今のような具現率の一時爆発は不可。
ならば、あのロックが解けるまでゆっくりと低等級の頭を吸収して力を蓄えればいいのだから、ダンテとしても特に惜しむことはなかった。
いや、むしろ良かった。
【業績:フェアリーを東西南北で泣き叫ばせた者】
「ママ、ママあああああ――!」
「ママ、起きて、ママ!」
「おかあさまあああああ!」
ドレニアンへ駆け寄っていくダークフェアリーたちの姿と。
その姿の上に重なって見える、システムメッセージ、業績。
『……前にフェアリークイーンに勝った時は、取れなかったやつだ』
『最後の大陸』の業績システムについて知っているダンテだからこそ、また別の可能性を占うことができるのだろう。
何にせよ、今重要なのはそんなことではなかった。
当面の目標を達成したのだから、当面の報酬を受け取らねばならないのだから。
「ドレニアン! 死んだはずはないだろう? 約束は守らないとな? さ〜て、何をしてもらおうかな〜? あ、まずダークフェアリー! お前たち、交代で俺に魔法を撃ってみろ。間隔は3秒空けてな。ザーク! こっちへ来い!」
その最中にも、倒れたドレニアンが意識を取り戻すまでのわずかな時間すら、抜け目なく使い倒そうとするダンテだった。
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親友の形見は、大切に飲み込みました。ハイテルさんへの謝罪は、本編にて行う予定です。なお、予定は未定です。
次回の更新は、明日の夜7時20分です!
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